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第43話:若葉SOS!? アーバンな自宅来訪

どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。

 ……ではなく、 茹だるような暑さの夏休みの中盤。――僕の自宅。



 茹だるような外の暑さをよそに、僕はエアコンの効いた自室でフランツ・カフカの『審判』という不条理文学を満喫していた。

 物語の主人公は、理由も罪状も知らされぬまま、ある朝突然逮捕される。

 僕はヨーゼフ・Kに感情移入し、不条理だらけな世界の深淵に浸っていた。



 しかし、それが良くなかった。

 何故なら、僕のこれまでの経験上、不条理は不条理を呼ぶ……。



 そこに、けたたましいスマホの着信音が鳴り響く。

 画面を見ると、アーバンガールな後輩の花見川 若葉からだった。



 ――「千葉先輩! 緊急事態ですぅ! 今すぐ会って、家のことで大至急ご相談したいことがあるんですぅ!」



 電話に出るなり、異常なまでに切羽詰まった声が鼓膜を打つ。

 普段のアーバンを気取った余裕など微塵もない。悪い予感しかしない。



「わかったわかった。じゃあいつもの駅前のファミレスで――」



 ――「ダメです! 誰かに聞かれたら終わりな極秘相談なんですぅ! お願いです、先輩のお家に行かせてください!」



(里見さんじゃあるまいし……一体、どんな重大な国家機密なんだよ……)



 僕は小さく溜息を吐いた。

 あまりに悲痛な嘆願に負け、結局、仕方なく若葉を自宅へ招き入れることになってしまった。



* * *



 数十分後。千葉家の玄関のチャイムが鳴った。

 やれやれ、後輩とはいえ女の子を家に上げるなんて、家族にどう説明したらいいものか。



「お邪魔します……」



 ドアを開けると、そこには緊張した面持ちの若葉が立っていた。

 ……が、その格好を見て思わず眉をひそめる。

 オフホワイトの清楚なワンピースに、小ぶりなストローハット。

 まるで昭和の映画から抜け出してきたかのような、テンプレ全開の『清純派の擬態』だった。明らかに親受けを狙っている。



「なんだ、その格好」

「アーバンなご挨拶にはTPOが不可欠ですから」



 僕がツッコミを入れようとした矢先、ドタドタと騒がしい足音が廊下から響いてきた。

 小学五年生になる僕の妹、六花(りっか)の乱入である。



「あっ! お客さん!?」

「うわぁ! カワイイ! 先輩の妹ですか!?」

「ああ……妹の六花だ」



 六花は玄関に立つ若葉の姿を見るなり、バチーン! と分かりやすく目を輝かせた。

 


「六花です! 小学五年生です!」

「ふふ……六花ちゃんか。カワイイお名前だね。お姉さんは、若葉って言うんだよ」



 興味津々で挨拶する小学生に、若葉はいかにもアーバンなお姉さん風を吹かせる。

 里見さんの妹の智菜や、友人の勝浦 岬のせいで、いつもポンコツさが際立っている彼女が、少し新鮮に見える。

 彼女の薄っぺらいアーバンも、小学生には十分通用するみたいだ。



(……ちなみに、六花の名前の由来が落花生(ピーナッツ)であることは、人前で絶対に言っちゃダメなやつだ)



 妹は少女漫画の見過ぎで、高校生の男女は皆少女漫画のような恋愛に勤しんでいると思い込んでいる。

 そのせいか、以前、家の外で偶然会った変人(里見さん)が僕の彼女だと勘違いしていたようだ。

 そして、今度はモデルみたいに都会的で可愛いお姉さんが現れたことで、六花は頭の中の少女漫画フィルターを全開にさせている。

 


「若葉お姉ちゃん……もしかして、お兄ちゃんと付き合ってるんですか!?」



 少女漫画脳に極上の燃料が投入され、食い気味に尋ねる六花。



「や……やだ! やっぱり、妹さんにもそう見えちゃ――」

「いや、付き合ってない」



 もったいぶった感じで頬を染め、謎のラブコメ波動を出そうとした若葉を、僕は秒でへし折った。

 若葉は両拳をフルフルと握りしめて、必死で無言の抗議をしているようだったが、面倒なのでスルーして家に上げる。



 リビングに通すと、息子の来客に最初は無関心だった母親――房江(ふさえ)が、愛想笑いしながら面倒くさそうにお茶を出しにやってきた。



「初めまして。歴史研の後輩の、花見川若葉と申します。つまらない物ですが、どうぞ皆様で――」



 若葉はさっと立ち上がり、如何にもマダムが好みそうな高級茶菓子の詰め合わせが入った紙袋を差し出した。完璧な所作である。



「あら、ご丁寧に……って、花見川家……って、あの名家の、花見川さんのところの!?」

「はい。花見川の者ですが、どうぞお気になさらず」

「あらやだ、私ったら! おほほほ! お客様用のお茶とお菓子が買ってあったんだったわ!」



 紙袋のロゴと名前に気付いた瞬間、母の目の色がキッと変わった。

 態度は急変し、戸棚の奥から来客用の高級なケーキと舶来の紅茶のセットが瞬く間にテーブルへ並べられた。



「ああ! そんな高そうなの、どうしたの? 私もたべたーい!」

「大事なお客様なんだから! あんたはあっちでプリンでも食べてなさい!」



 ケーキに群がろうとする六花を、母は容赦なく追い払う。

 どうやら、息子がとんでもない逆玉のチャンスを連れてきたと勘違いしたらしい。

 現金な母親だとは思っていたが、自身の安定した老後の為に、花見川家の財力に完全に目が眩んでしまったようだ。

 

 


「いつも先輩にはお世話になっておりまして、これからも末永く――」

「いえいえ、こちらこそ狭い家ではありますが、ここを自分のお家だと思って、くつろいでいってください! いつでも来てくださいね!」



 アーバンなお嬢様スマイルでちゃっかり乗っかる若葉と、手厚すぎる接待で外堀を埋めにかかる母。

 あざとい女たちの政治的野心が、互いの利益と奇跡的にマッチングしてしまったようだ。

 


(やはり、嫌な予感しかしない……)



「というか、何か大事な相談があって来たんだろ? ここじゃ落ち着かないし、部屋に行くぞ」



 これ以上この地獄空間にいると何が起きるか分からない。

 僕は呆れ顔で二人の会話を遮り、立ち上がった。



「総亮!」



 バシッ! と背中を強く叩かれる。

 振り返ると、母が変な期待と圧を込めた顔で僕を睨んでいた。



「お嬢様を部屋に連れ込んで、くれぐれも失礼のないようにね!」



(頼むから、身内が僕の胃壁を削りに来るのはやめてくれ……)



* * *



 ガチャリとドアを閉め、僕の部屋に二人きりになる。

 男子高校生らしいポスターやゲームなどが一切なく、カフカやクンデラなどの文学書や哲学書ばかりが並ぶミニマルで生活感のない部屋に、若葉は少し拍子抜けしたように見回していた。



 だが……。



 周囲の目が完全に無くなったことを確認した瞬間。

 さっきまでのお澄まししたお嬢様の皮が、ベリベリッと音を立てて剥がれ落ちた。



「ぢば先輩ぃー! だずげでくださいぃぃぃーーー!!」

「なんだなんだ!? 一体どうした!」



 さっきまでのアーバンな後輩はどこへやら。若葉は涙目になりながら、情けない声を上げて僕に泣きついてきた。

 突然の豹変に思わず後ずさる。



「わだじ……婚約ざぜられそうなんですぅぅーー!!」

「……はあー!?」



 完全に僕のキャパシティを超える単語が飛び出した。



「実は、親が『娘も年頃だし、今のうちに許嫁をきめておく』とか言い出して、今度親が決めて来たお見合い相手に会わなきゃいけないんですぅぅ!!」

「それは災難だったな。だけど、人の家の事情に、部外者の僕が踏み込む余地なんてないぞ」



 僕はきっぱりと切り捨てた。

 平穏な小市民の僕に、そんなドロドロの旧家のお家騒動など解決できるわけがない。



「ぞんなごど言わずにぃー! ぜんばいだけが頼りなんですぅー! 彼氏のフリをして親をあぎらめざぜて下さいぃぃーー!!」

「はあー!? そんなの無理に決まってるだろ!!」

「そこを何とかぁ!! ちばえもーん!!」

「いやだ!! 誰がちばえもんだ!!」



 アーバンもプライドも完全にかなぐり捨てた若葉が、ズサァッと床に滑り込み、僕の足にガッチリとしがみついてきた。

 必死に突っぱねようと足を振るが、スッポンのように離れない。



 これまた地獄絵図のような不毛な押し問答が続いていた、その時だった。



 バンッ!



 背後で、部屋の扉が勢いよく開かれた。



「さっきから聞いていれば! 総亮、あんた少し冷たすぎるんじゃない!」

「そうだよ! 男の子は女の子のピンチをかっこよく助けるものでしょ!!」



 そこには、部屋の外で完全に聞き耳を立てていた母と妹が、堂々と仁王立ちしていた。

 金の亡者と少女漫画脳の悪魔的エンゲージ……。

 二人とも、完全に若葉の肩を持っている。



「安心して、若葉さん! 私たちの仲じゃない! ここは総亮にドンっと任せていいわ! この子、無駄に頭だけはいいから!」

「ちょ! まっ……母さん!?」

「ちゃんと若葉さんに協力しないと、お小遣い抜きだからね!」



 ABCD包囲網もビックリの理不尽な経済制裁。

 高校生にとって、これ以上ない絶対的な死刑宣告である。

 圧倒的な援軍(と脅し)を得た若葉の前に、僕の強固な意志はあえなく無条件降伏させられた。



「本当にありがとうございます!『お母さん』と呼んでいいですか?」

「ええ、もちろんよ、若葉さん! 私も本当の娘だと思っているわ!」



 一瞬で謎の同盟を結成し、手を取り合って喜ぶ母と後輩。

 こうして僕は、なし崩し的に若葉の実家――敵陣へと、偽装彼氏として乗り込むことになってしまったのだった。



 ああ、僕の束の間のシャングリラは、金の亡者と少女漫画脳のアーバン連合によって、無残に蹂躙されたのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


【第43話】は、夏休み中盤戦! 若葉ちゃんの自宅来訪(襲来)と、千葉家の愉快な(?)家族たちの初登場回でした。


もし「ちばえもんは草」「お母さん現金すぎるww」「アーバン連合ww」と楽しんでいただけた方は、


ぜひ、ページ最下部にある

【ブックマークに追加】と、

その下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、毎日の執筆の大きな励みになります!


次回はついに、アーバンガールの実家へ潜入です!

歴史研とは違う、本物のお金持ちの不条理に巻き込まれる千葉くんの胃袋を、引き続き応援よろしくお願いいたします!

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