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第16話:歴館編 I ~青春のデスドライブと絶望のエントランス~

 どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。

 


 放課後、僕はパイプ椅子に深く腰掛け、『日本書紀』の現代語訳に目を通していた。



 神代の記述から連なる古代の天皇たちの治世。壮大ではあるが、神話と事実がシームレスに混ざり合っているため、史料としての客観性には常に疑問符がつきまとう。

 だが、神話とは事実をベースに作られたものだ。その裏に、どんな歴史(真実)があったのか、考察してみるのもまた悪くない。

 


 そんな史料批判の基本を内心で反芻しながら、平穏な時間を過ごしていた、その時だった。



「やあ、歴史研のみんな! こらこら、いつも部室にこもってないで、たまには外に飛び出して青春しようよ!」



 勢いよくドアを開け放ち、顧問の佐倉先生がハイテンションで飛び込んできた。相変わらず、どこかで仕入れた三流学園ドラマのようなセリフ回しだ。



「そうだ! 週末にみんなで歴館にフィールドワークに行こうか!」

「……歴館、ですか」



 正式名称、国立歴史民俗史料館。

 僕が手元の本から顔を上げずに応じると、先生は「そう!」と無駄に良い笑顔で頷いた。



「ちょうど『日本書紀』を読んでいたところだ。あそこなら、古代史の史料の質も悪くないですね」

「日本の歴史の暗部を調査しに行くんですね!」



 僕の淡々とした評価を遮るように、向かいの席から身を乗り出してきたのは、我が部の歩く狂気・里見さんだった。



「素晴らしいです先生! あそこにはきっと、政府の検閲を逃れた歴史の真実……つまり『オーパーツ』が眠っているかもしれません!」

「いや、ただの史料館だ。勝手にムー大陸と繋げるな」



 即座に純度100%の陰謀論へと変換した里見さんを適当にあしらっていると、少し離れた席でスマホをいじっていた若葉が、あからさまに不満そうな声を上げた。



「えーっ。休日に部活なんてワークライフバランスの理念から外れてますし、全くサステナブルじゃありません」

「そうか? なら花見川さんは休んでいいぞ」

「い、行きます! 行きますけど!? アーバンなレディとして、たまには知的なインプットも必要かなって思うだけですから!」



 やたらと食い気味に前言撤回した若葉は、なぜか顔を赤くしてそっぽを向いた。

 口では文句を言いながら、休日イベントに対する期待でギラギラと輝いている。相変わらず、わかりやすい奴だ。




 ――そして、迎えた週末の朝。



 駅前の待ち合わせ場所に現れた若葉の姿を見て、僕は思考を停止しかけた。



 初夏の日差しを遮るための、つばの広いエレガントなストローハット。

 透け感のあるシアー素材をあしらった、淡いピスタチオカラーのマーメイド・ニットワンピース。

 手には、縁を重厚な金属チェーンでぐるりと装飾した、小ぶりなエコレザーバッグ。

 極めつけは、足元の6センチのチャンキーヒールである。



 ……サステナブルな素材をアピールしつつも、完全にリゾート地へ向かう『ガチのデート服』だった。



「おはようございます、千葉先輩っ!」

「花見川さん……えーと、その格好は?」



 若葉はハットのつばを軽く押さえながら、にんまりと上目遣いで僕を見た。



「あ……ああ、そうなんです! 今日の服、ペットボトルをリサイクルした再生糸のワンピースなんです。環境に配慮してエシカルにまとめてみたんですけど……どうですか?」

「どうですか、じゃない。なぜお前はヒールなんか履いているんだ?」

「……えっ」

「あと、そのタイトなワンピースはなんだ? 歩幅を極端に制限するし、室内ではその帽子のつばが邪魔になる。極めつけは、そのバッグ。金属チェーンのせいで無駄に重い上に、A4のパンフレットすら入らない。お前は一体、何と戦いに来たんだ? 間違いなく足と肩が死ぬぞ」



 僕が普通のデイパックにトレイルランニングシューズという、長時間の歩行を想定した極限まで無駄のないスタイルから冷酷なファクトを突きつけると、若葉は顔を真っ赤にして猛抗議してきた。



「なっ……!? べ、別に先輩とのお出かけだからって気合いを入れたわけじゃありませんからね! 休日に出歩くアーバンなレディとしての、洗練された装いなだけですぅ!」

「お待たせしましたーっ!」



 若葉が必死の強がりを叫んだ直後、背後から場違いな大声が響いた。

 振り返ると、そこには目を疑うような光景があった。



 黄色い安全ヘルメットに、煌々と光るヘッドライト。

 ダボダボの作業着つなぎの裾を、泥除け用の『ゴム長靴』にしっかりとインした完璧なガチ発掘スタイル。

 リュックからは、凶器のような園芸用シャベルが天に向かって飛び出している。



「準備万端です! いつでも日本の暗部を掘り起こせます!」

「どこに炭鉱を掘りに行くつもりだ、お前は!」

「ちょっと! 一緒に歩きたくないんですけど! 絶対に近づかないでくださいよ!?」



 満面の笑みを浮かべる里見さんに、若葉が悲鳴のような拒絶を突きつけた。

 リゾート仕様のアーバンガールと、ゴム長靴の発掘業者。

 並んで歩くだけで視覚の暴力だ。僕はすでに今日という日に絶望し始めていた。



「お待たせ! 絶好の青春日和だね! さあ乗って乗って!」



 駅のロータリーに滑り込んできたのは、フロントガラスに燦然と輝く『初心者マーク』を貼り付けた、背の高い軽ワゴンだった。運転席からは佐倉先生が嬉しそうに手を振っている。



「先生の運転でドライブなんて、青春だね!」



 ウインカーの代わりにワイパーを元気に作動させながら、佐倉先生の車は不穏なエンジン音と共に発進した。

 そこからの道中は、控えめに言って地獄だった。



 剛性や空力設計とは無縁のペラペラな軽ワゴンは、高速道路に出た途端、横風に煽られてガタガタと悲鳴を上げた。

 合流車線で「ひぃっ! トラックこわい!」と悲鳴を上げる佐倉先生。

 僕は後部座席でシートベルトを限界までキツく締め上げ、無表情のまま『初心者ドライバーによる高速道路での死亡事故発生率』を脳内で弾き出していた。



「先生! カーナビの指示に従ってはいけません! それはディープステートの監視網です!」

「えっ!? じゃ、じゃあどうすればいいの!?」

「私の事前調査によれば、次のインターで降りるのが真実です!」

「わ、分かったわ! エイッ!」

「おい、やめろ馬鹿。そこは出口じゃない、高速道路の管理センターだ!」



 車内は完全にパニック状態だった。

 隣を見ると、若葉がドア上のアシストグリップを指の関節が白くなるほど強く握りしめ、ガタガタと震えている。



「なんで私、休日に命の危機を感じてるの……」



 涙目で呟く彼女のヒールが、虚しくフロアマットを叩いていた。



 数十分後。

 奇跡的に死者を出すことなく、僕たちは歴館の駐車場に到着した。

 全員が命拾いした顔で這い出るように車を降りる。



「はぁ、はぁ……着いた……生きてる……」

「さあ、行きましょう! 真実の扉が私たちを待っています!」



 ふらつく若葉とは対照的に、里見さんは無尽蔵の体力でヘッドライトを点灯させた。

 だが、駐車場から少し歩き、入り口の案内図を見た瞬間――若葉の顔からスッと血の気が引いた。



「うそ……でしょ……」



 目の前に広がるのは、はるか彼方にあるエントランスと、一つの街かと思うほどとてつもなく広大な敷地。

 案内図が示す『第1から第6までの巨大な展示室』という文字と、自分の足元の6センチヒールを交互に見比べ、若葉はついに自らの愚行の代償(絶望)を理解したようだ。



「あっ! 皆さん、見てください!」



 若葉が絶望に打ちひしがれる横で、里見さんが敷地内の土手――『空堀跡』を指差して叫んだ。



「あそこから、古代の強烈な波動を感じます! きっと地中にオーパーツが!」



 言うが早いか、ゴム長靴で泥を踏み締め、リュックからシャベルを抜いて突撃しようとする里見さん。

 僕は深くため息をつき、突進する里見さんのリュックの取っ手を後ろからガッチリと掴んで物理的に制圧した。



「まだ館内にも入ってないだろうが、このエセ発掘業者のコスプレイヤーめ!」



「放してください! 真実があそこに!」とジタバタ暴れるゴム長靴の狂信者と、エントランスの遠さだけで既にHPを半分削られたアーバンガール。



 僕は再び大きくため息をつき、重い足取りで広大なダンジョン(歴館)へと向かって歩き出した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


「歴館編」のスタートです!

初心者マークの顧問による恐怖のデスドライブを経て、ついに歴館に到着した歴史研の面々。


気合の入ったデート服&6センチヒールで来てしまった若葉と、ゴム長靴にシャベルというガチ発掘業者スタイルの里見さん。

TPOを完全に間違えた二人に挟まれ、さらには広大な敷地を前に、エントランスへ入る前から絶望する千葉くんの気苦労が止まりません。


次回(第17話)は、金曜日の【12:20】に更新予定です!


もし今回のエピソードで少しでも「フフッ」と笑っていただけたり、ガチのデート服で来て絶望に打ちひしがれる若葉ちゃんを「本当のデートに連れて行ってあげたい!」と思った方は、

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皆様の温かい応援だけが、若葉ちゃんの「サステナブルなのにTPO皆無な服飾費」の足しとなります!


それでは次回、金曜日のお昼にお会いしましょう!

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