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vol.64 めぐみ、恋人の砦へ(前編)

 あの日。

 Dream JumpsとMidnight Verdictの共演。

 悔しいのに、忘れられなくて。

 だから私は今日も、真夜中の影を追いかけている。


 同じユーロビートをやってるんだもん。

 何か知ってるはず。

 そう固く決めた私は、シャイニーレコードの前に立っていた。


 社名プレートが綺麗すぎて、私の顔が歪んで映った。

 二度のアポなし訪問。

 警戒されていて当然。

 なのに足は来てしまった。

 喉は乾いているのに、心臓だけがやたらと元気だ。


 私は息を吸って、アイドルスマイルを顔に貼る。

 貼った瞬間だけ、私って無敵かも、と錯覚できる。

 錯覚でいい。

 今日はそれが武器だ。


「すいませーん!

 Dream Jumpsのめぐみです!

 ジャパンテレビの『突撃!アイドルの楽屋訪問』のロケハンで、ご挨拶に伺いましたー!」


 受付の人の目が丸くなる。

 聞いてないって顔。

 そりゃそう。

 そんな話ないもんね。

 聞いてない顔の人は、断る言葉を探すのに一瞬遅れる。


「え?

 聞いておりませんが……」


「失礼しまーす!」


 私は頭を下げて、音を立てないように奥へ滑り込む。

 背中で声が割れる。


「え!?ちょっ……!」

「Dream Jumpsのめぐみちゃん!?」


 胸が痛い。

 でも止まらない。

 止まったら、あの夜の視線にまたつまづく。


 結局私は、通されたという形にされて、一つのドアの前に立っていた。

 深呼吸。

 指先が冷たい。

 ドアノブが妙に重い。


 ドアの先。


 スモークはない。

 スポットライトもない。

 それでも、空気の密度が違う。


 六人が、いた。


 中央に、けいとさん。

 漆黒のドレスじゃないのに、夜をまとっているみたいだった。

 立っているだけで、試合を決めるような重力。

 他になんて言えばよいのだろう。

 他の言葉が見つからない。


 あやさんの視線は、あの夜みたいに鋭い。

「可愛いお客さん」と笑うのに、狩りの前の猫みたいに余裕がある。


 さやかさんは柔らかく微笑む。

 柔らかいのに、私が踏み込めない線を引いている。


 かおりさんは無言で、私の嘘の縫い目を探す目をしている。

 見られるだけで、背中の汗が増える。


 ひなたさんは、面白いものを見つけた観客の顔。

 笑いが、私の足元を軽く蹴る。


 こはるさんだけが、ふわっと目を丸くして、私を人として見てくれる気がした。

 その無邪気さが、逆に怖い。

 ここで無邪気でいられる人は、強い。


 私は思わず、声を漏らした。

「わぁ……」

 作り物じゃないやつが出た。

 恥ずかしい。

 でも止められない。


「はじめまして!

 いえ、お久しぶりです!

 Dream Jumpsのめぐみです!」


 私は腰を折る。

 礼の角度だけは誤魔化さない。

 敬意と、そして宣戦布告を込めて。


「突然すみません。

 どうしてもお聞きしたいことがあって……!」


 けいとさんが私を見た。

 知的で、涼しくて、逃げ道を与えない目。


「ええ、存じています。

 あなたの真っ直ぐな情熱は、遠くにいても伝わってきます」


 皮肉の中に、わずかな慈愛が混じっている気がした。

 でも、それは「余裕」。


「……それにしても、随分と大胆なロケハンですね。

 カメラもなしに」


 心臓がきゅっとなる。

 全てお見通し。

 叱られてる?

 でも、覚えられてる。

 その事実が、悔しいのに嬉しい。


 あやさんが口元を上げる。

 空気が少しだけ柔らぐ。

 ほんの少しだけ。


「まあまあ、けいと。

 可愛い後輩の熱意じゃない?」


「ねえ、めぐみちゃん。

 何が聞きたいの?」


 私は喉を鳴らした。

 ここまで来た。

 あの夜の私を引っ張ってきた。

 なら言う。


「私……どうしても、けんたろうさんの曲を歌いたいんです!」


 名前を出した瞬間。

 部屋の温度が落ちた。

 落ちたというより、凍った。


 こはるさんが小さく息を漏らす。

 両手で口を覆う。

 しまった、という顔。

 その顔が、私の背中を押す。


「同じユーロビートをやってるMidnight Verdictさんなら、何か知ってるはずだって思って……」


 けいとさんの声が、きれいに硬くなる。

 きれいな硬さは、いちばん怖い。


「けんたろうさんは……私たちの音楽にとって、良き理解者の一人です。

 ですが、外部の方に楽曲を提供しているという話は、存じ上げませんわ」


 丁寧な否定。

 否定の形をした防壁。

 私はあの夜の視線を思い出す。

 まだ早い。

 だから何。

 早くなるまでやるだけだ。


「でも、もったいないです!」


 私の声が、少しだけ裏返る。

 それでも言う。


「けんたろうさんの曲って、ただノリがいいだけじゃない。

 聴いてると胸の奥がぎゅーってなって、体の底から、エネルギーが湧いてくるんです!


 言ったあと、顔が熱い。


「宇宙の法則が音になったみたいで……私は、あれを歌いたい!」


 子どもみたいな言い方だ。

 でも私は、子どもみたいに本気だ。


 けいとさんが、ほんの一瞬だけ瞬きを忘れた。

 その一瞬が見えた。

 女王の重力に、細い亀裂が走る瞬間。

 私は見逃さない。


「……確かに、彼の音楽には人を惹きつける力があります。

 ですが、彼の楽曲は、彼自身の魂と深く結びついている。

 簡単に、他の方へ渡せるものではないのかもしれませんよ」


 魂。

 その言葉が、一般論に見せかけた個人の匂いを帯びている。

 私は心の中で、確信に触れる。

 この人たちは知っている。

 だから守ってる。


「そんな……」


 肩が落ちる。

 でも目は落ちない。


「それでも歌いたいです!

 どうしたら、けんたろうさんの心を動かせますか?」


 沈黙。

 六人の視線が、ほんの少しずつ位置を変える。

 秘密は、言葉より雄弁だ。


 沈黙が支配する部屋の中で、私は一つの確信を得ていた。

 彼女たちの強張った表情。

 視線の交錯。

 そこには、「知らない」という無関心ではなく、「隠している」という緊張があった。


 けいとさんの唇が、ほんのわずかに弧を描きかける。

 微笑みになる前の、気配。

 その気配だけで、私は確信する。


(やっぱり、この人たちは知っている)


 女王たちは、何かを隠している。

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