第21話:忠義の落ち武者の主君は大うつけにて候
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
ここは引退した先輩たちが残してくれた、学内で唯一の静寂なるシャングリラだ。
定位置のパイプ椅子に深く腰掛けた僕は、『信長公記』の現代語訳をめくっていた。
戦国という狂気の時代を、淡々と、しかし極めて冷徹なリアリズムで記録したこの一次史料の世界に浸っていた、まさにその時だった。
バンッ!!
「千葉くん! 学校の校舎裏に怪しげな穴を複数みつけました!」
いつものように扉を破壊せんばかりの勢いで飛び込んできた我が歴史研の厄災・里見 結菜が、息巻いて叫ぶ。
「校内に海外諜報機関のスパイが侵入した可能性が高いので、一緒に調査しましょう!」
そう言い放つ彼女の肩には、どう見ても女子高生が持ち歩いてはいけない代物――工事現場で使うような、ガチの特大ツルハシが担がれていた。
(……またか)
以前、彼女が金属探知機で戦時中の不発弾を掘り当て、学校中をパニックに陥れた悪夢が脳裏を過る。
あの時はスコップだったが、今回はツルハシだ。被害規模が間違いなく跳ね上がる。
「おい待て、やめろ!」
僕が止める間もなく、里見さんはツルハシを担いだまま、嵐のように部室から駆け出していった。
更なる大惨事(学校の敷地破壊テロ)を防ぐため、僕はため息をつきながら彼女の後を追う羽目になった。
校舎裏に到着した僕だったが、そこに里見さんの姿はなかった。
彼女のIQ3の行動パターンを予測しつつ周囲を見渡すと、代わりに信じられない光景が目に飛び込んできた。
「なんだよ『ござ石(武石)』のその格好?」
「ははは! こいつマジバッカじゃねーの!?」
校舎の死角で、二年の不良グループ三人に絡まれていたのは、時代錯誤な一年生――武石 胤久だった。
彼は今日も烏帽子に紋付き袴という完全武装だ。どうやら日中は普通の学生服で過ごし、放課後になるとわざわざ着替えているらしい。その無駄な情熱には呆れるしかない。
武石はプラスチックの模造刀を震える手で構え、必死に虚勢を張っていた。
「某に近づくでない!」
「高そうだし、古着屋で売っちまおーぜ!」
不良たちがニヤニヤと笑いながら、左右から武石の上着の袖を掴み、乱暴に剥ぎ取ろうとする。
「うわぁー! や……破れる! やめるでござる! 殿中(校内)! 殿中でござるぞ!!」
校舎裏で『忠臣蔵(松の廊下)』のパロディを本気で叫ぶ歴史ガチ勢。どうしようもない茶番劇だ。
(……あいつ、こないだ里見さんに負けて敗走して、今度は落ち武者狩りに遭ってるのか……)
関わりたくないのが本音だが、明らかな不法行為をこのまま放置しておくわけにもいかない。
まったく、僕の平穏な読書時間がさらに削られる。
僕は深いため息をつきながら、不良たちの前へと歩み出た。
「……やめろ、みっともない」
冷ややかな僕の声に、不良たちが動きを止める。
「まったく、『落ち武者狩り』とか、お前らは戦国時代の追い剥ぎ農民か? それなら、知らんと思うからいい事教えてやるよ。今の時代はな、そういうのは恐喝とか強盗って言うんだぜ?」
法律ではなく、歴史的観点から彼らの存在意義を冷酷に解体してやった。
いつもスカしている僕を快く思っていなかった二年の不良たちは、自分たちの不良としてのプライドを、農民の落ち武者狩りレベルまで論理的に貶められ、みるみる顔を真っ赤にして逆ギレした。
「あぁん!? なんだとテメェ……!」
「おい、待てよ……千葉がいるってことは……」
しかし、不良の一人がハッとして、周囲をキョロキョロと見渡し始めた。
彼の背筋に悪寒が走ったのが分かった。そう、僕がいる場所には高確率で『アレ』が現れるという、校内最悪のジンクスだ。
キレたリーダー格の不良が僕に殴りかかろうと拳を振り上げた、まさにその瞬間だった。
「フンッ!!」
裂帛の気合いと共に、横から現れた里見さんが、数十キロはある特大ツルハシを軽々と振り回した。
ズガァァンッ!!
不良の足元にあった『しめ固まった土(モグラの穴)』が、ツルハシの尋常ならざる一撃によってクレーターのように粉砕される。
土塊がパラパラと不良たちの足元に降り注いだ。
「げッ! やっぱり里見! セーラー服の悪魔だ!!」
不良たちが悲鳴を上げ、数歩飛び退く。
「私が用具室にスコップを取りに行った隙に、こんなところで屯して……さてはあなたたち、うちの生徒と見せかけて、Ⅽ国の工作員ですね?」
そこにいつもの悪意ゼロの無邪気な笑顔はない。
工作員(と思い込んでいる相手)を前にした里見さんの瞳は完全にガンギマリで、紛れもない『戦闘モード』だった。
「私が来たからには、学校へ抜け穴を作って暗躍しようというあなたたちの陰謀もこれまでです!!」
セーラー服の悪魔が、真顔のままツルハシを再び天高く振りかぶる。
冗談でもハッタリでもない、本物の狂気。不良たちは「ヒィッ!?」とカエルが潰れたような悲鳴を上げた。
(こいつマジで殺しにきてる!!)という本能的な恐怖に駆られ、彼らは文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
(……なるほど。ネットの陰謀論界隈でスパイを指す隠語を『モグラ(Mole)』というが、彼女は比喩じゃなく、偶然にも本物のモグラの穴を工作員の抜け穴だって騒いでたのか。発想が原始人以下だぞ……)
逃げ去る不良たちの背中を眺めながら、僕は一人、冷ややかに納得していた。
「……おおおっ!」
土埃が舞う中、状況を完全に中二病フィルターで誤訳した武石が、震える声で感嘆の声を漏らした。
そして、あろうことか僕と里見さんの前に両手をつき、深々と平伏したのである。
「言葉の刃で敵を挑発して油断を誘う智謀の軍師……まさに千葉……千葉『上総介』様! そして、圧倒的な武勇で敵を撫で斬りにする里見……里見『安房守』様! 某、本日より『下総掾』を拝命し、お二人に生涯の忠誠をお誓い奉りまする!」
勝手に朝廷の官職まで命名し、よれよれの紋付き袴で感涙にむせぶ落ち武者。
「……は?」
「えへへ、よく分かりませんが、陰謀を阻止しましたね、上総介くん!」
完全に事態を飲み込めていない僕と、とりあえず褒められて喜ぶ安房守様(里見さん)。
――そして数十分後。
「あの、なんでまたそれを連れて来たんですか……?」
歴史研の部室。パイプ椅子に座っていた若葉が、僕の後ろを金魚のフンのようについてきた袴姿の武石を見るなり、持っていたスマホをポロリと床に落っことして絶望の声を上げた。
「その、最もアーバンからかけ離れた、時代錯誤と封建主義の権化を……?」
「僕が聞きたいよ……」
若葉の的確すぎるツッコミに、僕は深々とため息をついた。
傍らでは、安房守様(里見さん)と忠臣(武石)が、プラスチックの模造刀とツルハシを並べて何やら嬉しそうに語り合っている。
「――というわけで、この学校には各国の諜報機関の工作員が沢山入り込んでいるんです!」
「なな……なんと!? さすがは安房守様! 敵の間者の動きも全てお見通しでござりまするな!」
(……また面倒なのが増えたな)
僕はこめかみを押さえ、頭を抱えた。
ああ、今日も僕の平穏な読書時間は、こうして狂気と時代錯誤の桶狭間で無残に散っていくのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
歴史研の静寂なるシャングリラに、厄介な忠臣がまた一人(?)増えてしまいました。
スパイ(物理的なモグラ)相手にガチの特大ツルハシを持ち出す安房守様(里見さん)と、それに完全心酔してしまう下総掾(武石くん)。
そして、不本意ながら主君に祭り上げられてしまった上総介(千葉くん)の平穏な読書時間は、今日も無残に散っていくのでした……。
第22話は、来週火曜日のお昼に更新予定です!
もし今回のエピソードで少しでも「フフッ」と笑っていただけたり、ツルハシを振り下ろすセーラー服の悪魔にフェティシズムを感じた方は、
是非、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、
【☆☆☆☆☆】でのポイント評価(星をタップしていただけると励みになります!)をポチッとお願いいたします!
皆様の温かい評価と応援だけが、今後も歴史研という戦国乱世に風雲急を告げさせます!




