第29話:【閑話】図書室の王子様と疑惑のランチタイム(※横芝 光 視点)
私、横芝 光は、地味で取り柄のない普通の高校2年生だ。
クラスでも息を潜めているモブ女子高生の私にとって、 一番の癒やしは『図書室の王子様』こと、同学年の千葉くんの存在だった。
だが現在、私の心は少し乱れていた。
昼休みの静かな校舎。私は2階の窓から中庭のベンチを見下ろし、ため息をついた。
(そういえば、生徒会の成田さんと噂になってたっけ……やっぱり付き合ってるのかな……)
最近耳にした、千葉くんと生徒会書記・成田さんの熱愛の噂。
その真相が気になって、つい中庭のベンチで一人静かに読書をする千葉くんを目で追ってしまっていたのだ。
彼の手元にはペットボトルの紅茶だけが置かれている。お昼ご飯はこれからなのだろうか。
遠目から見ても、その知的な横顔は憂いを帯びていて美しい。
(ああ、噂のせいで王子様も疲れているんだわ……)
そんな風に物思いに耽っていると、不意に中庭の空気が変わった。
「千葉先輩、またこんなところでぼっち飯ですか? 仕方がないですね。私が一緒に食べてあげますよ!」
「いや……別に頼んでないんだが」
小綺麗でアーバンな雰囲気の可愛い後輩女子が、筋書き通りかのように恩着せがましく、千葉くんの隣に座ったのだ。
(なに! あのカワイイ子? 凄く親し気だし、どういう関係!?)
私は激しく動揺し、窓の桟にへばりつくようにして身を乗り出した。
「千葉先輩、お昼はどうしたんですか?」
「ああ、いいって言ったのに、武石が購買で買ってくるって聞かなくてな。中々来なくて、今待ってるところだ」
「仕方ないですね! 私のお弁当を少し分けてあげ――」
「いや、悪いからいいよ」
後輩女子のヒロイン気取りな強引なアプローチを、千葉くんは秒で、しかもクールに躱している。
(な、なんて大胆なの……! まるでドラマのヒロインみたいなアプローチ! でも王子様はなびかない!)
しかし、後輩女子はめげなかった。
鞄から立派なお弁当箱を取り出し、ドヤ顔でアピールを始める。
「今日は『私手作りの』オーガニック卵で作った、サステナブルな卵焼きなんですよ! それと、サステナブル・シーフード認証の焼き鮭です!」
「……要は、ただの幕の内弁当ってことだろ。いいから自分で食べろ」
「あれれ! そういえば、箸がひとつしかありませんね。私は気にしないので、先輩あーんしてください」
(え……え!? どういうこと? あんなに強引に……あの子、本当に彼女なの!?)
見え透いたお芝居で、後輩女子が卵焼きを突き出す。千葉くんは手元の文庫本をサッと盾のように構え、物理的にその『あーん』を防御する。
その時だった。
背後から誰かが接近し、邪魔された形になった後輩女子が、一瞬だけ「チッ」と激しい舌打ちをしたような、恐ろしい顔をしたのを私は見逃さなかった。
(ひっ……! 今、すごい顔した!? 可愛く見えて、裏の顔がある悪女なの!?)
私の心臓が早鐘を打つ。
しかし、事態はさらに予想外の方向へ転がっていく。
良いムード(?)をぶち壊して現れたのは、風呂敷と丸めた御座のような物を抱えた男子生徒だった。
彼はベンチの千葉くんに歩み寄ると、小脇に抱えていた丸めた御座をベンチの前に放り出し、仰々しく風呂敷包みを捧げ持ちながら、なんと地べたにひざまずいたのだ。
(あ……あの古風な礼節! 昼ごはんを渡すのにあんなひざまずき方……これは、かたぎじゃない! やっぱり王子様は、裏社会の……!)
以前図書室で、最凶のヤンキー(里見さん)を冷酷に粛清していた千葉くんの姿がフラッシュバックする。
私の記憶が、かつての『マフィアの若頭説』を再び強力に呼び覚ました。
中庭では、サンドイッチを買ってくるのに異常に時間がかかった男子生徒を、千葉くんが呆れたように叱りつけていた。
「頼んでもいないのに買って来させれば……お前はサンドイッチ一つ買ってくるのに、どんだけ時間かかってんだ!」
「は! 上総介(千葉)様、誠に申し訳ござりませぬ! かくなる上は腹を――」
「もういいよ! こんな事で、お前は毎日切腹する気か!」
「は! ありがたき幸せ!」
(『切腹』!?)
私は窓ガラスに張り付きながら、声にならない悲鳴を上げた。
千葉くんがため息をつきながら風呂敷を開ける。
すると、どういうわけか買ってきたはずのサンドイッチ(BLT?)の包装はすでに開いており、中の具材が綺麗に消滅してパンだけになっているように見えた。
「おい、武石。お前、もしかして……」
「は! ご安心くだされ、上総介(千葉)様。既に『毒見』は済んでおります故」
「だから、お前な!」
(『毒見』!? やっぱり極道の内部抗争!? 王子様が怒りをあらわにするなんて、よっぽど組織の命運に関わる失態……!!)
切腹だの毒見だの、物騒な言葉のオンパレードに私は涙目になる。
千葉くんの憂いを帯びた表情は、熱愛の噂のせいではなく、血で血を洗う組織同士の抗争のせいだったのだ。
しかし――。
「はあ……やっぱり、お前を買いに行かせた僕が馬鹿だった……花見川さん、悪いな」
千葉くんが具材のないパンを開くと、嬉しそうにした悪女(若葉)が、そこに自慢の卵焼きを挟んであげたではないか。
「シャケも少しいりますか?」と、和やかな声まで聞こえてくる。
さらに、切腹を申し出ていたはずの狂気の側近(武石)は、ベンチの前の地べたにマイ御座を敷き、一人あぐらをかきながら竹の皮で包んだおにぎりを満足げに頬張り始めた。
結果として、そこには三人の奇妙だが、どこかほっこりとしたシェアランチ空間が完成していた。
(……え?)
極道の凄惨な粛清劇を想像して震えていた私は、急に和気あいあいと弁当の具を分け合い、昼ご飯を食べ始めた三人を見て、完全に拍子抜けしてしまった。
(切腹とか毒見とか物騒な言葉が聞こえた気がしたけど……みんな和やかにご飯食べてる……)
私の脳内で、バラバラだったピースがカチリと音を立てて、完璧なパズルが組み上がった。
(……そうか! きっと、歴史研で『時代劇の練習』でもしてたのね!)
なんだ、そういうことだったのか!
あの後輩男子の異様な礼節も、切腹や毒見という物騒なセリフも、すべてはお芝居の練習。
(お昼も成田さんとは一緒じゃないみたいだし、熱愛っていうのもただの噂だったのよ! やっぱり王子様は、ただの文学と歴史を愛する平和な高校生なんだわ!)
全ての謎が解け、私は安堵の吐息とともに胸を撫で下ろした。
柔らかな初夏の陽射しの中、ペットボトルの紅茶を飲み、後輩たちと和やかにランチタイムを過ごす図書室の王子様。
今日も彼の美しいイメージは、私の超翻訳によって完璧に守られたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
【第29話】は、図書室の王子様ファンクラブ(会員一名)・横芝 光の視点による、強烈な勘違いランチタイムをお届けしました!
次回【第30話】は、来週火曜日に更新予定です!
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