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第19話:乙女の歴史改竄と星がきらめくマウント合戦

 どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部……ではなく、地元の高校生行きつけのサビれたファミレス。



 放課後。週末の歴館でのフィールドワーク(という名のデスドライブ)の疲労を癒やすため、僕たちは山盛りの安いフライドポテトをつまみながら、ボックス席を囲んでいた。

 流石に今日は、僕も文庫本を開くのを我慢し、精神的英国人として平和なティータイムに徹している。



「……はぁ。歴史的真実ドリンクバーが、あんなに近いのに……」



 向かいの席では、我らが歴史研部長・里見 結菜が、グラスのコーラを退屈そうにストローでかき混ぜていた。

 先日、この店でインド神話の『ソーマ』を精製しようとして店員からこっ酷く叱られた彼女だが、三女愛菜の心からの謝罪によって、現在『ドリンクバー出禁(ただし他の者が汲んでくるなら可)』という、情けない執行猶予の身である。

 仕方なく僕と若葉が交代で注いできたコーラをちびちびと飲んでいる姿は、猛獣が檻に入れられているようで少しシュールだった。

 


 そんな厄災が大人しいのをいいことに、今日は一人だけやたらと機嫌の良い後輩がいた。



「ふふっ。やっぱり、放課後のファミレスっていうのも、たまにはアーバンなリラックス効果があっていいですよねぇ」



 一年生のアーバンガール、花見川 若葉だ。

 彼女は会話の合間に、指先で優雅に(気取って)メロンソーダのストローをつまみながら、無駄に髪を耳にかけたり、首元を触ったりしている。



 チャカ、チャカ。



 その度に、週末の歴館で僕が買ってやった『星のネックレス』が、いかにも安っぽいメッキ特有の軽い音を立てて揺れていた。



 そんなポンコツなハリボテのアーバン空間が、長く続くはずもない。

 カランコロンと入店音が鳴り、僕たちのテーブルに冷ややかな影が落ちる。



「姉さん、千葉先輩も奇遇ですね……あら、そちらの恵まれたサステナブルなお嬢様も、まだ姉という名の災害ボランティアを続けられているんですか?」



 絶対零度の声。そこに立っていたのは、書店の紙袋を提げ、第一ボタンまでキッチリ留めた制服姿の中学生――里見家の次女・智菜だった。

 ドリンクバーを恨めしそうに見つめる姉の奇行を窓の外から察知し、わざわざゴミを見るような三白眼を引っ提げて入店してきたのだ。



 一瞬、過去のトラウマ(ロジハラと皮肉によるオーバーキル)がフラッシュバックしたのか、若葉の肩がビクッと跳ねた。

 しかし、今日の彼女は一味違った。



「……まあ、サステナブルな活動には犠牲がつきものですから。それより、今日は暑いですねぇ。グローバルウォーミングの影響でしょうかぁ?」



 若葉は過剰なほどのドヤ顔でメロンソーダを吸い上げ、これ見よがしに首元を指で弾いた。

 チャカッ、と、メッキの星が再び軽い音を鳴らす。

 智菜の冷たい三白眼が、そのネックレスを正確に捉えた。

 そして、瞬時に観光地の土産物屋に並ぶ1,500円程度のチープな代物だと査定を完了する。



「……あらあら、いけませんね。原価数十円の金属メッキを首に下げて。お嬢様にはとても不相応な装飾品ですね? ご自身のサステナブルなプライドの為にも、もっと良いものを身に着けられた方がいいのでは?」



 鼻で笑って斬り捨てる智菜。だが、若葉は待っていましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。



「ええ、そうなんですぅ。でもぉ、これって、千葉先輩が『どうしても私に似合うから』って懇願して、プレゼントしてくれたものなのぉ」

「……っ!?」

「高校生がなけなしのお小遣いでぇ、気になる女の子に買ってあげた細やかなプレゼントを、高価かどうか問うなんてアーバンなレディとして野暮だと思うのぉ〜」



 マウントの核爆弾が投下された瞬間。

 常に完璧なポーカーフェイスを崩さない智菜の三白眼が、ピクッと震えた。



 ミシリ……。



 彼女が手に提げていた書店の紙袋が、微かに、しかし確かに嫌な音を立てて歪む。

 買ったばかりの参考書ごと、強い力で握りしめた証拠だった。



「……ふん。千葉先輩も姉という災害対応に疲弊して、らしくないことをしてしまったようですね。不憫な後輩への『気まぐれの施し』をプレゼントと勘違いできるなんて、庶民には到底理解しがたいブルジョアな発想ですね」



 負けじと強がりを口にする智菜に、若葉が追い討ちをかける。



「あら、そんなにムキにならなくてもぉ? まさか、インテリジェンスの塊の智菜さんほどの方が、男性からの原価数十円の金属メッキのプレゼントが欲しいってわけじゃないですよねぇ?」



 バチバチと火花が散る地獄のテーブル。僕はたまらず、冷ややかに口を開いた。



「……あれは、歴館で一日大変だった『お疲れ様のご褒美』だと言ったろう。何が『気になる女の子に買ってあげた細やかなプレゼント』だ。当事者のいる前で、堂々と歴史の改竄(捏造)をするな」

「い……いや! ちょっと、千葉先輩! そこは!!」



 冷酷無比なロジカルハラスメント。

 僕の容赦ないファクトチェックによって、若葉の薄っぺらい虚栄は一瞬で粉砕された。

 同時に、智菜の肩からスッと力が抜ける。



「……そうなんですか。姉という災害対応のほかに、そんな被災地支援までされていたとは……千葉先輩、本当にご愁傷様です」

「……ぐふッ!」


 

 その絶対零度の皮肉により、若葉は遭えなく撃沈。

 いつもの余裕(冷徹さ)を取り戻した智菜は、僕に向かって同情するように微笑んだ。

 


「実は私、高校受験の歴史の勉強の参考にしたいのですが、どうせ姉のせいでちゃんと展示も見れてないと思いますし……今度、私も歴館に連れて行ってくれませんか?」



 この学年トップクラスの学力のバケモノが、今さら受験勉強なんて必要なわけがないだろうに。何を企んでいるんだか……。

 僕が内心で呆れていると、隣で奈落に突き落とされた若葉が慌てて立ち上がった。



「ちょ、ちょっと! 部外者は歴史研のフィールドワークに同行できませんよ!」

「あら。部活ではなく、ただのプライベートな予定なら関係ないですよね?」

「うぐっ……!?」



 あっさりとロジックで論破され、若葉はぐうの音も出ない。



「まあ、展示をじっくり見られなかったのは事実だし、断る理由もないな。いいよ、別に」



 僕が承諾すると、若葉は机に突っ伏して完全に機能停止した。



「では、私は受験勉強がありますので、これで失礼します。ごきげんよう、千葉先輩。それと……星がきらめくサステナブルなお嬢様」



 見事な逆転劇を収め、智菜は颯爽と踵を返した。

 だが、振り返る瞬間、智菜は僕から少し死角に入る位置で、若葉に向けて小さく舌を出した。



 ――「べーだ」



 冷酷なサイコパスが見せた、あまりにも年相応な女の子の顔。

 


 (なんだ、あいつもあんな顔するんじゃないか)

 


 偶然その仕草が見えた僕が、密かに感心していると、目の前で絶望していた若葉がガバッと顔を上げた。



「……絶対に、絶対に負けない……っ!!」



 彼女の瞳には、かつてないほどの闘志の炎がゴウゴウと燃え盛っていた。

 そんな二人の間で繰り広げられた謎のマウント合戦……。

 当然、彼女も理解できているはずはなく……。



 ポンッ!



 隣で退屈そうにコーラを飲んでいた里見さんが、突然手を打って立ち上がった。



「今わかりました!! 若ちゃんのそのネックレスの星のマーク(五芒星)、ソロモンの魔除けだったんですね! だから、あの屁理屈と嫌味の悪魔みたいな智ちゃんが退散していったんです! 若ちゃんを守るための結界呪物……さすが千葉くんです!」

「……ただのメッキの星だ。それに、本物の魔物なら今目の前でコーラを飲んでるだろうが。まったく効き目ないぞ」



 コーラ片手にドヤ顔でとんちんかんな陰謀論を語る現・歴史研部長と、般若のような顔で燃え上がるアーバンガール。

 僕は今日一番の深いため息を吐き、冷めてしまった安いフライドポテトを口に運んだ。



 ああ、今日の僕の読書時間は、1,500円のネックレスを巡る女たちの浅ましいマウント合戦によって、無残にも踏みにじられたのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


歴館でのデスドライブの疲労を癒やすファミレス回……となるはずが、1,500円のメッキのネックレスを巡る、女たちの浅ましいマウント合戦となってしまいました。


第20話は、火曜日の【12:20】に更新予定です!


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