第2話:バーコード頭に真っ赤なリボン
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
ここは引退した先輩たちが残してくれた、学内で唯一の静寂なるシャングリラ。
「全員強制部活加入」というビッグブラザーもビックリの全体主義的な校則をクリアしつつ、平和な読書環境を死守するために僕が選んだこの部も、現在、部員は僕を含めて二年生がたったの二名。
このままでは同好会への降格、最悪の場合は廃部からの強制転部という危機が迫っている。
そこで、我らが歴史研部長……里見 結菜は、トレードマークのポニーテールと真っ赤なリボンを揺らしながら、その圧倒的な行動力で校内中に新入部員募集のビラをばら撒いていた。
古今東西、男という生き物は「揺れるもの」に惹かれる習性があるらしい。
狩猟時代からDNAに刻まれた本能だとか、うなじという無防備な部位への本能的なフェティシズムだとか諸説あるが……一般論として「ポニーテールは最も男受けが良い髪型である」というのは、歴史が証明する抗いがたい真実なのだ。
そして今日の放課後も、この静寂なる歴史研究部の部室に、その一般論の哀れな犠牲者が一人迷い込んできた。
「あの、歴史研究部ってここですか……?」
おずおずと顔を出した真新しい制服の一年生は、部室の中をキョロキョロと見回し、誰かを探しているようだった。
この一年生が、歴史ではなく彼女の無駄にいいルックス目当てで、フラフラとあの馬の尻尾に引き寄せられてやって来たのは間違いなかった。
「あの、入部希望なんですけど……ところで、里見先輩は?」
僕はパイプ椅子に深く腰掛けたまま、読んでいた『1984年』から顔を上げ、哀れな犠牲者に忠告してやることにした。
「あいつ目当てで来たのはいいが……君、あいつの頭についてる物の意味を、ちゃんと理解できてるんだろうな?」
「へ? ああ、可愛いですよね。あの赤いリボン」
「やっぱりか、あれはな……」
僕が、迷い込んだ哀れな子羊に狼の恐ろしさを説明しようとしたのも束の間、部室の扉をぶち破る勢いで、里見さんが勢いよく飛び込んで来た。
「千葉くん! ちょうどいいところにいてくれました! 今から……って、その生徒さんはもしや!?」
「ああ、入部希望者だそうだ」
「えっ……あ、はい!」
憧れの里見さんを目の前に、その一年生は緊張しながらも、頬を緩ませて元気よく返事をした。
そして、僕は徐にポケットからストップウォッチを取り出すと、いつものようにスイッチを押した。
「うんうん! ようこそ歴史研へ! ……ちょうどいいところです。今から二人で、数学の鶴岡先生の頭頂部をスマホで接写しに行きますよ!」
「……え?」
入部希望者の憧憬に満ちた表情が、一瞬にして曇る。
きっと、目の前の里見さんの端正な顔と、その彼女から発せられるカオスに、彼の脳がバグっているはずだ。
「いいですか、ああ見えて、きっと鶴岡先生はCIAの冷徹なエージェントなんです。何故ならあの不自然なバーコード頭……! あれは、我々愚民を監視するCIAの機密情報が暗号化されて印字されているんです! ピッと読み取れば、国際社会がひっくり返る未曾有の歴史的真実が……!」
「え……えぇぇーー!?」
人差し指を突き立て、狂気じみた笑顔で詰め寄る里見さんに、入部希望だった一年生は、いよいよ顔面蒼白となり、脂汗をダラダラと流す。
「あ……いや、すみません! 突然急用を思い出しました!!」
「ちょ! 待って下さい! 国際政治の闇を一緒に……!」
新入生は、脱兎のごとく廊下へ消え去った。
僕は無言でストップウォッチを押す。彼が里見さんに出くわしてから逃げ出すまで、タイムはきっちり30秒だった。
静寂を取り戻した部室で、僕はページをめくりながら深くため息をつく。
「お前のその純真無垢な狂気のせいで、今月だけで3人の入部希望者が逃亡したぞ」
「国際社会の知られざる闇が解き明かされるんですよ!? 鶴岡先生はCIAのエージェントの可能性が高いんです! いいえ、そうに違いないです! 」
「誰からそんな酷い話聞いた? 人の髪型馬鹿にするの良くないよ? 大体、何で天下のCIAが、そんな愉快な暗号仕込むんだ?」
(……この前は、学年主任の田中先生を『MI6の工作員だ!』とか言って、防弾チョッキを着てるか確認する為、彼のお腹の贅肉を鷲掴みにして大目玉を食らっていたばかりだというのに。懲りない奴だ)
中年太りの贅肉の次は、頭頂部のバーコード。
我が校の教師陣を次々と国際的な諜報機関の手先に認定し、挙句テロ行為に及ぶ同級生に、僕は呆れ果てていた。
「別にバーコードがどうとか薄毛がどうとか、そんな下らない話ではないんです! 千葉くんは解き明かしたくないんですか!? あの暗号に秘められた日本を揺るがすCIA極東支部のトップシークレットを!」
「ディープステートでもCIAでも何でもいいけど、鶴岡先生の頭を読み取って解き明かせるのは、せいぜい三角方程式くらいなもんだ。まあ、数学の単位落とす覚悟があるなら、止めはしないが……」
「いいえ、これは歴史研としての一大プロジェクトです! 千葉くんには、私が問題なく接写できるよう、先生の気を引く重要な任務があるのです!」
僕の言う事など全く聞く耳を持たず、里見さんは暴れ馬のようにトレードマークのポニーテールをブンブン振り回す。
覚えておいた方がいい。競走馬の尻尾に赤いリボンが付いていることがあるが、あれは蹴り癖のある……つまりは、危険な馬ってことだ。
僕は常日頃、里見さんの頭で呑気に揺れるあの真っ赤なリボンは、絶対に関わってはいけない、危険人物の目印なんだって確信していたよ。
悪いが、こんな頭のおかしい陰謀論者と心中(留年)なんて御免だ。
僕は深いため息を吐くと、彼女の顔を見て涼やかに微笑みかける。
「……里見さん」
「何ですか? 部長命令ですよ!」
「……そのリボン、凄く似合ってるね」
どんな状況でも、決して止まることを知らない暴走機関車みたいな彼女が、僕の一言でマネキンのようにフリーズした。
「……え?」
そして、みるみる顔色が変わり、彼女の頭のリボンみたいに真っ赤な顔をして、そそくさと部室を去って行く。
「あ……そういえば、き……今日は、急用を思い出しましたので、プロジェクトは先延ばしにします! ごごご……御機嫌よう!」
純真無垢な彼女の頭で揺れる真っ赤なハザードマークを眺めながら、僕はゆっくりと『1984年』のページを開き直した。
「この手は、そう何度も使えないな……」
ああ、今日も僕の平穏な読書時間は、こうして守られたのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
入部希望者が30秒で逃げ出す里見さんの所以は、いかがだったでしょうか?
次回(第3話)は、明日(土曜)【11:30】に更新予定です!
さて、次回も千葉くんの平穏な読書時間は守られるのか……。
少しでも「フフッ」と笑っていただけましたら、ブックマークを押して、明日のCIAからの極秘指令(次の陰謀論)をお待ちください!




