第41話:C国の生体兵器と、パージされる狂気
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……ではやはりなく、 片田舎の海水浴場。
容赦なく打ち寄せる広大な太平洋の荒波の音と、海鳥の鳴き声が交互に聴こえてくる。
焼け焦げるような八月の太陽が、どこまでも続く白い砂浜に照り返す。
バーベキューを終え、海辺へと移動してきた僕ら歴史研とその他メンバーは、真夏の喧騒のど真ん中にいた。
「ふぅ……夏といえばやっぱりこれですよね!」
若葉が羽織っていたリネンのシャツを脱ぎ捨て、気合いの入ったアーバンな水着で巨大なフラミンゴの浮き輪を抱えてドヤ顔を決めている。
だが、慣れない砂の熱さと人混みのせいで、すでにその息は絶え絶えだった。
僕がパラソルの下で呆れ果てている視線の先には、波打ち際で蠢く黒い不審者の姿があった。
我が歴史研の厄災・里見 結菜だ。
……八月の炎天下で、ネオプレン素材のフルウェットスーツ。
さっきのよしずの下でならまだしも、それは歩くサウナどころか、致死レベルの拷問である。
熱中症という深刻なリスクすら『ディープステートの電磁波攻撃』で片付け、一切肌を露出しない彼女の狂気は、もはや現代医学と常識への挑戦だった。
「見て下さい千葉くん! これは間違いなく、C国が放った最新鋭の多脚型生体兵器です!」
彼女は、浜辺に打ち上げられてドロドロになったクラゲの死骸をトングで摘み、バーベキューの余り肉を入れるはずだったタッパーに嬉々として詰め込んでいる。
「ただの水クラゲだ。頼むからその不衛生なタッパーを僕に近づけないでくれ」
塩風と海鳥の潮騒に混じる、質量ゼロの狂気。
僕が深い溜息をついていた、その時だった。
「おいコラァ! そこの真っ黒なウェットスーツ! 密猟は犯罪だぞ!!」
日に焼けてタオルを頭に巻いた、いかにも地元の漁協関係者と思われる強面のおじさんが、血相を変えて里見さんに詰め寄った。
「こんな真っ昼間から堂々とやりやがって! 勝手に獲ったハマグリをタッパーに隠したんだろ! 大人しく出しな!」
「ハマグリ……? 何を言っているんですか。これはC国が放った最新鋭の多脚型生体兵器です!」
「はぁ? 生体兵器? いいからそのタッパーを見せろ!」
「くっ……外国勢力の魔の手が、こんな片田舎の海にまで伸びていたとは!」
漁協のおじさんが強引にタッパーを覗き込む。
そこには高級な特大ハマグリなどではなく、熱でドロドロに溶けかけた、気味の悪い水クラゲの死骸が大量に詰まっていた。
「……うおっ、キモッ! なんだこれ……。お前、このクソ暑いのにプロ仕様のスーツ着込んで、わざわざクラゲの死骸集めてんの……?」
「証拠隠滅はさせませんよ、さては当局の工作員ですね!」
おじさんの顔から怒りがスッと消え、代わりに『関わってはいけない本物のヤバい奴を見る目』へと変わっていく。
「いや……もういい、クラゲなら勝手にしろ。熱中症で倒れてもウチらは知らんぞ」
ドン引きしたおじさんは、厄介払いするように去っていった。
僕は何も見なかったことにして、パラソルの陰から他のメンバーたちを目で追った。
「ねえねえ君たち、めちゃくちゃ可愛いじゃん! これから俺らと一緒に海で遊ぼーぜ!」
「い、いえ……私たち、連れがいるので……っ!」
少し離れた場所で、若葉と岬が地元のヤンキー二人組に絡まれていた。
面倒事が嫌いな僕だが、流石に後輩二人がナンパという名のカツアゲに遭っているのを見過ごすわけにもいかない。
「まったく……だから海なんて嫌なんだ」
僕は再び溜息をつき、重い腰を上げて彼女たちのもとへと駆け寄った。
「おい。その子たち、僕の連れなんだけど」
「はぁ? 誰だお前。こんなモブとじゃなくて、俺たちと遊ぼうぜ。な?」
ヤンキー二人は、僕のなりを見て露骨に鼻で笑った。
(……やれやれ。ラブコメ主人公のような華麗な撃退など、所詮はフィクションの産物だ。現実における非力な文化系男子など、彼らからすれば確かに『背景』に過ぎない)
だが、僕には背後の光景がよく見えていた。
「どうでもいいが、僕が紳士的に警告してやってるうちに早く立ち去った方が身のためだぞ。そうしないと――」
「ああん?」
凄むヤンキーたちが無理やり若葉たちの腕を掴もうとした瞬間、彼らの全身を『巨大な日陰』がすっぽりと覆い隠した。
「どうした岬? 知り合いか?」
「ううん……お兄ちゃん、この人たちがしつこくて」
突如頭上に降臨した身長190cmのプロテインの塊。
圧倒的な筋力を誇る勝浦優が、純粋な善意と重機のような威圧感を伴って、ヤンキーたちを見下ろしていた。
隆起した筋肉に、ブーメランパンツとタンクトップという、さながらどこかの戦闘民族のような威圧感は、もう恐怖でしかなかった。
「ヒッ……え!? い、いや、こんなに連れがいたんスね! じゃあ、僕たちはこれで!」
本能で死を悟ったヤンキーたちは顔面蒼白になり、蜘蛛の子を散らすように逃亡していった。
圧倒的物理(筋肉の傘)による、一瞬の平和的解決である。
「あ……ありがとうございます……」
助かった若葉は、なぜか巨漢の優ではなく、モブ扱いされてダサい結果に終わった僕の方へ向き直った。
「でも、その……千葉先輩。一応、助けようと前に出てくれたことだけは……アーバンな視点から評価してあげなくもないです」
ツンとそっぽを向きながら、ほんの少しだけ頬を染める若葉。
まあ、一応感謝してくれるのであれば、重い腰を上げて面倒事に首を突っ込んだ甲斐もあったってもんだ。
「うぇーい! かき氷買ってきたぜ! 何かあったの?」
そこに、両手にかき氷を持ったチャラ井が戻ってきた。
さっきまで、海の家のバイトのお姉さんとヘラヘラとお喋りしていて、若葉と岬のピンチなど知る由もない。
「ああ、白井。妹たちが変な輩にナンパに遭ってたんだ」
「え? うっそー! いやー、マジないわー! 海でナンパとか、マジろくでもないっしょ!」
「「「お前が言うな!!」」」
完璧な総ツッコミにより、発生しかけたラブコメ空間は一瞬で崩壊した。
* * *
気を取り直して、僕らは浜辺でビーチバレーをすることにした。
歴史研とそれ以外で僕らは綺麗にチームで別れ、早速試合が始まる。
「いくぜ里見! オラァァ!!」
「ふん! この身体強化スーツは、そんなビニールボールでは打ち抜けませんよ!」
筋肉魔人である優の強烈なスパイクを、フルウェットスーツの里見さんが超人的な身体能力でレシーブしまくるという、完全にフィジカルのバグった二人の独壇場と化していた。
だが、開始から数分が経ち、異常な運動量と、炎天下のフルウェットスーツという拷問環境が、ついに彼女の限界突破を引き起こす。
「ふふっ……これで……A5和牛を、とりもろひまふ……」
らりったように目を回し、千鳥足でフラフラと倒れ込む里見さん。
「大変! 里見先輩、熱中症かも! 体冷やさないと!」
慌てて岬が駆け寄り、里見さんの狂った外装を脱がそうとする。
しかし、大量に汗をかいているせいで、ウェットスーツが体に張り付いて簡単には脱がせられなそうだ。
「下には水着、着てますよね!」
一刻を争うと、岬が無自覚な規格外のパワーで「えいっ!」と背中のジッパーを力任せに引っ張り開けた。
バツンッ! という音と共に、汗で張り付いていた不審者全開のウェットスーツが豪快に剥ぎ取られる。
「は……え?」
汗ばみ、わき立つ湯気の先に現れたのは――学校指定の、極めて地味で健全な『スクール水着』だった。
「…………」
あまりに場違いでマニアックな出で立ちに、真夏の灼熱のビーチにも関わらず、僕ら一同は完全に凍りついた。
「……はっ!?」
外装を剥ぎ取られ、全身にスースーする海風を浴びたことで、熱中症から一気に覚醒した里見さん。
彼女は目の前でフリーズしている僕、そして自らのマイスクール水着を交互に見比べ――全身をトマトのように真っ赤に染め上げた。
「ひぃぃーーっ!! 見ないでくださーい! も、もうお嫁にいけませぇーん!!」
バサッ、と脱ぎ捨てられたウェットスーツを残し、両手で胸元を隠しながら、涙目で猛烈な砂埃を上げて猛ダッシュしていく。
あっという間に海の家の裏へと消えていく彼女の背中を見送りながら、僕は呆然と立ち尽くしていた。
(なるほど、このクソ暑い中、狂ったようにウェットスーツを着ていたのは、こういう事情があったのか……)
あれだけ普段から非常識な奇行を連発しているくせに、たかが水着を見られることが恥ずかしいとは……。
やはり常人には理解に苦しむ羞恥心だ。
真夏のビーチを、学校指定のスクール水着で疾走していく狂気を見ながら、僕は日本海溝よりも深いため息を吐いた。
ああ、明らかに自業自得の熱中症は、彼女の狂った外部装甲の強制パージにより、救われたのだ。
いつも本作をお読みいただき、本当にありがとうございます!
【第41話】は、真夏の海辺に現れた不審者(ウェットスーツの狂人)と、まさかの強制パージ回でした!
夏休み(海編)の狂気、いかがだったでしょうか?
もし「スク水で逃げる里見さん草」「タッパーにクラゲ回収ww」「若葉ちゃんのチョロいデレ最高」と少しでも笑っていただけた方は、
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皆様からの温かい応援が、スク水を着て大号泣で逃走した里見さんの羞恥心をさらに煽ります(笑)
これからも面白い物語をお届けできるよう頑張りますので、引き続きよろしくお願いいたします!




