第18話:歴館編 III~サステナブルじゃないお土産と悪夢のデスドライブ再び~
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……そして、やはりそこから遠く離れた、広大な国立歴史民俗史料館。
果てしなく広い展示室をようやく抜け、僕たちは出口付近のミュージアムショップへと辿り着いた。
「千葉くん! これを部室の魔除けと活動資金として部費で落としてください!」
目を輝かせた里見さんが、買い物カゴを押し付けてきた。
中には、ぽっかりと目と口が空いた『ハニワのレプリカ』を筆頭に、『呪いの土面』や『徳川埋蔵金の純金風小判』といった最悪のセンスの品々が山のように積まれている。
「却下だ。うちのなけなしの部費じゃそんなガラクタは買えない。自腹で買え」
「ガラクタとは何事ですか! これは古代の叡智の結晶で――」
狂信者の戯言を無視し、僕はカゴから商品を次々と没収して元の棚へと戻していく。
そんな攻防戦を繰り広げていると、少し離れたアパレルコーナーから佐倉先生の場違いに明るい声が響いた。
「おお! みんな、これを見てくれ! これをみんなで買って、歴史研のユニフォームにするというのはどうだろう! お揃いとは、まるで新撰組みたいで実に青春じゃないか!」
佐倉先生が誇らしげに掲げていたのは、胸元にデカデカと間抜けな顔のハニワがプリントされた、絶妙にダサい『ハニワTシャツ』だった。
「絶対いやです! まったくアーバンじゃないし、サステナブルの欠片もありません!」
アーバンなレディを自称する若葉が、ドン引きした顔で全力で拒否する。
「いいですね! これは、まるで学校を裏で牛耳る秘密結社のユニフォームのようです!」
なぜか里見さんは、謎の陰謀論的解釈で乗り気になっている。
「……悪くないな」
「えっ?」
僕が呟くと、若葉が信じられないものを見るような目を向けてきた。
「これからの暑い季節、校内で堂々とTシャツで過ごせれば、リラックスして読書に耽れそうだ」
極めて合理的かつ実用的なメリットを計算し、僕は賛意を示した。
すると、先ほどまで全力で拒否していた若葉の態度が、見る間に急変した。
あからさまに動揺した顔でハニワTシャツと僕を交互に見比べた後、彼女はわざとらしく咳払いをした。
「……ま、まあ? オーガニックコットンでないのは非常に不服ですが、部の決定とあらば致し方ありませんね!」
なんだかんだと苦しい理由をつけて、若葉はちゃっかりと自分のサイズのTシャツを抱え込んだ。
「まあ、実用性があるならこれくらいは落とすか」
部の金庫番である僕は、生徒三人分のハニワTシャツのお会計に部費決済のハンコを押した。
ちなみに、言い出しっぺの佐倉先生の分は当然のように自腹にしておいた。
教師の分まで買えるほど、我が歴史研の国庫には余裕はない。
「……アハハ、青春はいつも金欠だ!」
こうして皆でお揃いのTシャツは買ったものの、あくまで歴史研のユニフォームであり、デザインは致命的にダサい。
ため息交じりで、ヘロヘロになった若葉がおみやげコーナーをふらついていると、アクセサリー売り場で若いカップルがいちゃついているのが目に入った。
『これ似合うよ』
『えー、買ってもらっちゃおうかな♡』
「いいなぁ、私も……」と、聞こえてきそうなほど、ロマンチックな乙女心丸出しで、若葉はうらめしそうにカップルを見つめていた。
その様子を見かねた僕は、そっと彼女の隣に立ち、アクセサリーの棚から『星のモチーフのネックレス』を手に取った。
以前、彼女が『星のアクセサリー』が欲しいだのなんだのと言っていたのを思い出したからだ。
「……やれやれ。ほら、どれがいいんだ」
「えっ……?」
ぽかんと口を開ける若葉に、僕は淡々と告げる。
「ここは広大な展示スペースで有名だからな。そんな身なりで今日一日、あの『歩く陰謀論』に付き合ったご褒美だ。一つくらい買ってやる」
その言葉の意味を理解した瞬間、若葉の顔が露骨にパァーッと明るくなるが、にやけてしまいそうなのを必死に誤魔化そうとする。
そこで素直になれないのが、彼女の悲しい性である。
「べ、別に! 私、普段はもっとサステナブルでハイエンドなブランドしか身につけませんし、こんなどこの馬の骨とも知れない安物なんて、これっぽっちも……! ……でも、千葉先輩が『どうしてもこれを若葉に着けてほしい』と懇願するなら、特別に受け取ってあげなくも――」
面倒くさいので、僕はあっさりとネックレスを棚に返す。
「そうか、ならいらないな」
「いやいやいや! いりますぅ! 欲しいですぅ! 買ってくださいお願いしますぅ!!」
アーバンなプライドをかなぐり捨て、若葉は僕の腕に必死に縋り付いてきた。
――夕暮れ時。
僕たちは再び、佐倉先生のペラペラな軽ワゴンに乗り込み、帰路に就いた。
行きと同じくウインカーとワイパーを間違え、ハイビームで対向車を照らしながら横風に激しく煽られる恐怖のデスドライブ。
しかし、全員が疲労困憊すぎて、もはやツッコミを入れる気力すら残っていなかった。
後部座席の端では、里見さんが自腹で買ったハニワを暗闇の中でヘッドライトで照らし、ブツブツと「古代宗教結社の超兵器のレプリカ」だなんだと陰謀論を呟いている。
それを無視し、僕は助手席で目を閉じた。
斜め後ろの席では、若葉がネックレスの入った小さな紙袋とハニワTシャツを大事そうに膝に抱きしめたまま、完全に気絶するように爆睡している。
あのにやけた寝顔……。夢の中ではきっと、オーガニックでサステナブルな甘いシチュエーションにでも遭遇しているのだろう。
しかし現実は無情だ。軽ワゴンがカーブを曲がるたびに、彼女の頭は窓ガラスに『ガンッ! ゴンッ!』と激しく打ち付けられている。
それでも起きないほど、彼女は限界まで疲弊していた。
僕は薄く目を開け、(まあ、少しは休ませてやるか)と内心で毒づきながらも、ほんの少しだけ口角を上げた。
平和な帰路。
そう思っていた矢先、ハンドルを握る佐倉先生が、ぽつりと呟いた。
「先生、実は鳥目なんだよね。暗くて前があまりよく見えないなぁ……」
「……え?」
狂気の告白に、僕の顔から一瞬で血の気が引いた。
アーバンでサステナブル、そして安全な日常は遠い。
波乱に満ちた歴館でのフィールドワークは、文字通りの命懸けで幕を閉じるのだった。
ああ、今日僕らの身の安全は、僕の決死のナビと先生の命懸けの安全運転により、ギリギリ守られたのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
長かった国立歴史民俗史料館でのフィールドワーク、これにて無事(?)完結です!
絶妙にダサい「ハニワTシャツ」からの、若葉ちゃんのチョロすぎるツンデレ即オチからの哀れな爆睡。
そして最後は、鳥目の熱血顧問がハイビームで爆走する夜道のデスドライブという、どの展示物よりも恐ろしいホラー展開で幕を閉じました。
第19話は、金曜日の【12:20】に更新予定です!
もし今回も楽しんでいただけたり、チョロくてツンデレなアーバンガール・若葉ちゃんが不憫カワイイ! と思っていただけましたら、
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