第22話:アーバンガールvs落ち武者〜仁義なき部室の陣取り合戦〜
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
ここは引退した先輩たちが残してくれた、学内で唯一の静寂なるシャングリラ……のはずだった。
放課後、僕が平穏な読書時間を求めて部室の扉を開けると、そこは既に風雲急を告げていた。
部室の中央に鎮座する長机。そのど真ん中に、なぜか真っ赤なビニールテープで一直線に『境界線』が引かれているのだ。
机の左半分(西軍)を占拠しているのは、一年生のアーバンガール・花見川 若葉だ。
彼女は自分の陣地にエスニック風のオシャレな布をテーブルクロス代わりに敷き詰め、エシカルなタンブラーで、自称『オーガニック・ハーブティー』を優雅に飲んでいる。
傍らのスマホからは、優雅な『ボサノバ』が流れており、完全にここを『表参道のオープンカフェ』だと錯覚しているらしい。
対する机の右半分(東軍)に陣取っているのは、先日我が部のカオスに加わった時代錯誤の落ち武者・武石 胤久だ。
奴は100円ショップで買ったであろう安っぽい『すだれ』や『家紋柄の扇子』を並べ、筆ペンで『風林火山』と書かれた半紙を背後に掲げている。
さらに極めつけは、机の上にテーブルクロス代わりに勝手に『ゴザ』を敷き、わざわざ袴姿で「武士の嗜みでござる」と渋い顔をして急須で『粉末の緑茶』を点てようとしているのだ。
おもちゃの刀をウェットティッシュで仰々しく拭きながら、彼のスマホからは絶え間なく『法螺貝の音』がエンドレスリピートで垂れ流されていた。
優雅なボサノバと、雄叫びのような法螺貝の音が不協和音を生み出す狂気の空間で、水と油の一年生二人が醜い口論を繰り広げていた。
「ちょっと! 机の上にカビ臭いゴザなんか敷かないでよ! 全然アーバンじゃないし、そのお茶、農薬たっぷりで地球環境に優しくないわよ!」
「ええい、黙れ『若狭』! その南蛮被れの草の汁の匂いこそ、武士の精神統一を削ぐわ!」
武石の奴、自分を『下総国』の『掾』に見立てた上で、若葉を遠く離れた『若狭国』の、さらに自分より一つ下の役職である『目』扱いにして見下しているらしい。
姑息で斬新なマウントの取り方だ。
「誰が『若狭』か! その胡散臭いホラ貝の音、止めてくれない!? 私のアーバンなティータイムが台無しなんですけど!」
「其方こそ、境界線から数ミリ、貴様の布切れが某の領地に侵入しておるぞ! 無作法で詫び寂びの心を知らぬ阿呆な女子でござるな!」
横文字でマウントを取る若葉と、古語と精神論で煽る武石。
全く言語が噛み合わないまま、部室での醜い言い争いはヒートアップしていく。
「なるほど!」
言い争う二人の間に、我が歴史研の厄災・里見 結菜が嬉々として割って入った。
彼女は机に引かれた赤いテープを見るなり、いつもの陰謀論スイッチをカチリと入れた。
「これは日本の敵対諸国による、日本人同士を対立させて国力を弱体化させる分断工作ですね! 大丈夫です、私がこの中立地帯(緩衝地帯)に立って、平和的に日本人を団結させましょう!」
そう言って、里見さんが赤いテープの真上にドンッと並べたのは、異常な三つのアイテムだった。
「まず、この黄色いケロ〇ン桶! 古代より邪気を払う黄金の代用であり、国民の精神を浄化する『防疫の聖杯』です!」
ただのプラスチックの風呂桶を、ドヤ顔で解説する里見さん。
どうせ、昨日銭湯にでも行って衝動買いしてきたんだろう。
「次に、桶の中に鎮座するこの富士山のオブジェ! 大和民族の周波数を同調させ、ディープステートの洗脳を防ぐ『精神的ダム』です! そして最後に、この某・巨大怪獣のフィギュア! 部室内の不当な領土拡大を抑止する『怪獣の傘(核の傘の代用)』です!」
「里見先輩、邪魔です!!」
「安房守(里見)様……手出し無用にござりまするぞ!」
余計に領土(机)が狭くなり、若葉と武石の不満がピークに達して、一瞬だけ見事な共闘を見せた。
耐えかねた二人が、ついに傍観していた僕に判定を求めてくる。
「千葉先輩! この時代錯誤な落ち武者をどうにかしてください!」
「上総介(千葉)様! この南蛮被れ女を部室から追放する許可を!」
やれやれ。
僕は手元の本に栞を挟み、冷ややかな目で二人の「陣地と作法」を査定し、事実の刃を静かに振り下ろした。
「花見川さん、お前が飲んでるそのハーブティー、パッケージの裏面を見てみろ。『香料使用・原産国複数』って書いてあるだろ? 本物のオーガニックでも何でもない、ただの安価な量産ブレンドだ。それに、複数の原産国から大量の化石燃料を使って運ばれてきた茶葉の、一体どこがアーバンでサステナブルだ」
「うぐっ!?」
血の気を引かせる若葉を放置し、僕はもう一人の偽物へ視線を向ける。
「武石、お前が『侘び寂び』とか言ってドヤ顔でエア茶回ししてるその湯呑み、魚の漢字がビッシリ書かれた『寿司屋の湯呑み』だろ。ただの円柱のコップを回しても正面も裏もない、指紋を擦り付けてるだけだ。おまけにその粉末緑茶、パッケージにデカデカと『静岡産・近代機械摘み・人工栽培』って書いてあるぞ。千利休が泣いて逃げ出すスーパーの安売り品(398円)だ」
「ななな、なんと……!?」
「あと、お前が机に敷いてるそのゴザ、ニト〇の『お昼寝用い草ラグ』のタグが貼りっぱなしだぞ。……ついでに言うと、プラスチックの刀をウェットティッシュで拭いてると加水分解するからな」
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
両者、自らの薄っぺらいアイデンティティを根底から論破され、顔を真っ赤にして撃沈(機能停止)した。
「領地争い(おままごと)をするなら他所でやれ」
「おおお……! 刃を交えることなく、両陣営を同時に制圧するとは……! 流石は上総介様、恐ろしきまでの外交戦術と調略!」
なぜか武石が一人で勝手に感動し、平伏している。
僕は二人のガラクタを一掃し、ティーポットから優雅に本物の紅茶を自分のカップに注いだ。
芳醇な茶葉の香りが、ボサノバと法螺貝の不協和音をかき消していく。
「ああ! 私もその美味しい紅茶飲みたいですぅ!」
さっきまでのアーバンなプライドをあっさりと投げ捨て、若葉がすり寄ってくる。
「上総介様のお手前、某にもお願い申し上げまする!」
「よくわかりませんが、私も喉が渇きました!」
結局、何故かみんなで僕の紅茶を囲む平和なティータイムが始まり、カオスな陣取り合戦は終結した。
ああ、今日も僕の平穏な読書時間は、偽物たちの仁義なき戦いを、関ヶ原なみにあっさり終わらせたことで無事に守られたのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
歴史研の部室を舞台にした、アーバンガールvs 落ち武者の仁義なき陣取り合戦、いかがでしたでしょうか。
ボサノバと法螺貝の不協和音に耐えかね、事実という名の圧倒的な火力で両陣営をまとめて粛清した上総介(千葉くん)。
結局、最後は全員で美味しい本物の紅茶を囲むという、歴史研らしい(?)平和な結末を迎えました。
第23話は、金曜日のお昼に更新予定です!
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