第17話:歴館編 II ~アーバンガール、巨大ジオラマに散る~
どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。
……そこから遠く離れた、広大な国立歴史民俗史料館。
エントランスを抜け、僕たちは果てしなく広い第1展示室(原始・古代)へと足を踏み入れた。
薄暗い照明の中、旧石器時代から縄文時代へと続く歴史の地層を歩いていく。
「はぁ、はぁ……ちょっと、広すぎません……?」
入館してまだ数十分だというのに、僕の後ろを歩く若葉の息は早くも上がり始めていた。
無理もない。歩幅を極端に制限するタイトなマーメイドスカートに、エコレザーの6センチヒール。完全に自業自得のデバフである。
「あっ! 皆さん、これを見てください!」
フラフラの若葉を置き去りに、場違いなヘルメットから出たポニーテールを揺らして里見さんが駆け寄ったのは、円形のステージのような展示エリアだった。
そこには、縄文時代の衣服を着た生きた人間のマネキンと、土に埋葬された状態のリアルな骸骨の模型が、カオスな配置で混在していた。
「なるほど」
僕は展示パネルに目をやり、感心して頷いた。
「縄文時代の埋葬の風習と、生活様式を同時に見せるための複合展示か。少し詰め込みすぎな感は否めないが、当時の死生観を立体的に伝える史料的価値は高いな」
「フッ……相変わらず御用学者の洗脳に染まっていますね、千葉くん」
歴史への敬意を持ちつつ冷静に分析する僕を、里見さんが心底馬鹿にしたように鼻で笑い、カチッとヘルメットのヘッドライトを点灯させた。
「消せ。館内はフラッシュ撮影すら禁止だ。そんなものを光らせてたら、一発で係員につまみ出されるぞ」
「チッ……真実を照らされるのが、余程不都合と見えますね」
僕がすかさずスイッチを切らせると、里見さんは不満げに舌打ちをして、ビシッと展示を指差した。
「いいですか? 骸骨と生きた人間が混在するこのカオスな空間……これは明らかに『超古代の秘密結社による生体実験施設』、あるいは優生人類の選別施設の証拠です! メインの歴史から抹消された闇の歴史がここに!」
「館内でシャベルを抜くな。あと声がでかい」
リュックのシャベルに手をかけようとした狂信者を再び物理的に制止し、僕は先へ進んだ。
その後も、フィールドワークは難航した。
中世から近世へと進み、精巧に作られた巨大な和船や町並みのジオラマの前に立つたび、僕が真面目に考察しようとする横から「これは闇の組織の武器密輸船ですね!」「この町並みのジオラマ、道がフリーメイソンのシンボルを描いています!」と里見さんの陰謀論が、いちいちカットインしてくるのだ。
「あ、甘いもの……」
第3展示室を抜けた先にある館内の休憩スペース。
歩き回ってHPと糖分が完全に枯渇した若葉が、オアシスを見つけたかのように自動販売機コーナーへとすがりついた。
「オーガニックなフルーツジュースか、最悪コーラでもいいから糖分を……!」
しかし、自販機の前に立った彼女は、そのまま石のように固まった。
そこには無情な現実が並んでいたのだ。
『水』『緑茶』、そして『無糖のブラックコーヒー』。それだけだ。
展示物保護の観点から、万が一こぼしても虫が湧かないよう、糖分を含む飲料の販売は制限されているのだろう。
「オーガニックすぎるでしょ……!」
絶望する若葉の横で、僕は持参していたペットボトルの紅茶のキャップを開け、涼しい顔で喉を潤した。
一方の里見さんは、リュックから旧日本軍か探検隊が使っていそうな年季の入ったレトロな水筒を取り出し、謎の濁ったお茶をゴクゴクと煽っている。
若葉は涙目で二人を交互に見た後、泣く泣くブラックコーヒーのボタンを押し、空きっ腹の胃に黒い液体を流し込んで自ら更なるデバフを追加したのだった。
待ちに待った昼食は、窓の外に緑豊かな歴史公園が広がる館内のレストランだった。
「さあさあ、たくさん歩いたし、ここは先生がドーンと奢ってあげるわ! 好きなものを頼みなさい!」
佐倉先生が気前よく財布を取り出し、バンッと胸を叩いた。
「では、お言葉に甘えて僕はカツカレーを」
僕はカロリー摂取の最高効率を追求し、迷わず一番ボリュームのある「カツカレー」を注文した。
佐倉先生も、誇らしげにそれに応える。
「うんうん! 男子はそれくらいガッツリ行かなくっちゃね!」
「えっ、じゃあ私は……アーバンなレディとして、ヘルシーに『スパイスハーブカレー』にします。……あ、あと、食後にクリームあんみつのドリンクセットをお願いします」
「え……あ! クリームあんみつも? ふふッ……まあ、青春は女子もお腹が減るからね!」
午前中のコーヒーで胃が荒れ、糖分不足で限界を迎えていた若葉は、メニュー表の端にある魅惑的なデザートの文字に血走った目を向け、ちゃっかりと欲望のセットを追加する。
本当に、うちの女子どもは遠慮というものを知らない。
当然、自分の欲望に一番忠実な、我が歴史研の厄災も負けてはいない。
「やはり、ここのメニューも大衆を洗脳するための歴史の攪乱ですね。私は持参したこれで」
「飲食店での持ち込みはマナー違反だ。しかも人の奢りだぞ。しまえ」
席に着くや否や、リュックから中身のよくわからない自家製レーション(乾燥肉のようなもの)を取り出してかじろうとした里見さんから、僕はそれを物理的に没収。
彼女は致し方なく、一番高いステーキセットとついでにアイスクリームを注文した。
「……ははは、青春とはお金がかかるものなのだね」
館内レストラン特有の少し割高な価格設定と、生徒たちの容赦ない注文金額の合計を見て、佐倉先生は少し引きつった笑いを浮かべた。
そして、メニューの中で一番安い『ホットドッグ』を一つだけ注文すると、どこか遠い目で窓の外の緑を見つめていた。
やがて運ばれてきたあんみつの黒蜜とアイスを、若葉は涙目で貪り食った。
「甘い……細胞の隅々まで糖分が染み渡りますぅ……」
無残にも財布を削られ、小さなホットドッグを寂しそうにかじる顧問の横で、アーバンガールは一時的なHPのフル回復を果たしたのだった。
しかし、あんみつによる一時的なHP回復も長くは続かなかった。
現代史を扱う第6展示室。
アメリカの水爆実験や冷戦構造を解説する重苦しい展示コーナーの片隅に、突如として『某・国民的巨大怪獣』の立像が現れた。
「ビキニ環礁の水爆実験が日本の大衆文化に与えた影響の展示か。核の脅威をエンターテインメントに昇華させた歴史の転換点として、ここに展示する意義は大きいな」
僕が歴史的背景に感心していると、横から再びヘッドライトが光った。
「違いますよ! これは映画の立像と見せかけた『生物兵器の試作品』です! 当時、某超大国がソ連への対抗策として極秘裏に遺伝子操作で作ろうとしていた計画の遺物です! 映画はただのカモフラージュ、大衆への情報操作に過ぎません!」
「……お前、本当にブレないな」
情報の波と狂気、そして果てしない徒歩。
すべての展示を見終え、次のフロアへと向かう果てしなく続く直線廊下に出たところで、ついに若葉が限界を迎えた。
「もう……無理ですぅ……足の感覚が……」
壁際に延々と並ぶ黒い休憩ベンチに、若葉が崩れ落ちる。
彼女は痛む両足をさすりながら、潤んだ瞳で上目遣いに僕を見た。
「千葉先輩……足が痛くて、もう一歩も動けません……その、おんぶ、とか……」
痛々しいほど分かりやすい、ラブコメ特有のヒロイン・イベントの要求。
さすがの僕もやれやれとため息をつき、「仕方ないから肩ぐらい貸してやる」と声をかけようとした、その瞬間だった。
「はははっ! 若いんだから弱音を吐かない!」
突然、背後から現れた佐倉先生が、満面の笑みで若葉の背中を『バンッ!』と勢いよく叩いた。
「ひぐっ!?」
「ほら、君は今日限界を超えて、更なる青春のときめきに向かって走り出そうじゃないか!」
変な声を上げて強制的に立ち上がらされた若葉は、絶望の表情で佐倉先生を見つめた。
(……あのヒールじゃ、次のフロアまで走るのも無理だろうな……)
心の中で冷静に憐みを込めたツッコミを入れつつ、僕は無表情のまま冷酷に言い放った。
「……だそうだ。歩け」
「先輩の鬼っ! 悪魔っ! ディープステートっ!!」
アーバンでサステナブルとは程遠い、若葉の涙の行軍はまだまだ続くのだった。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「糖分のある飲み物が売っていない」という博物館あるあるの絶望からスタートした館内探索。
里見さんのブレない陰謀論と、欲望に忠実な女の子たちに奢らされる佐倉先生の悲哀など、今回もドタバタなフィールドワークをお届けしました。
必死にラブコメの王道イベントを要求した若葉ちゃんでしたが、空気の読めない熱血顧問により、あえなくフラグブレイク。
千葉くんをディープステート呼ばわりして泣きながら歩く彼女の足は、果たして最後までもつのでしょうか……(笑)。
次回(第18話)は、火曜日の【12:20】に更新予定です!
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それでは次回、火曜日のお昼にお会いしましょう!




