↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/54

第38話:夏休みの幼い聖母と忠臣武石のご奉公

 どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。

 ……ではなく、 7月下旬。本格的な夏休みシーズンに突入し、茹だるような猛暑日が続いていたある日のことだった。



 僕は近所のショッピングモールへ買い物に行った帰り道、地域の清掃活動が行われている公園を通りがかった。



 ジリジリと肌を焼く太陽の下、町内の大人たちが汗だくで作業をしている中、ひと際異彩を放つ人物がいた。

 ペールピンクのリボンで結んだポニーテールを手ぬぐいでほっかむりし、大人の倍以上のスピードで、ただひたすら無心に草むしりをしている中学生。

 里見家の三女、愛菜(まな)ちゃんだ。



「愛菜ちゃん。夏休みなのに偉いな。だけど、あまり頑張り過ぎると熱中症になるよ」



 僕が声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、ハッとして振り返った。

 そして僕の顔を見るなり、中学生とは思えない疲れきった微笑みを返してくる。



「ち、千葉先輩……! いえ、これくらいやらないと、いつも姉がご近所の皆さんにご迷惑をおかけしてるので……っ」



(……中1の少女が背負うには、あまりにも重すぎる業(カルマ)だ。彼女は夏休みを削って、長女のマイナスポイントを清算しているのか……)



 そこへ、清掃活動を仕切っている町内会長のおじいちゃんが、ほうきを片手に近づいてきた。

 愛菜ちゃんはそれを視界に捉えた瞬間、一瞬にして完璧な「謝罪マシーン」へと変貌を遂げる。



「会長さん! 先日はうちの姉が、本当に、本当に申し訳ありませんでした……!」

「いやいや、いいんだけんど愛菜ちゃん。でもあの子、夜中に公園の砂場を端から端まで掘り返して、いったい何さ探してたんべか?」

「あ、あれはですね!」



 愛菜ちゃんは食い気味に顔を上げ、淀みない口調でまくし立てた。



「姉は地球環境への意識がとても高く、公園の土壌の汚染調査を、子供たちのいない夜に行っていただけで! 決して、フリーメイソンの日本ロッジに繋がるハッチを探していたわけでは……っ!」

「は、はあ……」

「頭に巻いていたアルミホイルも、決してディープステートからの妨害電波を防ぐためではなく! 最新のヘアケア美容法でして……っ!」

「なるほど、結菜ちゃんも勉強熱心だっぺなぁ」



(……不憫過ぎる。姉の『IQ3の陰謀論』を、見事な美辞麗句で『意識の高いエコロジスト』にカモフラージュしきった。一体どれだけの修羅場をくぐれば、中学一年生でこの域に達するんだ……)



 会長がほっこりした顔で立ち去った直後、背後から時代錯誤も甚だしい声が響き渡った。



「これは上総介(千葉)様! 奇遇でござりまするな!」



 振り返ると、夏用の和装上下という狂った出立ちで炎天下を歩く、歴史研一年の武石が立っていた。

 武石は僕に一礼した後、手ぬぐいでほっかむりをした愛菜ちゃんに気づく。



「ところで上総介様、このお方は?」

「ああ、里見さんのところの三女の愛菜ちゃんだ」

「里見愛菜と申します。いつも姉がご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」



 脊髄反射で深く頭を下げる愛菜ちゃん。

 すると武石は、彼女の異常なまでの礼儀正しさと、自分の主君(結菜)の妹であるという事実に一人で感服し、いきなり土埃の舞う地面に平伏した。



「某は、武石胤久にござりまする。まさか安房守(里見)様の妹君とは! 道理でご立派なお心構え。安房守様は我が主君故、今日より姫様と呼ばせていただきまする!」

「あ……いや、やめてください! もしかしてうちのお姉ちゃんに、いじめられてるんですか!?」



 たじたじになりながら一歩後ずさる愛菜ちゃん。

 どうやら武石を「姉の新たな被害者」だと認識したらしい。



「愛菜ちゃん……まともに相手にしなくていい。ただのこいつの中二設定だ」

「姫様、この武石胤久が来たからには、ご安心めされ! 掃除とは武士の精神鍛錬故、某が助太刀いたしまするぞ!」



 立ち上がった武石がドヤ顔でアピールすると、愛菜ちゃんはパァーッと表情を明るくした。



「え……本当ですか!!」



 純真な笑顔を浮かべる愛菜ちゃん。

 それに気を良くしてさらにふんぞり返る武石に少しイラッとしつつも、僕はふと今朝見たニュースを思い出した。



「まあ、大丈夫だとは思うが、最近この辺で凶器を持った暴漢がでたらしい……」

「某にお任せ下され! 由緒正しき武家の血筋たる某にとってみれば、卑劣な暴漢など恐れるに足らず! 姫様のことは某が必ずお守り致しまする!」



 自信満々に胸を叩く武石を見て、愛菜ちゃんが少し胸をなでおろした、その瞬間だった。

 

 


 ――ガササ……ガサガサ!


 

 という音とともに、ボサボサの髪と髭を生やした不審な男が、僕らの目の前の草むらから姿を現したのだ。

 開いた口から疎らにしか生えてない歯を見せ、目は完全に座っている。

 明らかに普通じゃない人間のそれだ。



 そして、男の手には、赤く錆びた鉄パイプのような鈍器が握られていた。



『うへへへ! ぐぎぎぎぎぃー!!』



 奇声を発しながらゆっくりと草むらから出てくる不審者。

 少し離れたところにいた町内会長が、男の顔を見て慌てて叫んだ。



「こん髭面、ニュースでやってた暴漢だっぺよ!」



 その言葉に、周囲の人たちが一斉に悲鳴を上げて暴漢から距離をとる。

 そんな中、愛菜ちゃんはあまりの恐怖に腰を抜かし、逃げ遅れてしまった。



「うひひひ! げへへへ!!」

「ひ……ひぃぃぃ! わわ、私はいいので、皆さん逃げてください!!」



 半泣きになりながら、それでも健気に周囲を気遣う幼い聖母。

 その少女のいじらしさと自己犠牲が、武石の武士道精神に火をつけたらしい。

 彼はその辺に落ちていた竹ぼうきをさっと拾い上げ、まるで日本刀のように構えながら暴漢の前に颯爽と立ち塞がった。



「姫様、早くお逃げ下され! ここは里見安房守様が家臣筆頭、武石 胤久がお相手致す!!」

「た……武石さん!?」

「助かったぞ、武石! 愛菜ちゃん、さあ早くこっちへ!」



 暴漢が武石に気を取られている隙に、僕は愛菜ちゃんを抱き起こして安全な場所へ避難させた。

 しかし、武石は見た目だけのヘタレ武士だ。

 よく見ると、構えた竹ぼうきの先も、下半身も小刻みに震えている。



 これはまずいと思い、僕がスマホを取り出して110番通報しかけたその時だった。



「きぇぇぇぇぇぇーーーーーえええいいいい!!!!!」

「ぐ……ぐぎ!?」



 竹ぼうきを構えた武石の、耳をつんざくような雄叫びが公園中に響き渡った。

 あまりに突拍子もない絶叫と狂気に、本物の暴漢が多少怯んで後ずさりする。



 武石は竹ぼうきを構えたまま微動だにしないが、この武士の気合は意外にも効果絶大であった。



「はぁぁぁぁぁーーーーーあああ!!!! とぉぉぉぉーーーーーりゃぁぁぁあああ!!!!」

「うぎぎ……ぎぎ!?」



 尋常ではない気合に、暴漢はいよいよ恐れをなして草むらの方へと撤退していく。

 とりあえず、武石のおかげで一時的な危機は防げたようだ。



 緊張の糸が切れたのか、武石がその場にへたり込む。

 助けてくれた彼を気遣って、愛菜ちゃんが慌てて歩み寄り必死にお礼を言った。



「武石さん! 大丈夫ですか!? 私……何とお礼をいったらいいか!」

「姫様、某は由緒正しき武士の血筋! この程度大したことはござりませぬ!」



 へたり込んでいるクセに、ドヤ顔を決めてカッコつける武石。 

 少しイラッとしたが、今回はこいつの謎の気合に助けられたのも事実だ。

 ほんの少しの間だけ、ヒーロー気取りさせてやろう。



 だが、まだ暴漢がいなくなったわけじゃない。

 警察が来るまで持ち堪えなければ……と、僕が思ったその時。



 ガサ!! ドサッ!!!



「ぐぎ……ぎゃゃぁぁ!!」



 突如、草むらの奥から何かが地面に落下する重たい音と共に、あの暴漢の情けない悲鳴が聞こえた。



「……え?」



 そして、僕たちや清掃中の町内の人々は、恐る恐る悲鳴のした草むらへと駆けつけた。

 そこには、深さ1.5メートルほどの巨大な穴がポッカリと口を開けており、その底で髭面の男が完全に気絶していた。



「この穴……もしかして」

「はい……おそらく姉が掘った穴です! ど……どうしよう、早く救急車を!!」



 パニックになりながら天を仰ぐ愛菜ちゃん。

 結局、僕がかけた110番と同時に119番通報が行われ、気絶していた男はやはりニュースで報道されていた本物の暴漢であることが発覚した。



「さ……流石は安房守様! ならず者を捕らえる為に、事前に罠を仕掛けられていたとは!!」



 目を輝かせ、勝手な解釈で主君に敬服する武石。



「すみませんすみません! うちの姉が公園を穴だらけにして! すぐに埋めさせますので!」



 一方、手柄どころか「公園の破壊」という事実に対して、ご近所に向かって涙目で全力謝罪を続ける愛菜ちゃん。



 偶然にも暴漢を捕獲してしまったため、公共の公園に巨大な落とし穴を作ったという大問題に対して、ご近所さんも駆けつけた警察も、結果的に文句が言えないという奇妙な空気が流れていた。



 現場にすらいないのに、周囲をパニックに陥れ、勝手に事件を解決し、妹に理不尽な謝罪を強要する歩く厄災。

 学校以外でも奇行の絶えない里見さんの底知れぬ狂気に、僕はただ呆れ果て、深く、深呼吸のようなため息をついた。



 ああ、気苦労の絶えない不憫な幼き聖母は、いつもヘタレな忠臣の一握りの勇気によって救われたのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


【第38話】は、夏休みの公園を舞台にした、里見家の三女・愛菜ちゃんと、歴史研のヘタレ武士・武石の奮闘(?)を描いたお話でした。

姉の狂気を「意識高い系エコロジスト」に偽装する愛菜ちゃんの涙ぐましい努力と、現場にすらいないのに全てを持っていくIQ3の破壊力、いかがだったでしょうか?(笑)


次回【第39話】の更新も、ぜひお楽しみに!


もし「愛菜ちゃんのIRスキル高すぎw」「武石、気合だけで乗り切った!」「里見さんが登場してないのに、全部持っていったww」と少しでも笑っていただけた方は、

ぜひ、ページ下部から【ブックマーク登録】や、

【★★★★★】(評価)をポチッと押していただけると大変嬉しいです!


皆様からの温かい応援(評価ポイントやご感想)が、夏休みも里見さんを暴走させ、不憫な愛菜ちゃんに更に追い打ちをかけます。

引き続き、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。