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第48話:絶景のご来光と、湯上がりの「M」騒動

 どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。

 ……ではなく、そこから遥か遠く離れた、日も登らない早朝の山小屋。



 まだ外は完全な闇に包まれている早朝。

 いや、下界の感覚からすれば深夜と言っても過言ではない時間帯。



 パーッパパッパー!



 薄い布団の中で微睡んでいた僕らの鼓膜を、突如として鳴るはずのない管楽器の音が劈(つんざ)いた。

 山小屋の静寂を木っ端微塵に粉砕する、里見さんの起床ラッパである。



「ひゃあっ!? なになになに!? 一体なんなの!?」

「こ、これは!? 敵襲にござるか!」

「さあ、皆さん! ディープステートも知らない世界の真実を暴く時間が来ましたよー!!」

 


 隣の布団で寝ていた若葉がパニックを起こして跳ね起き、武石は寝袋から素早く飛び出すと、見えない敵に対して謎の構えを取った。

 僕はズキズキと痛む頭を押さえながら、必死に声を潜めて抗議する。



「やめろ! ここは日本軍の兵舎じゃないんだぞ! 他の登山客の迷惑だろ!!」



 慌てて周囲を見渡すと、管理人の松尾さんは呆れつつも苦笑いを浮かべていた。

 そして驚くべきことに、同じく日の出(ご来光)を見るために身支度を始めていた他の登山客たちからは、怒りの声どころか、「起こしてくれてありがとう、お嬢さん」「良い音だねえ」と、何故か温かいお言葉を頂戴してしまった。



(下界の宿泊施設なら即出禁レベルの騒ぎだぞ……)



 これが『山の懐の深さ』ってやつなのか、狂気に寛容すぎる登山者たちに安堵する。

 低血圧で極端に朝に弱い僕は、重い体をなんとか引きずり起こし、眠い目をこすりながら山小屋の外へと出た。



「ひっ……! さ、寒い! 冬ですか!?」



 外に出た瞬間、若葉がガタガタと震えながら肩を抱いた。

 下界は真夏だが、ここは標高三千メートル近い高山だ。

 明け方の冷え込みは容赦なく体温を奪っていく。



「真夏でも、早朝の高山はこんなもんだ。まさかとは思うが、ちゃんと言っておいたダウン、持ってきてたろ?」

「も、もちろんですよ! アーバンサバイバーたるもの、防寒対策もバッチリですぅ……っ!」



 震える手でリュックから「リサイクルポリエステルのダウンです!」と、ダウンジャケットを取り出し、ドヤ顔で着込む若葉。

 全員が防寒着を装備したところで、僕たちはヘッドライトの明かりを頼りに、再び山頂に向かって歩き出した。



「朝日に向かって歩いて行くなんて、実に青春だね!!」



 佐倉先生がここぞとばかりに右拳を高々と掲げ、無駄に良い発声で先頭を歩き出す。

 ただでさえ低血圧の僕にとって、朝からこの暑苦しいテンションはくるものがある。



 遮るものがなく、ビュービューと強風が吹きすさぶ山頂。

 暗闇の中で寒さに凍えながら待つこと数十分。

 どこまでも連なる日本アルプスの稜線の遥か彼方、東の空に薄っすらとオレンジがかった光が浮かび上がった。



「あ、あっち! 見えました!」



 さっきまで山頂の寒さにブー垂れていた若葉の表情が、パァーッと明るくなり、僕の腕を掴んで彼方の光を指差す。

 僕らの視線の先で、その蝋燭のような光は徐々に大きくなり、やがて視界全体を染め上げる神々しい光へと変貌していく。

 ときに自然は、人が作ったどんな美術作品よりも圧倒的な美を表現する。



 どんな美辞麗句をもってしても例えられない、幻想的で荘厳なご来光。

 その場にいた全員が、言葉を失い息を呑んだ。



「……私は、この美しい日本を、ディープステートから守り抜きます!」



 感動に目を輝かせながら、里見さんが力強く山頂で謎の愛国宣言をする。



「これは……実に美しゅうござりまするな!」

 


 武石も感極まったように深く頷いた。

 そして……。



 ――ブオォォォーーーン!!



 絶好のタイミングで、武石が持参した『ホラ貝』を山頂の空へ向かって吹き鳴らした。

 周囲を包み込んでいた荘厳な空気は、見事なまでに一瞬でぶち壊しになった。



「いいね! さあ、みんな! あの美しい朝日に向かって走り出そうじゃないか!!」

「いや……普通に滑落するんで、無理ですよ」



 テンションが最高潮に達した佐倉先生の自殺行為とも言える提案を即座に却下し、僕らは美しい日の出を背に山小屋へと戻った。



***



 山小屋で温かい朝ごはんをいただき、管理人の松尾さんにお礼と別れを告げた僕らは、いよいよ下山の途に就いた。



「うう……っ! 下りは楽かと思ってたのに、恐くて膝にきますぅ……!」



 歩き出して早々、若葉が涙目になりながらへたり込む。



「下山は登りより危ないからな。人にもよるが、自分の体重と重力がダイレクトに足にかかる分、膝に負担がかかるから登りよりキツイと言う人もいるくらいだ」

「そんなの聞いてませんよ……!」



 半泣きで慎重に岩場を下りていく若葉をよそに、前方の里見さんと武石は、嬉々としながらキャッキャと驚異的なペースで下りていく。

 休憩を挟みつつ、二時間ほどで無事に下山した僕らは、登山バスに揺られてふもとの駐車場へと辿り着いた。



 そこには、若葉の家から手配された、黒光りする運転手付きの高級ミニバンが待機していた。

 すっかり疲労困憊した僕らは、若葉たっての希望により、念願の日帰り温泉施設『院望の湯』へと向かった。


 

 若葉のポンコツな欲望はともかく、登山後に温泉……これは古来より、何人たりとも侵すことのできない登山における不文律である。



「お風呂に……こんなにも恋焦がれる日が来るなんて……っ!」



 まるで、戦地から帰還して最愛の恋人に再会したかのような感動を孕ませながら、若葉が施設内へと駆け出していく。

 男女に分かれて暖簾をくぐり、体を洗って広い湯船に浸かった瞬間、僕は思わず深い安堵の息を漏らした。



「ふぅー、これがあるから、山はやめられない……」

 


 壁を隔てた隣の女湯からは、相変わらず騒がしい声が聞こえてくる。



 ――『いやー! 皆で裸の付き合いなんて、青春だねー!』

 ――『あぁー! 生き返りますぅー!!』

 ――『ふぁー……お湯に浸かったまま動けません……これは、おそらく私たちをこの場所に釘付けにさせる陰謀に違いありません!』



(色気ゼロの叫び声だな……)



 ラブコメのお約束を逸脱した女湯の喧騒をBGMに聞き流していると、隣で肩まで湯に浸かっていた武石が、渋い顔をして呟いた。



「上総介(千葉)様、この心地良さ……遥か昔、信玄公もこの湯で戦傷を癒されたに違いありませぬな」

「武石、『信玄の隠し湯』のことだろうが、ここの温泉地に武田信玄が訪れたという記録はないぞ」



 僕が即座にファクトチェックを入れると、武石は「なんと……!」と少しだけ残念そうな顔をして湯船に沈んでいった。



***



 湯上がり。

 温泉で艶々になった若葉は、広い畳の休憩所で、腰に手を当ててフルーツ牛乳を優雅に飲みながら、失われた気品を取り戻そうとしていた。



「ふぅー! やはり湯上りはコーヒー牛乳もいいですが、よりアーバンなフルーツ牛乳に限りますね……ゴクゴク」

「千葉くーん! 若ちゃーん!!」



 若葉がアーバンな(?)ポーズを決めているところへ、ドタドタ! と凄い勢いで里見さんが休憩所へ駆け込んできた。

 遅れてやってきた里見さんの右手には、何やら黒くて細長いものが握られている。



「さっき露天風呂の周りで捕獲したのですが、この異様なフォルムと柔軟性! モサド(M)の最新鋭ドローン兵器に違いありません!!」



 彼女に素手で首根っこを掴まれ、シャカシャカと多足をうねらせながら蠢いているのは、特大サイズの生きたムカデ(M)だった。

 純度100%の無邪気な笑顔と、指先で蠢く多足の毒虫(M)



「ブフォッ!!?」



 若葉がフルーツ牛乳を鼻から勢いよく噴射し、休憩所は阿鼻叫喚の大パニックに陥った。



「お、お前! それはムカデだ! 毒があるんだぞ! 早く放せ!!」

「ムカデ……?」


 

 特大ムカデをつまんだまま首を傾げる里見さん。

 騒ぎを聞きつけた従業員が青ざめた顔で駆けつけ、ポットの熱湯をぶっかけてムカデを瞬殺するという荒業で事態は収束した。



 本来なら施設から出禁を食らってもおかしくない騒ぎだったが、「本当にムカデという生き物を見たことがなかった」という里見さんの無知ゆえの純真さが伝わり、なんとか厳重注意だけで許してもらうことができた。



 鼻から牛乳というアーバンらしからぬ、特大の黒歴史を残す羽目になった若葉の犠牲を伴いながら……。



***



 帰路の高級ミニバン。

 エアコンの効いた快適な車内は静まり返り、疲労の限界を迎えた部員たちは、座席に深く沈み込んで全員が爆睡していた。



 最後列の席に座っていた僕は、ふと隣を見る。 

 そこには、山頂で撮った全員の集合写真。

 里見さんはその画面が映ったままのスマホを、膝元で握りしめたままぐっすりと眠っていた。



(ディープステートだのモサドだの騒いでいても……寝顔だけは、普通の女の子ぶりやがって)



 穏やかな寝息を立てる彼女を見つめながら、僕はやれやれと優しく口角を上げた。

 窓の外には、夕焼けに染まる山々の景色が流れていく。



 ああ、最高にハチャメチャで、カオスで、そして不合理な歴史研の夏休み登山合宿が、こうして静かに幕を閉じたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


【第48話】は、歴史研の夏山合宿・最終日編!

ご来光とホラ貝、そして湯上がりのフルーツ牛乳と「M」騒動によるアーバンガールの黒歴史回でした。


もし「起床ラッパとホラ貝ww」「モサドじゃなくてムカデで草」「若葉ちゃん鼻から牛乳の黒歴史(笑)」と楽しんでいただけた方は、


ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、毎日の執筆の大きな励みになります!

あわせて【ブックマーク追加】もしていただけると、とても嬉しいです!


皆様からの温かい応援(評価やご感想)のおかげで、歴史研の夏休み登山合宿を無事に(?)書き切ることができました!


まだまだ夏休み編は続きますので、今後ともよろしくお願いいたします!

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