第49話:精霊馬(ステルス型)と受け継がれし遺志
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……ではなく、真夏の片田舎にある寺院の墓地。
照りつける強烈な日差しと、耳鳴りがするほどのけたたましい蝉時雨。
お盆の真っ只中である八月中旬。
僕は一人、地元にあるお寺の墓地で、額に浮かぶ汗を拭いながら墓石に水をかけていた。
本来なら家族揃って墓参りをする予定だったのだが、我が家の墓参りイベントは僕が歴史研の登山合宿で山に籠もっていた八月十二日に早々と済まされてしまっていた。
そのため、合宿から帰還した僕は、親から「あんただけ行ってないんだから、ちゃんと掃除してきなさいよ」と頼まれ、こうして一人でご先祖様に手を合わせに来ているというわけだ。
――死者は年に一度、キュウリの馬に乗って帰ってくる。
お盆という行事について、僕は昔から少し複雑な感情を抱いていた。
人は一体どこから来て、どこへ行くのだろう。
人が死して尚、生者がそうやって非合理な意味を後付けするのは、そうしないと愛する者の死という圧倒的な喪失に耐えられないからなのだろうか。
世界とは常に不条理なものだ。
しかし、悠久のときを経て尚続く伝統の蓄積というものには、パッと見ただけでは分からない深い想いや意味が眠っていたりもする。
そんな理屈っぽい死生観を頭の中でこねくり回しながら、僕は額の汗を拭い、柄杓を片付けようと視線を上げた時のことだった。
「…………ん?」
墓地の片隅。僕の家の墓から少し離れた区画に、見覚えのある人影があった。
黒いサマードレスを着た、同年代の少女。
いつもの奇抜でエキセントリックな言動からは想像もつかないほど、ハッとするような清楚な佇まいだったため、僕は一瞬それが誰だか気が付かなかった。
彼女も僕と同じように、家族の墓参りとはタイミングがズレてしまったのだろうか。
普段はIQ3のカオスな脳内で生きている里見さんが、今日はトレードマークの赤いリボンすら付けず、一人で墓の前に立ち、目を伏せて信心深く手を合わせている。
その意外な姿に、僕は少しだけ感心してしまった。
……が、その感心は、彼女の足元に置かれた『供え物』を見た瞬間に吹き飛んだ。
墓石の前に鎮座していたのは、キュウリとナス。
そこまではいい。
問題は、そのキュウリに大量の爪楊枝が突き刺さり、頭を残してボディーは謎のアルミホイルで覆われ、あろうことかプラモデルのパーツらしき『銀色の翼』まで増設されていることだ。
「あ、千葉くん!」
僕の視線に気づいた里見さんが、パァッと顔を輝かせてこちらに手を振った。
「見てください! ご先祖様を光の速さでお迎えするための、ステルス爆撃機型の精霊馬です! これならディープステートの防空レーダーもかいくぐれます!」
僕はいつもの調子で深くため息をつき、彼女のもとへ歩み寄る。
「……ご先祖様にピンポイント爆撃でもさせる気か。だいたい、精霊馬ってのは普通、家の仏壇に飾るものだろ。なんでわざわざお墓まで持ってきたんだ?」
「なに言ってるんですか! 自宅で待つより、お墓まで直接配車しに来た方が確実だし、早く家まで帰って来れるじゃないですか!」
タクシー配車アプリみたいな感覚でご先祖様を迎えようとする、相変わらず頓珍漢な里見さん。
しかしながら、ベクトルは間違ってるとはいえ、彼女の故人への想いは本物のようだ。
「そもそも、お墓に生野菜なんて置いていったら、カラスに食い散らかされてお寺の人に怒られるぞ」
「フフフ、ご心配なく!」
里見さんは得意げに胸を張り、キュウリのステルス機を指差した。
「このアルミホイルは電磁波攻撃を防ぐだけでなく、カラス除けの反射板としても機能するんです!」
「…………」
ダメだ。くだらないのに無駄に合理的すぎて反論できない。
相変わらずのトンデモ理論に頭を抱えつつ、僕はふと気になって尋ねた。
「……誰のお墓なんだ?」
「ひいおじいちゃんです」
里見さんは、アルミホイルに覆われた異形のキュウリを見つめながら、その場にしゃがみ込んで思いに耽るように答えた。
「ひいおじいちゃんは、終戦の時、千島列島の占守島に出征してました。だから戦後、極寒のシベリアでソ連に抑留されて……。多くの同胞が倒れる中、強靭な精神力で生還した英雄なんです! でも、帰国した日本で、マスコミはソ連を礼賛していて……」
彼女は相変わらず笑顔を浮かべていたが、声のトーンが心なし下がった気がした。
「ひいおじいちゃんは『奴らは嘘をついている』と真実を告発したので、世間から変わり者扱いされてしまったんです」
その言葉を聞いて、僕は心の中で決して結びつくはずのなかったパズルのピースが、突然奇跡的に合わさった気がした。
(……なるほど、シベリア抑留か)
戦後の日本において、一部のマスコミや知識人が社会主義国家であるソ連を理想化し、礼賛する風潮があったのは歴史的な事実。
凄惨な抑留生活と仲間の理不尽な死を経験してきた曾祖父からすれば、そんな偏向報道を信じられるはずもなく、強い憤りを覚えるのは当然だろう。
(まだ偏向報道という言葉すらなく、オールドメディアの権威が確固たる時代に、極めて真っ当で、歴史的に意義のある視点を持っていた、立派な人物じゃないか……)
里見さんは、墓前に優しく目を伏せて語り出した。
「小さい頃、ひいおじいちゃんは私によく言ってくれました。『テレビや新聞は嘘を吐くから、気をつけろ。自分の頭で真実を見極めなさい』って」
自身の凄惨な戦争体験に基づいた、重みのあるメディア・リテラシーの教えだ。
下手をすれば、少し泣ける話ですらある。
しかし次の瞬間、里見さんは顔を上げ、僕の感動を切り裂くように純度100%の清々しい笑顔でこう宣言した。
「だから私、ひいおじいちゃんの遺志を受け継いで、絶対に騙されないようにしてるんです! ディープステートも、国際金融資本も、ビッグテック企業も、C国の隠蔽工作も、私が全部暴いてみせます! そして、奴らから、日本を取り戻すんです!!」
「…………」
僕は絶句した。
IQ3のひ孫によって、自身の教えがとんでもない方向に魔改造されていると知ったら、天国の曾祖父は一体どんな顔をするのだろうか。
間違いなく、ステルス型精霊馬に乗って全力で止めに来るレベルである。
悪魔の仕業クラスの壮大な拡大解釈と、悲しき伝言ゲームに頭を抱えそうになった僕だが――ふと、彼女の横顔を見て思い直した。
出力は、控えめに言ってバグりにバグり散らかしており、狂気の沙汰以外のなにものでもない。
だが、彼女の「メディアを疑い、真実を探求する」というその原動力は、決してネットの受け売りなどではなく、「大好きな曾祖父の言葉を、彼女なりに純粋に守り抜こうとしている結果」なのだ。
入力された愛情と意志は、限りなく純粋で、美しい。
これは世代を超えて受け継がれる、生命としての人の意志や願い、或いは祈り……そういった類のものなのか。
「……まあ、お前のひいおじいちゃんは、確かに芯の通った立派な人だったんだと思うよ」
僕がぽつりとこぼすと、里見さんはとても嬉しそうに目を細めた。
「はい! だからこれからも私、世界の真実(陰謀)を暴き続けます!」
夕暮れが近づき、少し涼やかな風が墓地の中を吹き抜け、寺の木々をざわざわと優しく揺らしていく。
「ふふ……ひいおじいちゃん、照れ臭くて笑ってますね。千葉くん!」
カラス除けのチャフを装備したステルス型精霊馬を前に、誇らしげに笑う里見さん。
死者への想いを「生者の自己満足だ」と決めつける合理主義なんかより、曲解の末に暴走しながらも、亡き曾祖父の遺志(?)を今も胸に抱き続ける彼女の姿のほうが――よほど、人間臭くて美しいのかもしれない。
僕は呆れながらも、彼女の横顔をいつもより少しだけ優しく見つめていた。
ああ、何てことのない墓参りによって、IQ3の陰謀論者のルーツが少しだけ分かった気がしたのだ。
第49話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回はお盆のお墓参り回。
ついに里見さんの「陰謀論のルーツ」が明かされました。
曾祖父の重く真っ当な教えが、ひ孫のIQ3脳内を通って『ステルス精霊馬』に魔改造される悲しき伝承(笑)。でも、バグっていても、彼女の家族への想いは本物です。
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次回はついに第50話の大台。引き続きお楽しみに!




