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第42話:狂気のスク水チェイスと、不条理な祝福

 どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。

 ……ではやはりなく、 片田舎の海水浴場。



 猛烈な砂埃を巻き上げながら、里見さんが真夏のビーチを爆走していく。

 学校指定の地味なスクール水着姿を見られた羞恥心からか、そのスピードは常軌を逸していた。



「俺に任せろ! うぉぉぉーーー!!!」



 その逃げ去る背中を見た勝浦優――ラグビー部が誇る身長190センチの筋肉魔人――が、突如として謎のスイッチを入れた。

 ラグビー部のノリというか、純度百パーセントの善意による猛ダッシュである。

 


(まるで、背中を見せて逃げると本能で追いかけてくる、クマの習性みたいだ……)



「ヒッ……!? や、やっぱり、CIAのスーパーソルジャーですぅー!!」



 背後から迫り来る巨漢の足音に振り返った里見さんは、その姿を陰謀論フィルターで完全に変換し、絶望の叫びを上げてさらに加速する。

 だが、悲しいかな。相手は規格外のフィジカルエリートだ。



「里見! おちつけ、冷静になるんだ!」

「ひぃぃぃーーー!! 助けてくださーい!!」



 あっという間に追いついた勝浦兄は、パニック状態の里見さんを捕らえ、落ち着かせる為にそのままひょいっと肩に担ぎ上げた。

 里見さんは取り乱して、足をバタバタさせながら抵抗する。

 本人は至極真面目に介抱しているつもりだろう。

 しかし、客観的に見れば『屈強な半裸の男が、スク水の女子高生を強引にさらっている』という、完全に事案の光景でしかない。



「おい、あそこ! 変態だー! 捕まえろ!」



 案の定、遠くからその異様な光景を見ていたライフセーバー部隊が、血相を変えて殺到してきた。

 正義の使命感に燃えるライフセーバーたちの数の暴力により、あっけなく砂浜に沈められ、取り押さえられる筋肉魔人。



「い……いや! 誤解だ! 俺は里見の友人で!」

「黙れ変態! その女の子も『助けて』って言ってただろ!」



 その大混乱の隙を突き、里見さんは理由も説明せずに再びビーチの奥へと姿を消した。



* * *



 僕は深すぎる溜息を吐き、仕方なく手分けをして里見さんを捜索すること数分。

 僕は単独で、ビーチの端にある潰れた古い海の家の陰にやってきていた。



「ひぐぅ……うぅ……」



 薄暗い建物の陰で、膝を抱えて小さくうずくまっている不審なスク水を発見する。

 僕は無言で近づき、持っていたバスタオルをバサッとその頭から被せた。



「こんなところで何やってんだ? さっさと帰るぞ」

「ひぐぅ……こんな姿をさらしてしまっては、もうお嫁にいけません」



 体育座りしてタオルをギュッと握りしめながら、里見さんは本気で落ち込んだ声を出した。

 今、このシチュエーションだけを切り取れば、スク水を着て愁いを帯びた美少女としてどこかドラマチックですらあった。

 しかし、普段の奇行を知っていれば、当然そんな目で見られるわけがない。



(こいつにまともな結婚願望があったなんて、今日初めて知ったよ……。むしろ、別の意味でお嫁にいけない理由など山ほどあるんだけどな……)



 口を開けば陰謀論、気色の悪い多脚型生体兵器(クラゲ)を拾い集める女が、たかがスク水を見られた程度で貞操観念をこじらせている。

 不条理極まりないが、ここで面倒な問答をしても時間の無駄だ。

 また逃げられでもしたら、敵わない。



「江戸時代じゃあるまいし! そんなことでお嫁に行けなくなるもんか!」



 僕はあくまで一般論として、無難に慰める言葉を投げかけた。



「……じゃあ、千葉くんはそんな女の子が相手でも結婚してくれるんですか?」

「よくわからんが、そんな条件で縛ったら、逆に僕が結婚できなくなるぞ……」



 里見さんは少し安堵したのか、僕の方を見てパァーッと顔を明るくさせた。



「では、千葉くんは(そんな女の子が相手でも)結婚してくれるんですね!!」

「ああ……(その基準だけで考えたら)そうだな」



 僕が適当に相槌を打った、その瞬間だった。



 バサッ、と背後で何かが落ちる音がした。

 振り返ると、そこには若葉の羽織っていたシャツが落ちており――いつの間にか、メンバーたちが絶妙なタイミングで集結していた。



「ち……千葉先輩……け、結婚って……!?」

「……は?」



 若葉がまるで、この世の終わりかのような青ざめた表情で立ち尽くしていた。



「千葉先輩! 海で告白なんて、ロマンチックですね!」



 状況が飲み込めず宇宙猫のような顔でフリーズする僕をよそに、岬は両手を握り合わせて純粋な瞳をキラキラと輝かせている。



「ヒューヒュー! うぇーい! 千葉ッち青春してるっしょ!」

「安房守(里見)様と上総介(千葉)様の婚儀、お祝い申し上げまする!」



 チャラ井が能天気に冷やかし、武石がブレない落ち武者キャラで祝福の言葉を述べる。

 そしてタオルを被ったまま「ほへ?」と当の里見さんは全く状況を理解していない。



 若葉が白目をむき、そのまま糸が切れたようにバタリと砂浜に倒れ込む。



 倒れる後輩、的外れな祝福をする外野。

 遠くの砂浜では、勝浦兄がまだライフセーバーたちに囲まれて厳しい事情聴取を受けている。

 そういえば、奴の誤解を解くのを忘れていた。



 たった数秒の言葉の綾が壮大な誤解を生み、その場は一切収集のつかない、完璧なカオス空間へと変貌していた。



* * *



 夕方、昼間の人混みが嘘のように人が疎らとなった寂しげな海辺を後にし、疲れ切った僕らは帰りのバスに揺られていた。

 茜色に染まる海沿いを走るローカルバスの車内は、嘘のように静まり返っていた。



 あの後、気絶した若葉を介抱しつつ、僕が疲労困憊になりながら説明を繰り返し、結婚の誤解自体はあっさりと解くことができた。

 ついでに、善意で行動したのに変態扱いされた不憫な勝浦兄の危機も、里見さんの謝罪によって事なきを得た。



 遊び疲れたメンバーたちは皆、夕日を浴びながら心地よさそうにうたた寝をしている。

 誤解が解けて安堵(?)したのか、若葉はぐっすりと眠り、岬が気遣うように自分の肩を貸してやっている。平和な光景だ。



 ふと視線をずらすと、里見さんもいつもの喧騒が嘘のようにすました顔で眠っていた。

 ただしその腕には、ドロドロのクラゲの死骸が入ったタッパーを、まるで宝物のように大事そうに抱き抱えている。



(……最後までブレない奴だ)



 僕は窓枠に肘をつき、深い溜息を吐きながら皆の様子を伺った。

 不条理塗れの海水浴であったが、美味い飯も食べられたし、そうそう悪くはなかったな。



 沈みゆく太陽を見つめながら、僕は少しだけ口角を上げた。



 ああ、不条理だらけの海水浴……陰謀論者の貞操観念と、ついでに筋肉魔人の大ピンチも無事救われたようだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


【第42話】は、筋肉魔人の悲劇と、大誤解プロポーズ回でした!

善意100%で事案を起こしてしまった勝浦兄の不憫さと、クラゲを大事に抱いて眠る里見さんのブレなさに、少しでも笑っていただけたなら幸いです。


これにてカオス極まる「海編」はひと段落ですが……彼らの長くて濃厚な夏休みは、まだ始まったばかりです!


もし「砂浜スク水爆走は草ww」「勝浦兄不憫過ぎるww」「白目むいて倒れる若葉ちゃん可愛い」と楽しんでいただけた方は、


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皆様の温かい応援(ポイント)だけが、夏休みの狂気の思い出を加速させます。


感想コメントも大歓迎です!

まだまだ続く夏休み編、次回もどうかよろしくお願いいたします!

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