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vol.62 めぐみ、二度の突撃!天才作曲家を追って

「すいませーん!」


 弾けるような明るい声が、Rogue Soundの事務所に響き渡る。

 まるで夏の日差しが、ドアを蹴破って入ってきたような勢い。


「けんたろうさん、いますかぁ?」


 現れたのは、フリルのついた私服に身を包んだ少女。

 髪の揺れ方まで、テレビのまま。


 国民的アイドルグループ、Dream Jumpsのセンター、めぐみ。


 デスクワークをしていた綾音の手が止まる。

 目が真ん丸になる。


「え?

 Dream Jumpsの……めぐみちゃん!?」


 天下のトップアイドルが、アポなしで弱小事務所に突撃。

 こんなこと、誰が想像できるだろうか。


 だが、綾音はプロ。

 瞬時に驚きを飲み込み、表情筋を「仕事用」に切り替える。


「いらっしゃいませ。

 本日はどのようなご用件でしょうか?」


 冷静沈着。

 鉄壁のガード。


 当のめぐみはそんな綾音の壁なんて見えていない。

 キョロキョロと室内を見回した。


「けんたろうさん、きっとここにいるんですよね?」


 上目遣いで、綾音に迫る。

 その瞳は、子猫のように無垢。

 同時に、獲物を探すハンターのように計算高く輝く。


「ほら、この前ユージさんがテレビで言ってたじゃないですか!

 『本物の音楽の夢を見せてやる』って!」


 身を乗り出して熱弁を振るうめぐみ。


「それって、けんたろうさんの音楽のことですよね!?」


 語尾に星がついているみたいに明るいのに、内容は一直線だ。

 だが、綾音は揺らがない。


「申し訳ありません」


 事務的な声で、ピシャリとシャッターを下ろす。


「けんたろうは今、Synaptic Driveの楽曲制作で集中していますので、外部の方との面会は一切、お断りしております。

 ご予約なしでは、たとえどなたであっても……」


 取り付く島もない。

 めぐみは肩を落とし、わざとらしくぷくっと頬を膨らませる。


「ちぇっ、だめだったかぁ……」


 その仕草一つとっても、カメラのアングルを意識したかのように完璧だ。

 まさかこんなにあっさり断られるとは。

 そんな不満顔さえも、絵になる。


 だが、めぐみはこんなことで諦めるようなタマではない。

 次なるターゲットは、テレビ局だった。

 Synaptic Driveが注目されている今、必ず番組収録があるはずだ。

 彼女の読みは的中した。


 局の長い廊下。

 向こうから、けんたろうとユージ、そして綾音が歩いてくるのが見えた。


「あ!」


 めぐみは獲物を見つけた獣のように、駆け出そうとする。

 しかし。

 スッ。

 綾音が、けんたろうの前に立ち塞がる。

 まるで要人警護のSP。

 けんたろうって、大統領か何かなの?

 視線すら通さない鉄壁のガードで、けんたろうを隠しながら移動する。


「もう!」


 めぐみは唇を尖らせる。


「綾音さんってば、けんたろうさんを隠しすぎですよ!」


 ガードが堅すぎて、けんたろうの姿さえ見れない。

 なら、作戦変更だ。

 めぐみは瞬時に標的を切り替えた。


「ユージさーん!」


 小走りでユージの横に並ぶ。


「この前の煽り、ひどかったですよぉ!」


 非難がましい視線を向けるが、その瞳は潤んでいる。

 怒っているようには見えない。

 むしろ、甘えているようにさえ見える。

 ユージは足を止めず、どこ吹く風といった様子で笑う。


「そうか?

 わりぃわりぃ、つい熱くなっちまったんだよな!」


 テレビで見てる、いつもの軽い口調

 反省なんかしてないでしょ……

 めぐみは、そんなことは織り込み済みとばかりに、本題に切り込む。


「それで、けんたろうさんは元気ですか?

 あんなすごい曲作る人、他にいませんよ!」


 めぐみの瞳が、キラキラと輝く。

 まるで星を見上げる少女のように。

 その純粋な称賛に、ユージは悪い気はしなかったらしい。

 得意げに胸を張った。


「バリバリよっ!

 あいつは音楽が溢れ出てるんだからな!

 例えるなら……そうだな」


 ユージはニヤリと笑って、とんでもないことを言った。


「まるで原子力発電所みてーな作曲家だよ!」


「げ、原子力発電所……!?」


 めぐみは一瞬、目を丸くして固まった。

 アイドルの語彙にない単語。

 けれど、彼女はすぐに表情を引き締めた。

 演技じみた甘さを捨て、まっすぐな、切実な光を瞳に宿してユージに迫る。


「でも……」


 一歩、近づく。

 その気迫は、ただのファンのそれとは明らかに違っていた。


「それくらいすごいですもんね……」


 ぐっと拳を握りしめる。


「私、どうしてもけんたろうさんの歌が歌いたいんです!」


 瞳を潤ませながらも、決して逸らされない強い視線。

 その姿に、ユージは一瞬、いつもの軽薄な笑みを消した。

 彼の脳裏に、歌姫の姿がフラッシュバックする。

 同じような熱量で、けんたろうの音楽を渇望した……


(……なんか、一条零みたいだな)


 この小さなアイドルの内側に、あの歌姫と同じ種類の「執念」が見える。

 ユージは内心でぽつりと呟くと、すぐにニヤリとした笑みに戻り、そのシリアスな記憶をかき消した。


「あいつは天才だからな!

 Dream Jumpsにはまだ難しいんだよ、じゃあな!」


 そう言い放つと、ユージはどこか逃げるように、けんたろうと共に足早にその場を立ち去っていく。


「あーん、ばかー!」


 取り残されためぐみは、去っていく二人の背中に向かって叫んだ。

 その声は、廊下に虚しく響く。


「私のことをこんなに足蹴にするなんて……」


 めぐみは、悔しさと、そして抑えきれない好奇心で唇を噛んだ。


「一体、どんな男なのよ……!」


 簡単に手に入らないからこそ、燃える。

 遠ざかる背中を見つめながら、めぐみは胸の奥で奇妙なうずきを感じていた。

 それはまだ恋でも愛でもない。

 けれど、なぜだろう。


 あの背中を追いかけていけば、自分の運命が、そしてまだ見ぬ未来の何かが、大きく変わる予感がした。

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