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第35話:【閑話】図書室の王子様と狂乱のハニワTシャツ(※横芝光 視点)

 私、横芝 光(よこしば ひかり)は、地味で取り柄のない普通の高校2年生だ。

 クラスの片隅で息を潜めているモブ女子高生の私にとって、唯一の救いは『図書室の王子様』こと、同学年の千葉くんを遠くから見つめる時間だった。



 7月。期末テストが明けたばかりの放課後は、じっとりとした梅雨の湿気と蒸し暑さに満ちていた。

 けれど、今の私の胸は、そんな不快感を吹き飛ばすほどの期待感で高鳴っている。



(千葉くんの忘れ物を届ける……これは、自然に言葉を交わす絶好のチャンス……! もしかしたら、少しだけ距離が縮まるかも……!)



 私は図書室の机にぽつんと残されていた文庫本を、まるで宝物のように両手で大切に抱きしめていた。

 司馬遼太郎の『燃えよ剣』。

 激動の幕末を駆け抜けた新選組・土方歳三の生き様を描いた、骨太な歴史小説だ。

 やっぱり千葉くんの読む本は知的で、どこか大人の危険な香りがする。



 緊張でバクバクと暴れる心臓をなだめながら、私は旧校舎の片隅にある歴史研究部の部室の前へとたどり着いた。

 深呼吸を一つ。コンコン、と控えめにノックをして、ゆっくりと扉を開ける。



「あ、あの……失礼します……」



 部室の中にいた千葉くんが、すぐに私の方を振り向いた。



「あれ、横芝さん?」

「あ、これ。千葉くん……この前、図書室に忘れてったから……」



 差し出された『燃えよ剣』を見て、千葉くんは「ああ、探してたんだ。ありがとう」と、いつもの涼やかな声で小さく口角を上げた。

 その知的な微笑みに、私の心は一瞬で甘酸っぱいカシスの香りで満たされる。



 けれど、その時。私は千葉くんの服装に目が釘付けになった。

 いつも端正に着こなしている制服のワイシャツではなく、彼は見たこともないTシャツ姿だったのだ。

 しかも、そこにプリントされているのは――絶妙に、本当に絶妙にダサいデフォルメされた『ハニワ』のイラスト。



(ふふ……千葉くん、こんなカワイイの着てるんだ……!)



 普段のクールで隙のないイメージとの凄まじいギャップに、私は猛烈なキュンキュン(萌え)を感じてしまった。

 王子様がハニワ。なんて愛おしい破壊力だろう。



 しかし。

 そんな幸福な妄想は、千葉くんのすぐ隣のパイプ椅子に座っていた女子生徒に目を移した瞬間、音を立てて粉々に砕け散った。



 そこにいたのは、一年生のアーバンな後輩女子。

 そして彼女もまた――千葉くんと全く同じ、あの絶妙にダサいハニワTシャツを着ていたのだ。



(え……!? ぺ、ペアルック!!?)



 あまりの衝撃に、私の頭は真っ白になり、言葉を失ってその場に凝固した。

 私のあからさまな動揺と、視線の泳ぎっぷり。

 目の前の一年生は、私の狼狽を高性能なレーダーで一瞬でキャッチしたかのように、これ以上ないほどのしたり顔を浮かべる。

 彼女は、自分がまるで「千葉くんの特別なポジションにいる」ということを誇示するかのように、



「あ、どうもぉ、横芝先輩。私、千葉先輩の後輩の花見川ですぅ」

「あ、ああ……うん。私は横芝 光……よろしくね」



 引きつった笑顔で返す私を他所に、その花見川さんは、わざとらしく自分の着ているハニワTシャツの裾をパタパタと仰ぎ始めた。

 これみよがしに、露骨なアピールが始まる。



「いやぁー、こないだ先輩と一緒に買ったこのTシャツぅー、涼しくていいですけどぉー、やっぱり絶妙にダサいですよね~」



 ――先輩と、一緒に、買った!?



 その言葉が、私の脳内で不吉な警報となって鳴り響いた。



(千葉くんと……二人で、服を買いに!? ……デートでってこと!? やっぱりこの二人……そういう、深い関係なの……!?)



 先ほどまでのピンク色の期待感はどこへやら、私は一瞬にして、勝手に失恋のどん底へと叩き落とされた。

 胸が苦しい。やっぱり私みたいなモブが、王子様に近づこうなんて身の程知らずだったんだわ。



 私が今にもその場に泣き崩れそうになっていた、その時だった。



 バンッ!!



 部室の建て付けの悪い扉が、破壊せんばかりの勢いで文字通り爆発するように開いた。



「ああ! 横芝さんじゃないですか! 歴史研に遊びに来てくれたんですね!」



 地鳴りのような大声と共に乱入してきたのは、我が校の最凶不良として恐れられている里見 結菜さんだった。

 あまりの威圧感に思わず腰を抜かしそうになる私だったが、それ以上に、彼女の『格好』が私の正気を根こそぎ奪っていった。



 里見さんもまた、その絶妙にダサいハニワTシャツを着ていたのだ。

 そして、その着方が異常だった。彼女は、自分の二つ名である『セーラー服の悪魔』を意識してなのか、セーラー服の上から無理やりハニワTシャツを被って着ていたのだ。

 襟元からはセーラーの象徴である大きな襟と、真っ赤なリボンがブチブチと不格好にはみ出しており、ダサいハニワの絵柄と混ざり合って、この世の終わりみたいなチグハグなビジュアルになっている。



「ふふん、どうですか! みんなお揃いのこの戦闘服! これには闇の組織(ディープステート)も震え上がりますよ!」



 里見さんは胸を張り、ハニワの顔をボコッと突き出させながらドヤ顔で言い放った。

 それに対し、千葉くんは心底めんどくさそうに、深く深いため息をつく。



「だから、お前……部外者を勘違いさせるようなこと言うな。ただのユニフォームだろ」



 千葉くんの声を聞きながら、私の脳内では凄まじい速度で回路がショートを起こしていた。



(ぺ、ペアルックじゃなかった……! だけど、ちょっと待って。同じダサいTシャツを着た美少女が、二人……。こ、これはまさか、ハーレム……!?)



 私の超翻訳が、一気にギヤを上げて加速する。

 私の手元にある『燃えよ剣』が、新選組の姿を呼び覚ます。

 新選組といえば、浅葱色の羽織。あれは、絶対的な鉄の掟で結ばれた隊士たちの制服だ。



(そうか、この奇妙で恥ずかしいハニワ服は、支配の証……! 自分の女たちにあえてこんな奇妙な服を着せて、逆らえないように囲い込んでいるんだわ! 図書室の王子様、なんて恐ろしいお方……やっぱり、カタギじゃなくて裏社会の住人、夜の帝王だったのね……!)



 気怠げな千葉くんの態度が、私には「すべての愛妾を支配下に置く絶対権力者の余裕」にしか見えなかった。

 王子様の闇深いカリスマ性が、私の頭の中で天元突破していく。



 神の領域に達したカオスに私がガタガタと震えていると、さらに部室の扉が勢いよく開け放たれた。



「やあ! 歴史研のみんな! 今日は暑いから、先生もこの青春のハニワTを着て来たよ!」



 ギラギラとした熱血な笑みを浮かべて入ってきたのは、顧問の佐倉先生だった。

 当然のように、暑苦しい彼女の胸でも、あの絶妙にダサいハニワが間抜けに自己主張している。



(せ……先生まで、支配しているの!?)



 私の心臓が恐怖で停止しかけた。男子高校生が、最凶ヤンキーと小悪魔後輩だけでなく、大人の女性教師までハニワ服で従えるハーレム。

 一国の夜を統べる王でもそこまではできない。



 だが、その刹那。私の脳内に、モブとしての冷静な常識(ストッパー)が滑り込んできた。



(いや、待って。いくら千葉くんが裏社会の若頭だとしても、現役の男子高校生が学校の先生まで巻き込んだハーレムを作るなんて……そんなわけないじゃない!)



 そうだ。あり得ない。

 ということは、この一見狂気としか思えない『集団ハニワルック』には、もっと別の、深くて、厳粛な意味が隠されているはずだわ。



 私は、千葉くんの持っていた『燃えよ剣』をもう一度見つめた。

 歴史研究部……新選組……羽織……そして、ハニワ…………。



 ハニワ――埴輪。



 私の脳裏に、かつて授業で習った記憶がフラッシュバックする。

 埴輪とは、古墳時代、偉大な亡き人の葬送儀礼において、その魂を鎮め、死者を守るために作られた聖なる副葬品だ。



 ハニワに込められた、亡き人への祈りと、魂を鎮める気持ち。

 そして、今は7月。……つまり、新盆(にいぼん)!!



(ああ……! そういうことだったのね、千葉くん……!)



 私の胸に、濁流のような感動が押し寄せてきた。

 彼らはハーレムでも、闇の組織でも、ペアルックのいちゃつきでもなかったのだ。

 歴史研究部として、激動の歴史の中で散っていった先祖や、英霊たちの魂を慰めるため、この新盆の時期にあえてあのダサい『ハニワTシャツ』を身にまとい、厳粛に故人を偲んでいたのだわ……!



「――横芝先輩、どうしたんですか、聞いてます?」



 花見川さんが「チッ」と、まるで私への牽制が全く効いていないことに苛立ったような、小さな、しかし鋭い舌打ちを漏らしたような気がした。

 その横で、里見さんは「ハニワの目は超古代の監視カメラの代用なのです!」と熱弁を振るい、佐倉先生は「これぞ歴史研の瑞々しい青春だね!」と熱い汗を流している。

 そして中心にいる千葉くんは、ただただ静かに、早く誰も喋らなくなって読書に没頭したい、というような遠い目をしていた。



 客観的に見れば、完全に軸のぶっ壊れた狂気とカオスの空間。

 けれど、その中心で、私――横芝 光だけは、一人神妙な顔つきでそっと目を閉じた。



(素晴らしいわ、歴史研……。なんて奥深く、慈愛に満ちた部活なのかしら……)



 私は胸の前で、千葉くんの『燃えよ剣』をきつく抱きしめ直すと、歴史研のカオスへ向けて、そして彼らが偲ぶ遥かなる先祖の御霊へ向けて、静かに、両手を合わせて祈りを捧げる。


 今日も彼の美しいイメージは、私の超翻訳によって厳かに守られたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


【第35話】は、横芝さんの恐るべき『超翻訳(妄想)』によって、ダサいハニワTシャツが新選組の羽織、ひいては新盆の慰霊アイテムへと昇華されてしまうお話でした!


さて、この第35話を持ちまして、本作の『一学期編』は無事に完結となります!

ここまで千葉くんと歴史研のハチャメチャな日常にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。


次回からは、いよいよ【夏休み編】へと突入いたします!

学校を飛び出した歴史研メンバーたちに待ち受けるのは、今までよりも少しだけ『ラブコメ成分多め』な展開……かも!?

(※もちろん、IQ3の動物園っぷりや陰謀論などのカオスも健在ですのでご安心を!)


次回【第36話】の更新を、ぜひお楽しみに!


もし「横芝さんの超翻訳ワロタ」「若葉ちゃんのアピール空振りで草」「ハニワTの集団がカオスすぎるw」と少しでも笑っていただけた方は、

ぜひ、ページ下部の【ブックマークに追加】と、

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皆様からの温かい応援(評価やご感想)が、いよいよ始まる夏休み編(ラブコメマシマシ)への執筆の原動力になります!

一学期編に引き続き、今後ともよろしくお願いいたします!

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