第23話:【閑話】図書室の王子様とセーラー服の悪魔(※横芝 光 視点)
私、横芝 光は、地味で取り柄のない普通の高校2年生だ。
クラスでも息を潜めているモブ女子高生の私にとって、唯一の楽しみは放課後の図書室のカウンター当番だった。
静かな空間に漂う、古い紙とインクの匂い。そして何より――。
「――返却、お願いできるかな」
カウンターに現れたその声に、私は弾かれたように顔を上げた。
同学年の千葉くん。知的なボストン型のメガネの奥にある涼やかな瞳と、落ち着いた声。彼こそが、私の密かな『図書室の王子様』だ。
「あ、うん! 千葉くん、お疲れ様」
私が慌てて手元の本にしおりを挟むと、千葉くんはその表紙に目を留め、少しだけ口角を上げた。
「金閣寺か……三島はいいよね。作品の中に流れる、人間のエゴと破滅の美学は嫌いじゃないよ」
(っ……!!)
なんて大人っぽくて、知的な感想なんだろう!
ただの読書感想文じゃなくて、人間の本質を静かに見つめているような大人の色気。やっぱり千葉くんは素敵だ。
「う、うん……! そ、それで千葉くんが今日返すのは……『甲陽軍鑑』? いつも難しそうなの読んでるよね。戦国武将の気高い生き方とかが好きなの?」
私が彼から分厚い歴史書を受け取りながら尋ねると、千葉くんは首を横に振った。
「いや、そういうロマンじゃないよ。この本は武田家の軍学書だ。謀略や裏切り者の粛清、そして『いかに恐怖と厳格な掟で組織を統制するか』という冷酷な事実が詰まっている。そこが最高に面白いんだ」
(組織の統制……! よく分からないけど、難しそうな帝王学を学んでるんだ! やっぱり私の王子様!)
無意識のうちに限界までハードル(好感度)を上げきっている私をよそに、千葉くんは貸出棚から別の本を抜き出してきた。
「次はこれを借りるよ。……今日はこのまま、ここで少し読んでいってもいいかな」
「えっ!? あ、うん、もちろん! いつもは借りてすぐ帰っちゃうのに、珍しいね?」
私が貸出処理をしながら舞い上がっていると、千葉くんは少しだけ疲れたように息を吐いた。
「ちょっと、部室の異常な喧騒から逃げてきたんだ。ここはあの動物園(部室)と違って、静かで良さそうだね」
私はハッとして、彼の横顔を見つめた。
(荒れた環境で苦労している、孤独な王子様……! 私がこの静寂を守ってあげなきゃ!)
勝手に同情と使命感を燃やし、私はさらに胸をときめかせる。
千葉くんは図書室の片隅の席に座り、静かにページをめくり始めた。窓から差し込む夕日が彼の横顔を照らし、まるで一枚の絵画のようだ。
この甘酸っぱくて、穏やかな二人の時間。ずっとこのまま続けばいいのに――。
ガラガラッ!!!
突如、図書室の平穏を切り裂くように、扉が地響きを立てて勢いよく開け放たれた。
(えっ……!?)
現れた人物を見て、私は絶望に息を呑んだ。
私と同じクラスの最凶不良・里見さんだった。
いつも授業中に「ディープステート」や「フリーメイソン」などの、謎のヤンキースラング(おそらく極道やマフィア界隈の恐ろしい隠語)を連発し、先生を困らせている、絶対に触れてはいけないヤバい不良。
鯉の窃盗未遂や、不発弾騒ぎを起こしたという恐ろしい噂も絶えない、通称『セーラー服の悪魔』だ。
(嘘でしょ!? なんで里見さんが図書室に!? しかも、まっすぐ王子様の席へ向かっていく! 絶対に変な因縁をつけようとしてるんだ!)
私の心配をよそに、里見さんは千葉くんの目の前に、古びた分厚いバインダーをドンッと叩きつけた。
「千葉くん! 学校の裏側で、この学校の隠された真実が書かれた極秘文書を見つけました!」
図書室だというのに声のボリュームも落とさず、里見さんは興奮気味に難癖(?)をつけ始める。
「この地下は戦時中の秘密地下壕、あるいはフリーメイソンの日本ロッジの入り口です!」
(わ、私が図書委員として止めなきゃ……!)
ヤンキーの恐ろしい隠語にガタガタと震えながら、なんとかカウンターから出ようとした私。
しかし、直後に起きた光景に、完全に足がすくんでしまった。
「……お前、それどこから持ってきた?」
「事実が好き」と優しく語っていた王子様の瞳から、スッと光が消えた。
地を這うような、冷たい声が図書室に響く。
「ただの旧校舎の『施設管理台帳』じゃないか。勝手に持ち出したら怒られるぞ。それに、お前が秘密の入り口だと言い張ってるそのマーク、ただの『浄化槽』だ」
(えっ……?)
ヤンキー相手に一歩も引かない千葉くんに驚いていると、里見さんはさらに食い下がった。
「チッチッチッ。甘いですね千葉くん、すっかり闇の政府に騙されていますよ! 一般人を遠ざけるために、あえて『浄化槽』という汚いダミー名称でカモフラージュしているんです! 中ではきっと、フリーメイソンとビッグテック企業が結託して、人間の体内に埋め込む恐ろしい洗脳バクテリアを培養して――」
「ここは図書室だ……」
里見さんの言葉を、千葉くんの冷徹な声が刃物のように切り裂いた。
「これ以上くだらない妄想で騒ぐなら、お前をその浄化槽に沈めてバクテリアの餌にするぞ」
「ひぐっ……! ひ……酷いですぅ!」
私の頭が、真っ白になった。
学年で一番恐れられているはずの不良(里見さん)が、たった一言で涙目になり、完全に平伏している。
(えっ……!? 優しい王子様が、最凶のヤンキーが盗んできた裏帳簿を見て、ヤクザ顔負けの脅しで口封じをしてる……!?)
千葉くんは立ち上がると、石像のように固まっている私のいるカウンターへ歩いてきた。
そして、先ほどとまったく同じ、完璧で爽やかな優等生の笑顔を向けて言った。
「ごめんね、横芝さん。このアホは、すぐにつまみ出すから」
(ヒィィィィッ!! 笑ってるけど目が全然笑ってない!!)と、私は声にならない悲鳴を上げた。
一般人の前でだけ良い人を演じる、裏社会のトップの顔だ。「浄化槽に沈める」って、もしかして本物のインテリヤクザの若頭……!?
千葉くんは無慈悲に里見さんの首根っこを掴むと、そのままマフィアのアジト(部室)へと連行していく。
「あぁーっ! 引っ張らないでくださーい! 洗脳バクテリアがぁぁ!」と叫ぶヤンキーの断末魔が、遠ざかっていった。
静寂を取り戻した図書室で、私はガクガク震えながら、必死に脳内で辻褄合わせを始めた。
(……ま、待って、落ち着け私。ここは県立高校よ。同級生がマフィアなわけないじゃない! そうよ……! ハッ!)
その時、私の視線が手元の文庫本に落ちた。
(そうよ、私がさっきまで読んでた『金閣寺』! 千葉くんはさっき『三島 由紀夫、いいね』って言ってくれたじゃない! だから、私のためにわざわざ文学的な比喩を使ってくれたんだわ!)
私は全ての闇が晴れたかのように、立ち上がって祈りのポーズで天を仰いだ。
(ヤンキーを『お寺(浄化槽)』での厳しい修行に入れ、『住職のありがたい説法』で心の泥を分解して真人間になりなさいっていう、高度で知的なメッセージ!)
カチリと、私の脳内で完璧なパズルが完成した。
「ふう……びっくりしたぁ」
私は胸をなでおろし、夕日の差し込む無人の席を見つめた。
「不良にも臆せず、わざわざ私の読んでいる本に合わせて、知的な指導をしてあげるなんて……千葉くん、やっぱり素敵っ!(キュンッ)」
こうして、私の脳内で『インテリヤクザの粛清』は『文学的でインテリジェンスな生徒指導』へと見事に超翻訳された。
私の平穏な日常(幻想)は、今日もチタン合金並みの強度で強固に守られたのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回は図書委員のモブ女子高生・横芝さん視点でお送りした【閑話】でした、いかがでしたでしょうか。
突然現れた千葉くん以外の物語の語り手……今後もときどき挟んでいきます!
……ある意味、歴史研のどの変人よりもメンタルが強い(そして都合が良い)のは横芝さんなのかもしれません(笑)
次回【第24話】は、金曜日のお昼に更新予定です!
もし今回のエピソードで「里見さんのクラスでの扱いw」と笑っていただけたり、「横芝さんの超翻訳スキルが高すぎるw」と少しでも思っていただけた方は、
是非、ページ下部からの【ブックマーク登録】や、
【★★★★★】での評価をポチッとお願いいたします!
皆様の温かい応援が、横芝さんの強固な幻想を支える超翻訳を加速させます!




