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第12話:カラマーゾフな里見三姉妹 I(智の章)

 どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。

 僕が定位置のパイプ椅子に座ってドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読んでいると、若葉が呆れ顔で下校時間の到来を告げる。



「先輩、またそんな分厚い小説に夢中になって、部室に泊まっていく気ですか?」

「ああ……もう、こんな時間か」



 茜色に染まる通学路を、僕は女の子二人のあまり噛み合わない会話をBGMに、ただ気だるげに歩いていた。



「ああっ! 大変です千葉くん、若ちゃん! 部室に忘れ物をしました! 先に帰っててください!」



 数分前、現歴史研の厄災こと里見結菜は、危険人物の印たる真っ赤なリボン(ポニーテール)を振り乱し、一人で学校へと引き返していった。

 結果として、帰り道には僕と、一年生の後輩である若葉の二人だけが残されることになったわけだ。



「ふふっ、里見先輩って本当にドジですよねー。あんな調子じゃ、いつか絶対にディープステートに消されちゃいますよ」



 若葉はいやに機嫌が良くなり、やたらと距離を詰めて、甘ったるいアーバンガール風の香水の匂いを漂わせてくる。



 その時だった。

 少し先の道端に、見覚えのある不可思議な後ろ姿を見つけた。



「あれ? 里見先輩、あんなところに……ショートカットしてきたんですかね?」



 さっき引き返したはずなのにおかしい。それに格好や雰囲気も微妙に違うような気がする。

 訝しみつつも、若葉は気付いてない里見さんを驚かすチャンスとばかりに、小走りで近づいて背中越しに声をかけた。



「ちょっと里見先輩! こんなところで、またディープステートでも探してるんですか?」



 半分馬鹿にしたような若葉の挑発。いつものように「違います! 今はKGB残党の痕跡を探っているんです!」といったカオスな反論が返ってくる――僕も若葉も、そう思っていた。



 ――しかし。

 振り返った少女の頭で揺れていたのは、真っ赤なハザードマークではなく、理知的なブルーのリボンだった。

 僕はこのとき、それがIQ3の陰謀論者などではなかったことに気が付いた。



「花見川さん、その子は……!」



 第一ボタンまでキッチリと留められた隙のない着こなし。そして何より、他者をゴミを見るかのように見下す、絶対零度の「三白眼」。



「……ディープステート? 何の話ですか。白昼堂々、公道でIQの低い妄言を吐くのはやめていただけますか。私も知り合いだと思われてしまいます」



 身の毛もよだつような、冷たくシニカルなド正論。

 若葉は「顔は里見先輩とほぼ同じなのに、言動が完全にロジカルハラスメント」という致命的なバグに直面し、カエルが蛇に睨まれたように硬直した。



「花見川さん、むやみに話しかけるな。それは里見さんの妹だ」



 呆然とする若葉の横から僕が淡々と告げると、若葉は「い、いもうとぉぉぉ!?」と素っ頓狂な声を上げた。



「お久しぶりです、千葉先輩。相変わらず、姉という名の『災害』の対応、ご愁傷様です。家でも姉が毎晩のように『今日もあの論破メガネに真実を隠蔽された!』と喚いていて、本当に耳障りなんですよ」



 涼やかな笑みを浮かべる少女――里見 智菜(さとみ ともな)。中学三年生にして、里見家の遺伝子の突然変異とも言える冷酷な論理と知性のバケモノである。



「……家でもあの不名誉なあだ名を広めているのか。次はこのボストン型論破メガネで、あいつを紅茶と一緒にマサチューセッツ湾へ沈めたい気分だな」

「ふふ、同感です。最高に胸スカな茶会事件になりそうですね……で、そちらで先ほどから口を開けて突っ立っている、IQが少し控えめそうな方は?」

「ただの迷えるアーバンガールだ。放っておいていい」

「ちょっと待って!? なんで千葉先輩、里見先輩の妹とそんなにツーカーなわけ!? っていうか私の扱い!」



 僕と智菜の淀みないキャッチボールを目の当たりにして、若葉は顔を青ざめさせた。

 美人な上に、自分より圧倒的に知性が高く、おまけに人間嫌いな僕とも波長が合って親し気だ。

 強烈なコンプレックスと謎のライバル意識(?)が、若葉の薄っぺらい自尊心を激しく揺さぶる。



「……まあいいでしょう。来年、私も同じ県立高校に進学しますので。その時はよろしくお願いしますね、先輩」



 智菜がシニカルな笑みで頭を下げた瞬間、何かの危機を直感した若葉が、自身のコンプレックスを棚に上げて必死に捲し立てた。



「ちょっと待って! あなた頭いいんでしょ? もっといい高校……そう、美浜総合とかに行けばいいじゃない! そっちの方が絶対にサステナブルだって!」



 若葉の唐突な煽りに、智菜は不思議そうに首を傾げる。



「偏差値にそこまで大差はありませんよ。それに、余分な時間と交通費をかけて遠くの学校に行って、何か意味があるんでしょうか? 少しは家計の負担とか、経済観念をお持ちになった方がよろしいのではないですか?」

「あ……いや、それは!」



 僕顔負けの冷酷なロジックであっさり論破され、若葉はパニックに陥った。

 


「ち、違うでしょ! 高校選びはもっとこう、自分のポテンシャルにコミットして、サステナブルに将来に向けたシナジーを生み出すべきじゃない!? なのに近場の県立を選ぶなんて、完全に知性のデフォルトだよ!」



 得意げに横文字を乱れ打ちしてマウントを取り返す若葉。しかし、智菜の三白眼はさらに冷たさを増した。



「……はあ。先輩、『デフォルト』の誤用と『シナジー』の修飾関係の破綻については目を瞑るとしても……先ほどから気になっていたのですが、その『サステナブル』という単語」

「えっ?」

「サステナブル。つまり『持続可能』という意味ですが……先輩のその発言、何が『持続可能』なのか文脈から全く理解できません。高校生活における地球環境保護や、再生可能エネルギーの話をしているのですか?」



 自らのアイデンティティーの根底を揺さぶられ、若葉は露骨に狼狽し、しどろもどろに答える。



「そ、それは……っ、そういう、アーバンで今どきの空気感というか……!」

「単に『自分にとって都合が良い』『気分が上がる』程度のニュアンスで、とりあえずサステナブルだなんだと口にするのは、あなたの好きそうなSDGsの理念すら薄っぺらにして、ご自身の語彙力の貧困さを露呈しているだけです。……ひょっとして、ご自身のその『薄っぺらい虚栄心』を持続サステナブルさせたい、という意味でしょうか?」

「あ、あああ……っ!」



 智菜の針をも通す正確な艦砲射撃に図星をぶち抜かれ、若葉は顔から火を出して轟沈した。



「……花見川さん、もうやめておけ。君の浅いサステナブル語彙力じゃ、こいつのインテリジェンスには勝てない。これ以上は動物虐待の域に入る」



 見かねた僕は、瀕死の後輩にせめてもの慈悲をかけるつもりが、意図せずダメ押しの追撃をしてしまう。



「智菜ちゃん。この子、花見川のところのお嬢様だからさ、そういうの疎いんだ。勘弁してやってくれよ」

「……ぐふッ!」



 僕の言葉を受けた智菜は、微塵も感情の籠もらない冷ややかな微笑を浮かべ、三白眼で一瞥をくれた。



「あら、ずいぶんと恵まれたご家庭でお育ちになったんですね。それなら、何も考えなくても心配いりませんね」

「……ひでぶッ!」



 極上の皮肉オーバーキルを放ち、ブルーのリボンを揺らして涼やかな足取りで駅の方へと消えていく次女。



「では、ごきげんよう、千葉先輩。それと……恵まれたお嬢様」

「……」



(特大の経験値ボーナスが獲得できそうな、容赦のないオーバーキルだった……ある意味、里見さんより末恐ろしいバケモノかもしれないな……)



 痛恨のダメ押しの後に残されたのは、プライドもアーバンガールの尊厳もすべて論理で粉砕され、真っ白な灰となって崩れ落ちた若葉と、深くため息をつく僕だけだ。

 もう息をしていない後輩を、どうやって家まで帰すか悩んでいたその時だった。



「ちーばくーん!! 若ちゃーん!!」



 背後から、鼓膜を突き破るような元気な声が響いた。

 振り返ると、真っ赤なハザードマーク(リボン)を千切れんばかりに揺らしながら、現歴史研の厄災……里見 結菜が、満面のドヤ顔で走ってくるではないか。



「ありました! 忘れ物! ほら見てください、部室の裏の茂みに落ちてたこの『スケール(サビた巻き尺)』! これ絶対に、伊能忠敬が日本地図の測量に使っていた歴史的遺物オーパーツですよ!!」



(……いや、伊能忠敬の時代にセンチメートル表記の金属製スケールなんてあるわけないだろ。どう見てもただの工事業者の落とし物だ)



 僕が心の中で秒速のツッコミをいれた、まさにその横で。



「――――ひっ!?」



 若葉の喉から、カエルが潰れたような悲鳴が漏れた。

 彼女の脳内で、智菜の冷たい三白眼と、里見さんのキラキラした瞳が完全にバグを起こして交差する。

 つい数秒前まで自分のアイデンティティを惨殺した『冷酷な論破マシーン』と、同じ顔(狂気の美人)が迫ってきたのだから無理もない。



「ああああああっ!! む、無理! こっち来ないで! 論破しないで!! もうSDGsと家計の負担の話はしたくないぃぃぃっ!!」

「えっ!? 若ちゃん!? どうしたんですか、いきなり頭抱えて!? 測量!? 伊能忠敬の情熱が乗り移って、歩幅で距離を測りたくなったんですか!?」

「いやぁぁぁーーっ! 同じ顔で近づかないでぇぇぇっ!!」



 見当違いの心配をして巻き尺片手に距離を詰めてくる本物カオスと、その顔面自体にトラウマを植え付けられ、涙目で後ずさる哀れなアーバンガール。

 傍から見れば、ただの美人な先輩と後輩の微笑ましいお戯れ風景だが……その実態は、救いようのない地獄絵図である。



 僕は夕日に向かって狂乱する二人から少しだけ距離を置くと、呆れ果てて、鼻にかかったボストン型のメガネを押し上げた。



(……ドストエフスキーも、まさか自分の大作が極東の田舎町でこんな喜劇のメタファーにされるとは、夢にも思わなかっただろうな)



 鞄の中で静かに眠る分厚い『カラマーゾフの兄弟』の重みを感じながら、僕は深く、今日一番の溜息を吐いた。



 ……ああ、今日も哀れなアーバンガールは、やっぱり救われなかったのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


里見家の突然変異(というか、女版千葉くん)である次女・智菜の登場回、いかがだったでしょうか?

意識高い系アーバンガールこと若葉ちゃんの「薄っぺらいサステナブル語彙力」が、中学生の冷酷なロジックの前に木端微塵に粉砕されるという、哀れすぎる公開処刑オーバーキル回となってしまいました。

トラウマまで植え付けられてしまった若葉ちゃんに、果たして安息の日は訪れるのでしょうか……。


【※読者の皆様へ:タイトル統一のお知らせ※】

いつも応援ありがとうございます!

他媒体(カクヨム等)でも連載している本作ですが、この度すべてのサイトで看板を統一するため、今週末の金曜日のタイミングで、タイトルを以下の通り変更いたします。


新タイトル:『同じ部活の美少女がIQ3のトンデモ陰謀論者すぎて、僕が毎日へし折ってます』


先日変更したばかりで恐縮ですが、千葉くんの冷ややかなツッコミも、里見さんの狂気も、若葉ちゃんの不憫さも中身は一切変わりませんので、どうぞご安心ください! 引き続きお楽しみいただけますと幸いです。


次回(第13話)は、金曜日の【12:20】に更新予定です!


もし今回のエピソードで少しでも「フフッ」と笑っていただけたり、冷酷無比な論理武装マシーンたる次女・智菜に論破されたい! と思われた方は、

是非、ページ下部からの【いいね】ボタンや、

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皆様の温かい応援だけが、真っ白な灰になった若葉ちゃんにアーバンな慈悲を与えられます。


それでは皆様、今週も無理せず頑張りましょう!

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