第1話:アマテラス大御神は、庶民に優しいディープステート
ここは、某県某市のどこにでもある少し田舎の県立高校。
これは、のどかな田園風景の中にひっそりと浮かぶ旧校舎の片隅で、放課後、歴史研究部の部室を舞台に繰り広げられる僕らの日常だ。
僕は定位置のパイプ椅子に深く腰掛け、ジョージ・オーウェルの『1984年』のページをめくっていた。
ここは引退した先輩たちが残してくれた、学内で唯一の静寂なるシャングリラだ。部員は現在、僕を含めてたったの二名。
バンッ!! と、蝶番が悲鳴を上げる勢いで扉が開け放たれた。
「千葉くん! ついに辿り着きました! 」
この意気揚々と、トレードマークのポニーテールを揺らして部室に飛び込んで来たセーラー服の少女こそ、もう一人の歴史研部員。現歴史研部長の里見 結菜さんその人だ。
幸運なことに、彼女は顔面偏差値の高いアクティブでエネルギッシュな美少女で、可愛く、純真無垢で……。
「日本を裏から牛耳るディープステートの正体に、ついに辿り着いたんです!」
……救いようのない陰謀論者だった。
ああ、今日も僕の平穏な読書時間が終わる。
息を切らし、しかしIQ3くらいのドヤ顔(「エッヘン!」と言わんばかりに胸を張っている)で凄む、ルックスだけは無駄にいい残念美人の里見さん。
(……ディープステート。陰謀論界隈で大人気のマジックワードだ。要するに『世界を操る影の政府』のことだが、彼女のポンコツな脳内では、政治の腐敗から購買のメロンパンの売り切れまで、すべてこの万能の悪役の仕業に変換される)
僕は本から視線を一切上げず、気怠げに生返事をした。
「……奇遇だな。僕も今、国民を常に監視する独裁者の恐ろしさについて読んでいたところだ。で? 今日の黒幕は誰だ? またフリーメイソンか?」
「いえ! ズバリ、『アパレル産業』です!」
「……は?」
たまらず本から目を離し、鼻にかかったボストン型メガネを持ち上げると、彼女はすでにホワイトボードの前に立ち、得意げにペンを構えていた。
彼女のトレードマークのポニーテールと真っ赤なリボンが、嬉しそうにブンブンと揺れる。
「いいですか、千葉くん! そもそも日本の最高神、テンテルダイゴジンって、機織りの神様としての側面を持っていますよね?」
「……誰それ?」
とんちんかんなワードで、僕があからさまに首を傾げると、彼女は呆れ果てたような顔をして溜息を吐く。
「えっ? 天照大御神のことですよ?」
「だってお前、今テンテルダイゴジンって……」
「千葉くんも、すっかり政府の歴史教育に洗脳されていますね。『アマテラス』なんていうのは、戦後にGHQが日本の国力を下げる為に作り出した偽りの読み方なんですよ! 真の読みが『テンテルダイゴジン』なのだとネットの掲示板にも書いてありました!」
「……お前、それ絶対、ネットの掲示板で誰かが素で誤変換したやつを、『隠された真実』だと思い込んでるやつだろ?」
「……え? あ……いや、コホンッ!」
里見さんは、日本史に残る特大の誤変換と僕の根も葉もない突っ込みをなかった事にして、わざとらしく咳払いをすると、更に風呂敷を広げ始めた。
「いいですか、千葉くん! そもそも日本の最高神、天照大御神って、機織りの神様としての側面を持っていますよね?」
「まあ、神衣を織らせていた記述は古事記にもあるな」
「そこです! なぜ最高神が服を作っているのか。それは、『古来より日本の支配層はアパレル業界だった』という歴史的暗喩なんですよ! 私たち女子高生の財布から毎シーズン際限なくお金を吸い上げる巨大な闇……まさにアパレル産業こそが、日本のディープステートだったんです!」
一点の曇りもない純真な瞳で言い放つ里見さん。
その悪意ゼロの狂気が、僕の頭痛を加速させる。点と点の繋ぎ方が暴力的すぎるだろ。
(……自分がそんなくだらない陰謀論の暗喩にさせられていたと知ったら、編纂者の太安万侶もひっくり返るぞ。ショップ店員に騙されて、ぴちぴちのシャツでも売りつけられたのか……?)
僕は内心で深くため息をつきつつ、いつものように冷酷な事実で彼女の妄想をへし折るのだ。
「……よく分かんないが、里見さん」
「どうですか!? ぐうの音も出ないんじゃないですか?」
「お前がいつも服買ってるのって、駅前のウニクロとかだろ?」
「えっ? はい、そうですけど……?」
「全身コーディネートしても、一万円でお釣りがくるとか、どう考えてもお財布に優しい庶民の味方じゃないか、そのディープステート?」
「え……あ……っ、それは……」
完璧だったはずの里見さんのドヤ顔が、一瞬でフリーズした。
しかし、彼女のIQ3の脳髄が、苦し紛れの言い訳を弾き出す。
「ち、違います! 私が言っているのは、ショネルとか、ルイ・ベネトンとか、そういうお高いハイブランドのことです! あいつらこそが世界を操る巨大な闇なんですよ!」
「……お前、そもそも二つとも日本のブランドですらないだろ」
「えっ?」
「なんで日本の最高神であるアマテラスが、おフランスの服飾産業の闇を暗喩しなきゃならないんだよ。しかもルイ・ベネトンに至っては、元は旅行用のトランクメーカーだぞ。服すら関係ない」
「あ……いや……」
完璧なセルフ論破だった。
自分で自分の退路を絶っていくその潔いスタイル、嫌いじゃない。だが、これでチェックメイトってやつだ。
「……さて、天岩戸も無事に開いて巨大な闇も晴れたことだし、僕は読書に戻るぞ」
「ま、待ってください! 今すぐ別の……別の……っ!」
ホワイトボードの前でワナワナと震え始めた同級生を尻目に、僕はゆっくりと『1984年』のページを開き直した。
そしてまたいつものように、里見さんの断末魔の如き最後の悪あがきが始まるのだ。
「あっ! そうそう、スサノ……」
「スサノオとマグロ漁船の話は、この前聞いたぞ」
「あ……えーと、違うんです! 私は……そう! ツクヨ……」
「ツクヨミとアポロ計画は、全く関係ないからな」
もはや、IQ3レベルで頭に浮かんだ言葉をガムシャラに羅列する残念美人。
僕は本から1ミリも視線を逸らさず、詰将棋のように淡々と逃げ道を塞いでいく。こうなったら、もう機械作業だ。
「えーと……えーと……」
(……そろそろネタ切れかな?)
そして、意気揚々と持ってきた陰謀論を全て打ち砕かれた彼女は、半泣きになりながら部室を飛び出して行くのだ。
「あぁーもう! 千葉くんの意地悪! 論破メガネ! 今日はこのくらいにしときますけど! でも、ディープステートはいつも私たちを見てるんですからね! あぁぁー!!」
「……そうだな、ビッグブラザーもいつも君を見てるよ」
手元の小説の中の独裁者に思いを重ね、校舎の彼方に消えて行く彼女の断末魔を聞きながら、僕は平和な日本のありがたみを噛みしめるのであった。
ああ、今日も僕の平穏な読書時間は、こうして守られたのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
里見さんの持ち込む「トンデモ陰謀論」は、いかがだったでしょうか?
次回(第2話)は、本日【17:30】に更新予定です!
さて、次回も千葉くんの平穏な読書時間は守られるのか……。
少しでも「フフッ」と笑っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】をして、ディープステートの次の陰謀に備えて下さい!




