第45話:アーバンなマウンテンと、サステナブルじゃない絶望的デバフ
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……ではなく、 八月も半ばに差し掛かろうとしている山の日……。
夏休みも折り返しとなる、八月十一日の早朝。
僕らはまだ日も登らぬ薄暗闇の中、街中では浮いてしまう武骨な登山靴を履き、ザックを背負って駅前に集合していた。
遡ること夏休み前。顧問である佐倉先生の知り合いが、日本アルプスで山小屋の管理人をしているということで、歴史研のフィールドワークを兼ねて登山旅行に行くこととなっていたのだ。
僕からしてみれば、静かな自然に囲まれて心が洗われる歓迎すべきイベントのはずだった。
そう……歴史研の猛獣たちと一緒でなければね。
まだ薄暗い早朝の駅前。
待ち合わせ場所に、早くも視覚的な暴力が迫ってくる。
「上総介(千葉)様! おはようござりまする!」
現れた一年生の武石は、登山ということで『山伏(白装束に頭襟)』という、ガチの修験道ファッションに身を包んでいた。
「登拝とはつまり、武士の精神鍛錬……気が引き締まりますな!」
「あ……ああ」
背中には風呂敷……では流石になく、普通のザックこそ背負ってはいたが、その横には巨大なホラ貝がぶら下がっていた。
期待に違わぬ時代錯誤な平常運転っぷりに、もはやツッコミどころしかなくて、ツッコむことができない。
「おはようございます! ああ、武石くん。何ですか、その変な格好は? 相変わらずですね!」
と、やれやれ顔で現れた里見さん。
当然、彼女が普通な格好で来るはずもなく、『陸上自衛隊仕様のカモ柄緑上下にコンバットブーツ』というヤバすぎる出立ちで現れ、頭に被った迷彩ブッシュハットには、日の丸が燦然と輝いていた。
早くも道中の暗雲が立ち込める。
「相変わらずなのは誰だ! お前は一体、何と戦いに行くんだ?」
「流石安房守(里見)様! いかなるときも戦の備えに余念がござりませぬな!」
まだ朝日すら昇っていない中、我が歴史研が誇る狂気どものIQ3の宴が始まる。
「おはよう! 歴史研のみんな! 夏休みに部活で山合宿なんて、少年漫画みたいで青春だね!!」
といって、朝から低血圧な僕には少しキツイテンションで現れたのは佐倉先生だ。
しかしながら、登山経験者だけあって、長袖のベースレイヤーの上に化繊Tシャツ、ハーフパンツにサポートタイツと、非常にアクティブで良識的な山ガールファッションであった。
(まさか、この人を見て安心する日がくるとはな……)
僕が密かに安堵の息を吐いていると、駅のロータリーに黒塗りの高級ミニバンが颯爽と滑り込んできた。
自動ドアが開き、まだ薄暗いにも関わらずサングラスをかけ、ドレープ感のあるTシャツにフレアパンツというアーバンないで立ちで現れたのは、花見川 若葉だった。
当初、佐倉先生がレンタカーを運転する案もあったが、命の危険を感じて即座に廃案となり、結局は花見川家所有の高級ミニバン(専属ドライバーつき)で目的地まで行くことになったのだ。
あれだけ「家なんて大嫌い」だの何だのと言ってたのに、完全に実家の財力にものを言わせた都合のいいブルジョアムーブである。
このあいだの一件で、彼女の軽薄なアーバンガールっぷりに、更に磨きがかかった気がする。
若葉は後で着替えるつもりらしく、快適なアーバンな普段着のまま、ふかふかのシートであーだこーだ運転手に指示をしている。
そして、目的地へ向かう中央道への道中、僕らはゆったりとしたシートで優雅にうたた寝をした。
早朝の中央道を、僕らを乗せた車は、西へ西へと進んで行く。
都心を抜け、山梨に入る頃には、山また山の原風景が広がっていた。
途中、サービスエリアで休憩を挟むが、山伏に陸自少女、登山者にアーバンガールという狂った集団が通り過ぎるたび、すれ違う人たちは全員漏れなく二度見していった。
* * *
八ヶ岳や南アルプスの山々を横目に見ながら中央道を抜け、僕らは目的の登山バスの発着所に着いた。
まだ朝早いにも関わらず、シーズンということで既にバスの停留所には、多くの登山客が列をなしている。
「こんな朝早くから、何という人の数!? これはディープステートが、強力な覚醒電波で日本各地の人々を目覚めさせ、意図的に人を集めてるとしか思えません!」
「日帰りするなら、この時間から出発しないと下りて来れないだけだ。それに、大体の人は夜来て車中泊してるから、僕らより朝は遅い」
「なるほど。目立たぬよう闇夜に紛れて行軍し、仮眠をとって早朝に万全の状態で決戦に挑むとは……これが登山者の知略!」
里見さんのアホな陰謀論をへし折った途端に、武石が落ち武者フィルターで被せてくる。
爽やかな山の空気に心を洗われるはずが、アホどもに囲まれ、やはり溜息からのスタートだ。
マイカー規制の為、登山口へはそこから登山バスで向かうことになる。
登山バスの乗り口に到着し、車内で着替えていた若葉が、おもむろに最新のアウトドア装備に着替えてドヤ顔で現れた。
「あ……花見川さん。その格好……?」
「ふふん、どうですか? 千葉先輩! 今日の私は一味違いますよ! 見て下さい。この完璧でアーバンなオシャレ山ガールスタイルを!!」
これ見よがしにくるりと回ってアピールするアーバンガール。
サーモンピンクのソフトシェルに、グレーのスコート。その下にはカラフルなレギンス。全て、高級なアウトドアブランドで揃えられていた。
おそらく、お高いアウトドアブランドにありがちな再生プラスチックで作られている、サステナブルな代物だろう。
しかし、僕は彼女の足元と背中を見て、冷ややかに言い放った。
「……どうですか、じゃない。何でお前はテント泊縦走用のガチアルパインブーツなんか履いてきたんだ?」
「……え?」
「軽登山で素人がそんなの履いたら、オーバースペックどころか、激重でソールも堅いから、デバフ以外の何ものでもない」
「……う」
「それに、そのウエストベルト無しのタウンユース用ブランド大型ザックはなんだ? そんな荷物(不要な化粧品等で激重)詰め込んで、その靴で長時間歩いたら、間違いなく足と肩が死ぬぞ」
『テント泊縦走用ガチアルパインブーツ』と『ウエストベルト無しのタウンユース用ブランド大型ザック』という、最悪のセルフデバフ装備。
歴館での悪夢再びである。
若葉は僕の突き付けた事実に一瞬呆然とするも、必死に自身の無知を隠そうと、目を泳がせてしどろもどろに。
「だって……確かに店員さんには止められたけど……勧められたのは地味でダサかったし……こっちのがカラフルでデザイン可愛いし……」
「ふん、若狭(若葉)め! かようないで立ちで修験道に足を踏み入れようとは、片腹痛し! 山を侮っておるな?」
「うるさい、武石! あんたにだけは言われたくない!!」
ここぞとばかりに同じ一年の武石が煽り、若葉が顔を真っ赤にして猛抗議する。
とはいえ、もはやこの装備で登るしかないので、一行は登山客で賑わうバスに揺られて登山口を目指した。
「もう、みんな心配性ですね」
僕の隣の席で、明らかに登山を舐め腐っている若葉。
ここ数カ月、彼女の生態を見てきた僕にとっては、あまりにも美しくフラグを立てているようにしか思えなかった。
* * *
山林の中をつづら折りに、高地へと進んで行く登山バス。
気圧の変化で耳が詰まり、「くっ……耳が変です! ディープステートの魔の手がこんなところにも!?」と喚くアホを尻目に、やがてバスは登山口の案内所に到着した。
標高2000mを優に越え、そこは下界とは別世界のようなヒンヤリとした空気に満たされていた。
まだまだ、動いていないと寒いくらいだ。
巨大な山頂までの案内図を見ても、まだ若葉は余裕そうな顔を浮かべている。
「なーんだ。山頂まではたった5km程度じゃないですか! 千葉先輩、ビックリさせないで下さいよ!」
山道の5kmがどれだけ遠く険しいか。標高差と悪路の恐ろしさをまったくわかっていない若葉を先頭に、僕らはついに登山道へと足を踏み入れる。
「みんな! しっかり準備体操して、青春の頂に至ろうじゃないか!」
佐倉先生指導の下、十分なウォーミングアップを済ませ、鬱蒼とした樹林帯の中へ入って行く。
緩やかな傾斜を、僕らはまだお喋りをしながら和やかに一歩一歩進む。
青々とした木々に囲まれ、澄んだ空気が日常の喧騒を忘れさせてくれる。
(……山の匂いだ。良いな、やっぱり山は)
久しぶりの大自然の空気に浸りながら歩を進める僕。
……そういえば、さっきからあのアーバンガールの鼻につく薄っぺらいマウントがすっかり息を潜めている。
そうか、普段はアーバンだのサステナブルだのマウントを取ろうとする、あの小うるさいアーバンガールも、この雄大な大自然に言葉をなくしているのか。
感心しながらも不思議に思い、僕はふと後ろを振り返る。
「ひぐッ……ううう」
そこには、アーバンとは程遠い、苦悶の表情を浮かべて涙目になりながら足を引きずる若葉の姿があった。
出発してわずか数分……。
歴館での悪夢を遥かに超える、肩に食い込むザックの痛みと、鉛のように重いアルパインブーツの負担。
自らの最悪のセルフデバフを骨の髄まで理解し、即座に絶望に打ちひしがれている。
(……ある意味、武石よりも修験道を体現しているな)
ああ、完全に心が折れかけている後輩の姿を冷ややかに見つめながら、僕のカオスな夏休み合宿は、こうして静かに幕を開けたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
【第45話】は、歴史研の夏山合宿スタート編!
アーバンガールの最悪なセルフデバフ装備と、開始数分での絶望回でした。
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