第28話:パーフェクトヒロイン・成田 七海の脅威 III(追憶編)
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……とは別の棟にある、僕の教室。
登校風景の喧騒が残る教室で、僕は自分の席の硬い木の椅子に深く腰掛け、ミラン・クンデラの文庫本をめくっていた。
昨日、歴史研の部室で大英帝国の襲来(成田七海の勧誘)から辛うじて生き延びた僕は、未だにその『同調圧力』の余韻に胃を痛めていた。
「おはよう、千葉くん。昨日は……その、ちょっと取り乱しちゃってごめんね」
不意に、上空から降ってきたのは、一切の濁りがない純度100%の善意の声だった。
見上げると、そこにはリボンを綺麗に結び、夏用の白いセーラー服を完璧に着こなした我がクラスの委員長――成田 七海が、聖母のような微笑みを浮かべて立っていた。
艶やかな黒髪のストレートロングが、初夏の風に優雅に揺れている。
周囲のクラスメイト達が、色めき立つのが分かった。
『おっ、委員長がまたあの孤高のモブ(千葉)を気にかけてるぞ』『やっぱり成田さんは優しいな』という、無言の全肯定マウント。
彼女がそこに佇むだけで、教室内には僕を絡め取ろうとする強烈な重力が発生する。
「それでね、昨日の生徒会副会長の件なんだけど、やっぱり前向きに考えてほしくて――」
昨日までの僕であれば、彼女の圧倒的盤面支配力に怯えていたところだが、既に傾向と対策を立てている。
僕は至って冷淡に、しかし痛烈なカウンターを放った。
「おはよう、委員長……いや、裏生徒会総書記だったか?」
「……っ! 誰が総書記か!」
不意を突かれた成田は、一瞬にして完璧な委員長の仮面を剥ぎ取られ、昨日部室で見せたような、素のガラの悪い声で激しくツッコミを入れてしまった。
その瞬間、教室内が水を打ったように静まり返った。
「えっ、成田さんが大声出した……?」
「しかも千葉にだけ、なんか遠慮ないっていうか……」
ざわめきが波紋のように広がる。
いつも誰に対しても優しく、声を荒げることなど絶対にない完璧なヒロインが、僕に対してだけ剥き出しの感情(素のツッコミ)を見せたのだ。
自分の致命的な失態に気づいた成田は、みるみるうちに顔を真っ赤にして、両手を振りながら必死に弁解を始めた。
「ち、違うの! 今の千葉くんの冗談が突拍子もなさすぎて……ほら! 文化祭に向けての、ちょっとした夫婦漫才の練習っていうか……!」
(……言い訳が苦しすぎるだろ、委員長)
だが、その必死すぎる嘘は、クラスメイト達の脳内に搭載された『ラブコメ・フィルター』を決定的に作動させてしまった。
「ええっ!? 夫婦漫才!? いつの間にそんな仲に!?」
「千葉お前……高嶺の花の成田さんと……ッ!」
教室内が一瞬にして「ヒューヒュー!」という冷やかしと、男子からの血を吐くような嫉妬の嵐に包まれる。
僕は『同調圧力』とは別のベクトルを持つ、最悪な『ラブコメの超重力』に晒され、本気で頭を抱えた。
「千葉くん……ちょっと一緒に来ようか」
成田が、僕の机に両手を突いて覗き込んできた。
顔はこれ以上ないほど綺麗な笑顔だが、その美しい瞳は完全に据わっている。
「え? どこへ?」
「いいから」
成田は僕の手首をガシッと力強く掴むと、強引に教室の外へと引きずり出した。
背後からは「朝から二人でどこ行くの!」「お熱いねえ!」というクラスメイトたちの歓声が追ってくる。胃が痛い。
連れてこられたのは、旧校舎へと続く屋上入り口の、薄暗い階段室だった。
人目を避けるように階段を上がりきった成田は、そのまま僕を壁際へと激しく追い詰め、退路を断つように右手を壁に叩きつけた。
世に言う『壁ドン』というやつだった。
至近距離に、見た目だけはパーフェクトな彼女の端正な顔が、まるで引力で引き寄せられるように迫ってくる。
黒髪ロングの隙間から、セーラー服の白い襟元がのぞき、シャンプーの驚くほど良い香りがふわりと漂ってくる。
僕の男子高校生としての五感は、視覚と嗅覚で「ラブコメの王道シチュエーション」を感知する。
だが、聴覚だけが凄まじいバグを起こしていた。
「千葉くん……さっきのは、どういうことかな? 私の完璧な高校生活に泥を塗る気?」
「……委員長、とりあえずその壁に手をつくのはやめてくれないか。逆壁ドンというのは男として結構恥ずかしいし、色々とコンプライアンスの危機だ。あと、単純に近い」
「うるさい! 昨日のこと(素が出たこと)を誰かにバラしたら、本当に社会的に抹殺するからね!」
吐き出される言葉は、ヤクザ顔負けのド直球の脅迫だった。せっかくの良い匂いも台無しである。
優等生の仮面をかなぐり捨て、鬼の形相で凄んでくる成田に対し、僕は「あれはやり過ぎだったか……」と内心で少し後悔した。
だが、その時だった。
――カシャッ!
薄暗い階段室に、あまりにも無慈悲で機械的なスマートフォンのシャッター音が鳴り響いた。
「「え……?」」
僕と成田が同時に動きを止め、階段の下へと視線を向ける。
そこには、いつの間にか音もなく忍び寄っていた我が歴史研究部の厄災――真っ赤なリボンを揺らした里見 結菜が、スマホをこちらに突きつけたまま立っていたのだ。
「ついに、裏生徒会総書記の恐怖政治の実態(証拠写真)を掴みました! 大丈夫ですか、千葉くん!?」
「さ、里見さん!? 何やってるのかな?」
成田の声が上ずった。
無理もない。この甘酸っぱい(脅迫つきの)壁ドン現場は、里見さんのIQ3フィルターを通すと『秘密警察による反体制派への壁際での過酷な尋問・拷問』にしか見えていないのだ。
「あなたの恐怖政治もここまでです! 今から、我が校唯一の独立系マスメディアである『新聞部』に、この決定的証拠をリークしてきます!」
鬼の首を取ったような凄まじいドヤ顔を浮かべ、里見さんは猛然と階段を駆け下りていった。
「ちょ……ちょっと待って! 里見さん! お願いだから、待って、ね!?」
完璧なヒロインのプライドを完全に粉砕された成田は、半狂乱になりながらセーラー服のスカートを翻し、全力で厄災の後を追いかけていった。
「…………」
後に残されたのは、再び静寂を取り戻した薄暗い階段室と、僕だけだった。
僕は深く、深くため息をつき、壁に背を預けた。
僕を脅かした強烈な重力――成田 七海という小惑星は、歴史研の厄災の暴走によって、結果的にこうして僕から離れていった。
しかし、僕の胃痛が治まることはない。
教室に戻れば、クラスメイト達から『成田さんと秘密の逢瀬を楽しんだ男』として、別の同調圧力で執拗な尋問を受ける未来が確定しているのだから。
(……やれやれ。僕の愛する平穏なモラトリアムは、どの世界線でも厄災に見舞われるらしい)
僕は重い足取りで教室への階段を上り始めた。
――後日談だが、里見さんがドヤ顔で新聞部に持ち込んだ決定的証拠(壁ドン写真)は、新聞部員(一般人)の目には『薄暗い階段室での男女の生々しい熱愛スキャンダル写真』にしか見えなかった。
新聞部部長は顔を真っ赤にして写真を突き返し、「里見さん……うちの新聞でこんな公序良俗に反する痴態を報道したら、普通に先生にガチギレされるから無理だよ」と、あまりにも真っ当なコンプライアンスの壁によって、掲載を完全にボツにされたらしい。
しかし、それを聞いた里見さんは歴史研の部室で、「やはり、学校新聞というオールドメディアも、ディープステートの圧力に支配されていましたか! 真実は常に検閲されるのですね!」と、全くその意図を汲まずフンスと鼻を鳴らしていた。本当にブレない奴だ。
僕の冷めたツッコミなど、質量ゼロの陰謀論者の耳には届かない。
結局、新聞部による報道こそ免れたものの、写真をばっちり目撃されたせいで、「美人で完璧な生徒会書記と、変わり者のモブ男子の熱愛発覚」というデマゴーグ(噂)だけが、無慈悲にも尾ひれをつけてクラス外に広まることとなった。
ああ、今日も僕の、軽くて静かなモラトリアムは、別の意味で木っ端微塵に粉砕されたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「接触」「発動」と続いたパーフェクトヒロインの脅威も、無事に(?)裏生徒会総書記の尋問・拷問という「追憶」に変わる【第28話】、いかがでしたでしょうか。
次回【第29話】は、金曜日に更新予定です!
もし「里見さんのポンコツジャーナリズムww」「オールドメディア(新聞部)が一番まともで草」「千葉くん、色んな意味でご愁傷様!」と少しでも思っていただけた方は、
ぜひ、ページ下部の【ブックマークに追加】や、
【☆☆☆☆☆】での評価(星をポチッと!)、
【いいね】ボタンのタップをお願いいたします!
皆様からの温かい応援(星やブックマーク)が、ディープステートの検閲を打ち破り、ポンコツジャーナリスト・里見さんが世界の真実を暴く力となります! 今後ともよろしくお願いいたします!




