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vol.63 めぐみ、零に宣戦布告!?

「すいませーん!

 零さん、いますかぁ?」


 受付の空気が、びりりと破れた。

 都内、エンペラーレコード。

 業界最大手。

 大理石の床。

 静かな照明。

 そこに私の声は、あまりにもデカすぎた。

 スタッフの視線が痛い。


「え?」

「うそ!?」

「Dream Jumpsのめぐみちゃん!?」


 声が廊下に跳ねる。

 壁に跳ね返り、受付の空気が一瞬だけ固まる。

 鬼の形相をしたマネージャーが飛んでくる。


「申し訳ありません!

 めぐみさん、アポイントメントのない面会は――」


「あのっ、でもちょっとだけ!

 零さんとお話したいんです!」


 大人の事情。

 その壁を強引にこじ開けるしかない。


「お願いっ!

 顔を見るだけでいいんです!」


「困ります」


「困らせたいわけじゃなくて!」


「いや、ですから!」


 やっぱり分厚い。

 マネージャーの手が、私の肩に伸びた。

 その時。


「……通してあげて」


 世界が、一瞬で静音になった。

 氷の鈴を鳴らしたような、凛とした響き。

 逆光を背負い、まるで光そのものを従えている。

 視線の先が固まる。


 一条零。


 うわぁ……。


 思わず、ごくりと喉を鳴らす。

 同じ人間なのかな。

 透けるような白い肌。

 夜の闇を溶かしたような黒髪。

 圧倒的な格の違い。

 足がすくむ。


「その眼差し、その声、抑えきれない熱量……

 彼の『音』を求める者ならば、拒む理由はないわ」


 マネージャーが、魔法にかかったみたいに道を空ける。

 案内された部屋は、教会みたいに静か。

 白いレースのカーテンが、風もないのにゆらりと揺れる。

 革張りのソファに腰を下ろした零さんは、触れれば壊れてしまいそうな硝子細工。

 それでいて誰も寄せ付けない神殿みたい。

 私は借りてきた猫みたいに縮こまる。


「あ、あの……はじめまして、Dream Jumpsのめぐみ、です……」


 声、裏返っちゃった。

 零さんは長いまつ毛を伏せ、ふわりと微笑む。


「……ふふ。

 あなたが、あの星屑の海でひときわ騒がしく瞬く星、めぐみさんね」


「は、はい!

 騒がしくてすみません!」


 零さんは組んだ足をゆっくりとほどき、詩を歌うように言った。


「あなたの放つ光は、あまりに純粋。

 まるで、燃え尽きることを恐れない超新星のよう……」


「ちょ……え?

 ちょうしん……?」


 頭の中で、回路がショートする音がした。

 難しい単語。

 高尚な雰囲気。


 どうしよう。


 何か賢いこと言わなきゃ。


 焦って、ぐるぐる目を泳がせて、零さんの顔を見つめて、必死に脳みそを絞って。

 出てきた言葉は――。


「ぜ、零さんは……アレです!

 お月さまみたいですっ!

 夜空にポカーンって浮いてるやつ!」


 語彙力が死んだ。

 言ってしまってから、私は「あちゃー」と口元を押さえる。

 でも零さんは怒らなかった。

 むしろ、愛しいものを見るみたいに目を細める。


「月……ええ、悪くない暗喩ね」


 彼女は窓の外、昼の空には見えない星を探すように視線をあげる。


「月は自ら熱を発することはない。

 ただ太陽の愛を受け止め、その身に映し、暗い夜の道標となるもの」


 零さんの指先が、宙に何かを描く。


「創造とは、光をなぞることではないの。

 自己という器と、世界の波紋が重なり合った刹那、はじめて生まれる響き。

 ……そうは思わない?」


 私は瞬きをパチクリ。

 やっぱり、ぜんぜんわからない。

 けれど、その声があまりに綺麗で、なんだか切なくて、胸がキュッとなった。


「え、えっと……はい、そうです!

 たぶん……。

 ……すごく、素敵です!」


 精一杯の背伸び。

 その正直すぎる反応に、零さんの瞳の奥で小さく光が揺れた。


「ふふ、素直な子」


 褒められた。

 たぶん。


 私は「えへへ」と照れくさそうに頬をかき、その勢いで一番言いたかったことを叫んだ。


「あの、私……けんたろうさんの曲を、ぜったい歌いたいんです!」


 その名前を出した瞬間、私の中から迷いが消えた。


「零さんだって、けんたろうさんの曲を待ってるんですよね?

 零さんみたいに綺麗でも、賢くても……私、負けませんからっ!」


 胸に両手をギュッと当て、まっすぐに零さんを見つめる。

 震えは、もう止まっていた。


「私、絶対に零さんより先に、けんたろうさんの新しい世界を歌ってみせます!」


 その無垢な宣戦布告。

 零さんは眩しいものを見るように目を細めた。


「……太陽は、雲に隠れることはあっても、その光が地上に届かぬことはない」


 零さんは立ち上がり、私へ一歩近づく。

 冷やりとするほどの香水の香りが、ふわりと漂った。


「けれど、私は……ひたすら静かに、その光が私の上に差し込むのを待つのです」


「待つ……ですか?」


「ええ。

 彼は、感情を偽らず、そのまま音に刻むことができる希有な魂」


 零さんの声色が、ふと温度を帯びる。


「だからこそ、私のための音は、彼自身の心が『私のために在る』と叫ぶ瞬間を待つしかない。

 強く求めて、手折れる花ではないのよ」


 それは諦めじゃない。

 祈り。

 神様からの啓示を待つ巫女さんみたいな、凄みのある祈り。


 私は、その迫力に気圧されそうになって、ぶんぶんと首を横に振った。


「……すごいなぁ。

 でも、私はそれでも、走ります!

 迎えに行きます!」


「……それでいい」


 零さんは聖母のような微笑みを浮かべた。


「走りなさい。

 あなたのその眩しさが、彼の世界を照らすこともあるでしょう。

 たとえ私と競い合うことになっても、その光は紛れもない真実だわ」


 敵なのに、応援されてる。

 不思議な心地よさが胸に広がる。

 私は零さんの圧倒的な引力に背中を押された気がして、深々と頭を下げた。


「ありがとうございましたっ!」


 顔を上げたとき、頬は興奮で赤く染まっていた。

 部屋を飛び出し、廊下を走る。

 心臓が早鐘を打っている。

 エレベーターホールまで来て、壁に手をつき、はあはあと息を整えた。

 零さんの言葉が、まだ残ってる。

 あんなに凄い人が、待ってる。

 ただ静かに、祈るみたいに。


 そこでふと、ある事実に気づいて、私は叫んだ。


「ていうか……

 あの一条零を待たせるなんて、けんたろうってどんな男なのよーっ!?」

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