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第39話:A5和牛を取り戻せ! IQ3のバーベキューと圧倒的資本主義の勝利

 どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。

 ……ではなく、 8月上旬のある晴れた日。



 地平の果てまで広がってるような見渡す限りの砂浜と海。

 鼻につく潮の香りと松林の匂いが混ざる片田舎のバス停に、僕ら歴史研メンバーとその他友人三名は到着した。

 全てを飲み込んでしまうような太平洋の荒々しい波が、僕らを圧倒する。

 


「A5和牛を……取り戻す!!」



 広大な海を見た途端、テンションがおかしくなった里見さんが唐突に叫び声を上げた。



「うぇーい! ノリいいねー里見ちゃん! A5和牛を取り戻ーす!」



 その奇声に、チャラ井のテンプレのようなパリピノリが秒で巻き込まれる。

 やがて他のメンバーも意味が分かっていないまま、海に来たという高揚感からか「A5和牛を取り戻す!」と謎のシュプレヒコールを上げ始めた。



(……到着して路線バスから降りた瞬間の出来事である)



 底抜けのIQ3が織りなす狂騒を前に、僕は早くもドッと疲れ果てる。

 そして早くも、心配していた通り、今日という日に絶望しかけていた。



 明らかにおかしいテンションが冷めやらぬまま、男女それぞれ浜辺に隣接する施設で着替えを終え、海岸へ向けて歩き出す。

 ここで必然的に、各々の海岸仕様の出立ちが明らかになった。

 僕はひざ丈くらいの無地の海パンに、サックスブルーのシャツを羽織っただけの無難かつスマートなスタイルだ。



 着替えを終えて鉢合わせた瞬間、若葉がアーバンなドヤ顔で自らの水着をアピールしてくる。



「ふふん、どうですか先輩? 今年のトレンドを押さえたカーキのアースカラーのモノキニです。しかもこれ、100%リサイクルされたペットボトルから作られた、地球に優しいサステナブルでエシカルな水着なんですよ!」



 得意げに笑う若葉は、白いざっくりとしたオーバーサイズのリネンシャツを羽織り、ストローハットに大きめのサングラス。足元は砂浜に絶対に向かない厚底のウェッジソールサンダルという、港区女子が海に来たような完璧な気合いの入り方だった。



「ああ……似合ってる……んじゃないか? ……たぶん」



(どう見ても泳ぐ気がない。あれは海を楽しむ装備ではなく、リゾートホテルでトロピカルジュース片手にSNS用の自撮りをするための戦闘服だ。ある意味、究極のエセ・エコロジストだな……)



 それにしても、大胆にカッティングされた大人びたモノキニに対して、そこから覗く心もとない胸のふくらみ(推定B)はどうだろう。

 彼女のセレブ気取りに、絶妙な『なりきれていないポンコツ感』を漂わせている。

 見事なまでのハリボテのアーバンスタイルが、彼女らしいっちゃらしい。



「えへへ、去年買ったやつなんですけど、おかしくないですか……?」



 そう言って照れ笑いする岬が、若葉の隣に並んだ。

 ペールブルーのフリル付きビキニに、露出を抑えたスカートタイプ。上にはライトグレーの薄手UVパーカーをしっかり着込んでいる。

 いつものボブヘアは可愛いシュシュでハーフアップにされ、足元は歩きやすい普通のビーチサンダルだった。



(……完璧だ。一切の自己主張もマウントも存在しない、ただ夏の海を純粋に楽しむためのコンサバティブな造形。過度な主張のない、自然で嫌味のない胸のふくらみ(推定C)が、目の毒になるどころか、むしろ実家のような安心感を与えてくれる)



 女の子の水着姿を見ているはずなのに、僕の荒んだ視神経はみるみると修復されていくのが分かる。

 まさに唯一の純度100%の清涼剤だ。



「ああ、とても爽やかで、透明感もあっていいんじゃないかな」

「えへ……褒められちゃった」

「あー先輩! 私の時と全然反応が違うんですけどぉ!!」


 

 岬に対する僕の素の反応に、若葉は猛抗議してくる。

 海なんて来てもロクなことがないと思っていたが、どんな地獄にも仏はあったもんだ。



 しかし、視線を横にやれば視覚的なバグの連続が待っていた。

 チャラ井は派手なアロハシャツに海パンで、「若葉ちゃんも岬ちゃんも、水着キャワウィーねッ!」とTHE・テンプレなナンパ仕様。



 勝浦兄(優)は、ブーメラン海パンにタンクトップ。

 190cmの長身と隆起する筋肉の圧がすさまじく、どこぞの戦闘民族かと見紛うほどだ。



 武石に至っては『褌(ふんどし)に陣羽織』という、公共の場で放送事故スレスレな戦国時代からタイムスリップしてきたような姿である。

 真打ちを待たずして、内心で突っ込まずにはいられない。



 「さて……みなさん、A5和牛を取り戻す準備はバッチリですね!」



 そして極めつけは、フルウェットスーツにシュノーケル装備でドヤ顔をしている里見さんである。

 浜辺のサーファーに紛れようとしているのか分からないが、完全に不審者か工作員にしか見えない。



 ……悲しい事実を一つ挙げよう。

 実はこの場にいる女子の中で、彼女が一番立派な発育(推定D)を誇っている。

 だが、首から足首までをガチガチに覆い尽くす分厚いネオプレン素材のせいで、その圧倒的アドバンテージは物理的に圧殺され、いつもより露出が少ないというヒロイン力皆無のカオス仕様となっている。

 ラブコメのお約束を自らの奇行で完全に無力化する、見事なまでの狂気だ。



 海水浴場のBBQエリアに到着した僕たちは、「よしず」の下に備え付けられたイスとテーブルを確保し、レンタルしたBBQセットを広げた。



 各自がお金を出し合って買ってきた食材をテーブルに並べる。

 しかし、悲しきかな高校生の財布である。

 当然A5和牛などあるはずもなく、そこにあるのはスーパーの特売シールが貼られた『切り落とし肉』や『安いソーセージ』ばかりだった。

 かくして、『A5和牛を取り戻す』というキャッチフレーズからはほど遠い、極めてチープなIQ3のBBQ大会が始まろうとしていた。



「はあ……やはりディープステートの強大な権力から、A5和牛を取り戻すのは難しいようです……」

「安心しろ里見! 赤身が多い方が良質なタンパク質が豊富で、いい筋肉が作られるぜ!!」



 特売肉を見て悲しむ里見さんを、筋肉理論でポジティブに励ます勝浦兄。

 全く噛み合っていない会話がよしずの下に響く。



 チープな肉を前に、若葉がやれやれと首を振り、アーバンな笑みを浮かべた。

 


「ふふ……仕方ないですね。もうすぐ私が用意した食材が届くころです」



 彼女がそう呟いた直後、駐車場に一台の冷蔵トラックが入ってきた。

 業者風のおじさんが、大きなクーラーボックスを担いでよしずの下へやってくる。



「花見川さん、ご注文いただいたお肉をお持ちしました!」

「はい、ご苦労様です」



 首を傾げる僕たちを尻目に、若葉はこれ見よがしにクーラーボックスの蓋を開け放った。



「ふふん、見て下さい! うちの知合いの食肉業者から仕入れた百グラム数千円はくだらない、正真正銘の霜降りA5和牛です!」



 ついさっきのサステナブル発言との見事な矛盾。クーラーボックスから溢れ出す、ドライアイスの白い煙。

 その奥に鎮座していたのは、見事なサシが入った極上のステーキ肉の数々だった。



 普段は薄っぺらいポンコツアーバンガール。忘れかけていたお嬢様属性の炸裂。

 悪魔的な肉の輝き――もとい、圧倒的な資本主義の暴力に、一同の目が完全に釘付けになった。



「くっ……これがロ〇チャイルド家をも凌ぐ花見川財閥の力……! 私は若ちゃんに魂まで売り渡します!!」



 あれほどディープステートを敵視し、陰謀論を唱えていた里見さんが、即座に先輩としてのプライドを捨てた。

 あろうことか砂浜に額を擦りつけ、若葉に向かって平伏しているではないか。



「くッ……若狭(若葉)め、財力に物を言わせ、主君安房守(里見)様を籠絡しおって! う……美味そうでござる」

「すごーい! こんなお肉食べるの初めて! 若葉ちゃんありがとー!!」

「ハハハ! これで皆の体も良質な脂質とタンパク質に満たされ、サイコーの筋肉を作れるな!」



 武石、岬、優の三者三様の歓声が入り乱れる中、起爆剤が投下された。



「うぇーい!! 若葉ちゃん、マジパリピ! サイコ―っしょ!!」



 チャラ井の狂乱のコールを合図に、冒頭のシュプレヒコールが急速に変質していく。



『A5和牛を取り戻す! わーかーば! わーかーば! わーかーば!』



 静かな海辺に響き渡る、謎のカルト集団のようなコール。

 その中心で、若葉はサングラスの奥で最高に得意げな顔をしてふんぞり返っている。



(サステナブルだの何だのと言いながら、環境意識からかけ離れた贅沢の象徴みたいな高級肉を持参して踏ん反り返るお嬢様……認知的不協和なアーバンガールよ、お前は一体どこへ向かっているんだ……?)



 よしずの下の備え付けのイスに深く腰掛けた僕は、その底抜けのIQ3の狂騒を前に「……海に来てまで、何をやってるんだこいつらは」と完全に呆れ果て、深い深い溜息をついた。



 ああ、IQ3のバーベキュー大会は、資本主義の権化のような高級和牛によって見事にお膳立てされたのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


【第39話】は、夏休み恒例の海&BBQ回でした!

水着で繰り広げられるヒロインたちのマウント合戦と、圧倒的な資本主義(A5和牛)の前に一瞬で魂を売り渡すIQ3、いかがだったでしょうか?(笑)

ラブコメのお約束(水着の露出)を自らの狂気で完全に台無しにする里見さんの暴挙。ある意味最強のヒロインかもしれませんね。


次回【第40話】の更新も、ぜひお楽しみに!


もし「若葉ちゃん、サステナブルどこ行ったww」「里見さん、フルウェットスーツは草」「メンバーの絵面がカオスすぎるw」と少しでもニヤリとしていただけた方は、

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皆様からの温かい応援(評価ポイントやご感想)が、IQ3のBBQをさらにカオスにします。

引き続き、よろしくお願いいたします!

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