第34話:愛と平和と陰謀論――厄災界の上位捕食者
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
ここは引退した先輩たちが残してくれた、学内で唯一の静寂なるシャングリラ……。
僕は一人、パイプ椅子に腰掛けて、昨日からの『ライ麦畑でつかまえて』のページを捲っていた。
そこへコンコンと、少し心躍らせるようなノックの音が響き、ドアが開く。
閉め切った部室の中に、アロマでも焚いたようなパチョリの香りがフワッと漂ってきた。
「ハロー! 総亮、あっそびに来たよー♪」
現れたのは、ラブ&ピースの美しい厄災、サイケデリックなヒッピー少女・矢須汐里先輩だ。
放課後の部室のかび臭く薄暗い空間にあっても、彼女の嬉々とした天真爛漫な微笑みは、さながらウッドストックへでも誘われるような不思議な引力を持っている。
彼女は挨拶もそこそこ、甘噛みでもするように絡んでくる。
「また一人でサリンジャー? 総亮のインチキ臭いモラトリアムへ、先輩が愛と花束を届けに来たよ♪」
「あいにくそういうの間に合ってます。お気持ちだけで結構です」
「ふふ……じゃあ、遠慮なくアタシの愛だけ置いて行くわね♪」
口では連れないことを言う僕を、彼女は全て見透かしたように飄々と言葉を投げ返してくる。
言葉遊びで論理の盾をすり抜けてくる彼女に、僕は心地よい敗北感と知的な共鳴を覚えていた。
普段は騒がしい動物園が、ほんの僅かだが、知的で退廃的な二人だけの美しい空間になったことを感じる。
ギギィィ……。
重々しくドアが開き、そんな退廃的な空気を切り裂くように一人の少女が入室してきた。
「失礼します。今日は何だか、森林浴みたいな匂いがしますね……」
言葉を交わさずとも二人の間に漂う少し甘酸っぱい空気を感じ取り、露骨に警戒心をあらわにする若葉。
しかし、矢須先輩はお構いなしに人懐っこい声を上げる。
「あれー♪ 総亮、なんだかカワイイ子が来たぞ♪」
「そ……総亮!?」
下の名前で呼び合う関係性に、若葉は目を剥いて驚愕し、表情を曇らせた。
「ああ、一年の迷えるアーバンガールの花見川さんです」
「ふふ……何それ? それじゃ、この子も私が導いてあげなきゃだね♪ アタシは矢須汐里、よろしくね!」
自分よりも美人でスタイルのいい陽キャへの対抗意識と、僕の下の名前呼びに対する警戒心なのか。
若葉は不機嫌そうにパイプ椅子をギギッと引きずって腰を下ろすと、時代錯誤なヒッピーファッションに対し、いつものように意識高い系のカタカナ語を並べ立ててマウントを取ろうと試みる。
「し……知ってますけど……今は令和ですよ!? そんなヒッピーみたいな愛と平和とかいう、ふわっとしたマインドフルネスで私を導くとか、現代社会のどこにコミットするつもりですか? もっとエシカルで、サステナブルなライフスタイルこそが、現代のトレンドのコアなんですから!」
「えー? コミット? アタシはただ、ラブ&ピースを広めたいだけなんだけどな♪」
「とにかく! そんな時代錯誤なペイズリー柄は、完全にSDGsの文脈からフェードアウトしてます! 私みたいなアーバンなレディーのオーガニックな生き方とは、まったくシナジーを生み出せません! 少しはグローバルな視点で自分をアップデートしてください!」
さっきまでの知的で退廃的な空気が、一瞬にしてインチキ臭く安っぽいアーバン空間に変わってしまった。
僕は深いため息をつきながら、歴史的事実を突きつける。
「花見川さん……現代のエコロジーやロハス的志向の源流は、1960年代のヒッピー・ムーブメントにあるという歴史的背景を完全に無視した、あまりにも薄っぺらいマウントだ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるから、もうやめてくれ……」
「……え?」
僕のマジレスに虚を突かれ、一瞬フリーズする若葉。
そこへすかさず、矢須先輩がすべてを見透かしたような大人な微笑みで、若葉のポカンとした顔を見つめながらトドメを刺す。
「うふふ……君もカワイイね。でも、そんな上辺だけのメッキで自分を塗り固めても、たぶん、君の好きな男の子は振り向いてくれないわよ♪」
「な……ななな、何を藪からスティックに! すすす……好きな男の子なんているわけないし! 私はあくまでもアーバンなレディーとしてですね!」
図星を突かれたのか、若葉が顔を真っ赤にして大パニックに陥る。
ギギギィ。
そこへ、烏帽子を被った紋付き袴の武石が、身振り手振りでテンパる若葉をよそに、堂々と入室してきた。
「ふぅー、やはり正装で身を清めるのは時間がかかりまするな……おや?」
袴をバサッと捌いてパイプ椅子にどっかりと腰を下ろした武石は、見たこともない奇抜な格好の美人に呆気にとられる。
「なになになに!? 君どうしちゃったの? 最高にロックじゃない、その格好!!」
「あ……いや……某はその」
矢須先輩は目を輝かせ、舐めるように武石の紋付き袴をベタベタと触りまくる。
美人にボディタッチされ、女性への免疫が皆無な武石は一瞬で陥落した。
だらしなく鼻の下を伸ばし、デレデレと顔を綻ばせる。
「こ……これはこれは、あなた様も前田慶次公が如き見事な傾奇者にござりまするなぁ!」
なんだかんだで意気投合(?)した矢須先輩と歴史研の面々。
それぞれ四つあったパイプ椅子にとりあえず腰掛けたところで、僕は立ち上がった。
「とりあえず、アイスティーでも入れますよ」
この場にいない重要な人物の存在を忘れ、持ち込みの小型冷蔵庫を開けようとした、その時だった。
バンッ!!
いつものように扉が勢いよく開き、暑苦しい迷彩柄のミリタリー服にライフル銃のモデルガン、ご丁寧に緑のヘルメットまで被った里見さんが入ってくる。
「千葉くん! 先日遭遇したCIAのエージェント対策が整いました!」
「な、なんだ! お前は裏の山にサバゲ―でもしに行くのか?」
「違います! CIAのヒッピー工作員に対抗して、ヒッピーの嫌いな戦争と暴力に身を包んできました!!」
ドヤ顔でイキる里見さん。
しかし次の瞬間、彼女は部室のパイプ椅子に座っている天敵(ヒッピー工作員)の存在に気がついた。
「なになに!? またアタシを捕まえに来てくれたの!」
「ひぃぃぃッ!! CIAのヒッピー工作員・リリー(百合)に先手を取られました!」
目を輝かせ、今にも抱き着きそうな矢須先輩に対し、完全武装して来たくせに情けなく僕の後ろに隠れる里見さん。
「いいから座れ! ティータイムに騒々しい。先輩もあまり悪乗りしないでください」
「てへ♪」
僕がたしなめると、里見さんは怯えながら部室を見回した。
しかし、備品である四脚のパイプ椅子は、僕、若葉、武石、矢須先輩によってすでにすべて埋まってしまっている。
それに気づいた里見さんは、これを好機とばかりに天敵のいる部室からの離脱を画策する。
「これは困りましたね! 今日は人がいっぱいのようなので私は……」
「ああ! そういうことか! ごめんごめん、結菜の座る席ならあるよ♪」
「……へ?」
里見さんを呼び止め、矢須先輩は天真爛漫な笑顔で自らの膝をポンポンと叩いた。
「うふふ……こ・こ♡」
普段は圧倒的加害者である厄災の表情が、一瞬にして凍りついた。
「ひ……ひぃぃぃぃぃーーーー!!!」
悲鳴を上げて、一目散に部室から飛び出して行く里見さん。
我が歴史研の厄災すら成す術のない、恐るべき『リリー(百合)』の威力。
毒を以て毒を制すなんて良く言ったものだが、このサイケデリックな美しき厄災は、完全に我が歴史研の誇る厄災陰謀論者の上位捕食者のようだ。
「先輩、悪ふざけが過ぎますって……」
「てへぺろ♪」
ああ、今日の僕の平穏なティータイムは、恐るべき『愛と平和』の美しき厄災によって良くも悪くも守られたのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
【第34話】は、歴史研の誇るIQ3の動物たちが、ラブ&ピースの美しき厄災(矢須先輩)によって次々と平定されていくお話でした!
見事な歴史的ファクトで自滅したアーバンガール、美人のボディタッチに秒で陥落した落ち武者。そして、ヒッピーに対抗するため完全武装(サバゲー装備)で挑むも、最狂のハニートラップの前に散った陰謀論者……。
まさに矢須先輩は、歴史研生態系の『上位捕食者』ですね。
次回【第35話】は、金曜日に更新予定です!
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今後ともよろしくお願いいたします!




