第24話:陽キャ(チャラリズム)の襲来と、狂気のシンクロステップ
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部……じゃなくて、今日は僕の教室だ。
(きょう、僕の安息の地が死んだ。あるいは昨日かもしれないが、もうよくわからない――)
僕は、放課後のざわめきが残る教室で、カミュの『異邦人』のページをめくりながら、絶望的な達観とともに小さく息を吐いた。
かつて静寂のシャングリラであった歴史研究部の部室は、今やIQ3の陰謀論と、意識高い系アーバンガール、時代錯誤の落ち武者によって、絶えず不条理が渦巻くるつぼと化している。
だからこそ、僕は一時的な避難所として教室に残り、小説が描く『不条理』の世界へと逃避していたのだ。
しかし、現実の不条理は、小説よりもはるかにしつこい。
「チバっち! 世界史教えてよ!」
僕が少し視線を上げると、そこにはチリチリに傷んだツイストパーマが揺れていた。
スクールカーストの最上位に君臨するダンス部の陽キャ、チャラ井(本名:白井 栄斗)である。
「十字軍って、なんか十字架背負って聖地巡礼するツアーっしょ? メンツ集めて『うぇーい!』って感じで聖地行ったってことっしょ?」
(……『栄光』に星の『斗』という壮大な名前の割に、お前の脳内は苗字の通り、枯れ井戸のように真っ白だな)
僕は脳内で痛烈な皮肉を展開しつつ、冷ややかな瞳でチャラ井を見上げた。
「宗教的情熱と政治的野心、そして経済的欲望が入り混じった血みどろの遠征だ。お前はよくもそんな知識で、うちの高校入れたな……」
「いやーチバッち、世界史ってカタカナいっぱいで覚えること多いっしょ? マジ俺にとってパなくってさ。今度の期末試験マジヤベーんだわ」
伝統校のプライドを抉るようなツッコミも、チャラ井の陽キャチタン製メンタルには一切のダメージを与えない。
「僕の読書時間を削ってまで、お前の枯れ井戸のような脳みそに年号を注ぎ込むとか、サハラ砂漠にバケツで水を撒くようなもんだ。タイパが悪すぎる」
僕は冷酷に切り捨てると、パタンと本を閉じ、仕方なく本来の部室へ向かうべく席を立った。
しかし、静かにスタスタと廊下を歩く僕の後ろを、チャラ井は全く堪えた様子もなく追従してくる。
「チバっち歴史研じゃん! 歴史のプロじゃん! 部室で教えてよ、うぇーい!」
(ああ、面倒なのに絡まれた……)
チリチリパーマを揺らしながら能天気にしっぽを振るうチャラ井の足音を聞きながら、僕は心の中で深く頭を抱えた。
旧校舎の片隅。
静寂を求めて僕が歴史研の重い扉を開けると、そこでは現部長の里見 結菜が、真顔で謎のステップを踏みながら奇妙な動きで反復横跳びをしていた。
「……何やってるんだ、お前は?」
「あっ、千葉くん! これは『逆・ラジオ体操』です! GHQが戦後日本人を洗脳するために作ったラジオ体操の動きを完全に逆再生で行うことで、GHQの洗脳をキャンセルしているんです!」
僕は即座に回れ右をし、無言で扉を閉めようとした。
しかし、後ろからチャラ井が「おっ?」と強引に扉をこじ開けてしまう。
「やべっ、里見ちゃんじゃん! 『セーラー服の悪魔』とか、マジパねーんスけど!」
学内で轟く悪名に一瞬たじろぐチャラ井だったが、彼のダンス部としての純粋な好奇心が、生存本能をあっさりと凌駕してズカズカと部室へ上がり込んでしまった。
「里見ちゃん、そのステップマジヤバくね!? SNSで絶対バズる新しい振り付けっしょ! 俺にも教えてよ!」
「これはGHQの洗脳をキャンセルする『逆行の儀式』です! あなた、この真の意味を理解できる覚醒者ですか!?」
「覚醒……? そうそう、里見ちゃんのステップでマジ目ぇ覚めたわ! 俺は白井 栄斗っつーんだけど、その『逆行の儀式』? マジパねーっしょ!」
普段から無駄に高い身体能力のせいで、関節が不気味なほど独立して動いており、見る人が見れば、高度なロボットダンス(アイソレーション)のように見える、恐ろしくキレのある「逆・ラジオ体操」だったようだ。
里見さんは目を輝かせ、チャラ井の顔をまじまじと見つめた。
「栄斗……なるほど、『8(インフィニティ)』の暗号を持つ覚醒者ですね! さあ、一緒に洗脳をキャンセルしましょう!」
「うぇーい! チェケラッチョ!!」
純真無垢な陰謀論と、薄っぺらい陽キャのノリ。
全く意味が通じていないにも関わらず、二人はノリとリズム感だけで奇跡的な噛み合いを見せ、部室の中央で完璧にシンクロして謎のステップを踊り狂い始めた。
僕は二人を止めることを完全に諦め、いつものパイプ椅子に深く腰を下ろすと、再びカミュの『異邦人』を開いた。
ギイイ……と、少し立て付けの悪い扉が開く音がした。
「……失礼します。千葉先輩、今日の部室なんだか騒がし……」
遅れて部室にやってきた一年生の若葉は、不満げに扉を開けた――その瞬間に絶句した。
口から出かかったアーバンな挨拶は中途半端に宙で凍りつき、手からサステナブルなトートバッグがポロリと床に滑り落ちる。
彼女の視界に飛び込んできたのは、「うぇーい!」「キャンセルです!」と謎の奇声を上げながら踊り狂うツイストパーマの陽キャと陰謀論者。
そのあまりに知性を欠いた部族の儀式のような惨状に、若葉のオーガニックな脳の処理能力は一瞬でショートしてしまったらしい。
そして、そのカオスの中心で死んだ魚の目をして読書に耽る僕という、理解を超えた光景だったのだ。
「……千葉先輩、また変なの連れて来たんですか?」
若葉がゴミを見るような目で放った氷点下の一言。
その呆れ果てた冷たいツッコミに対し、僕は本から一切目を逸らさず、魂の抜けきった声で囁くように言った。
「ああ、きっと太陽が眩しかったからだな……」
「……え? 今日、曇りなんですけど」
僕の絶望的な文学的皮肉を知る由もなく、若葉は訝し気な顔で首を傾げた。
不条理な世界は、今日も歴史研の部室で回り続けている。
ああ、今日も僕の平穏な読書時間は、こうして蹂躙されたのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回はダンス部の陽キャ・チャラ井が部室に乱入する【第24話】、いかがでしたでしょうか。
純真無垢な陰謀論と薄っぺらい陽キャのノリが奇跡のフュージョンを果たした、まさに不条理文学ですね(笑)
次回【第25話】は、金曜日のお昼に更新予定です!
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