vol.5 女王の輝きと砂の城
Synaptic Driveが衝撃のデビューを飾った頃。
世界の視線は、僕たちへ向いていなかった。
Midnight Verdictが、あまりにも眩しい光を放っていたからだ。
午後の気だるい空気の中、何気なくつけたテレビが、事務所の一室を一瞬でライブ会場へ変えた。
ソファの端に座っていたユージも、黙って画面を見ている。
そこに、彼女たちがいた。
Midnight Verdictの六人は、全員がけいとさんと同い年。
僕より五つ年上のお姉さんたちだ。
普段なら、からかわれたり、頭を撫でられたりする距離にいた。
その輪の中にいるときの僕は、何者でもなくてよかった。
けれど、いま画面に映っているのは、僕の知っているお姉さんたちではない。
別世界を支配する、六人の女王だった。
音楽番組の特別企画。
Midnight Verdictの新曲『ETERNAL BEAT』発表ライブが、生中継されている。
永遠に鳴り響け ETERNAL BEAT
止められない 鼓動と誇り
未来すらも リズムでねじ伏せて
今、私が 私を叫ぶ
センターのあやさんが笑う。
マイクを握る手。
ギターをかき鳴らす腕。
普段はユージの隣で無邪気に笑い、僕を勢いだけで励ましてくれる、あやさんの手だ。
「けんたろうちゃん、元気出してこー!」
そんな声で無茶ぶりされるたび、困りながらも笑ってしまった。
いま、その長い髪がなびくたびに、会場全体がどよめいている。
伸びやかな歌声が、観客の熱を一気に沸騰させていく。
ユージの恋人は、こんなにも遠い場所にいる。
画面の光を受けたユージの手が、膝の上で強く握られていた。
あやさんの隣では、けいとさんがキーボードに向かっている。
さらさらの黒髪が、指の動きに合わせて揺れる。
彼女の音は、いつも冷たかった。
研ぎ澄まされた刃みたいに鋭くて、それなのに、不思議と胸の奥へ残る。
ユーロビートのメロディが、会場の空気を切り裂いていく。
けいとさんは、何も見ていなかった。
観客も、カメラも、僕も。
ただ一点を見つめ、音を紡いでいる。
その瞳には、僕にはもう見えない景色が映っていた。
クールで、知的で、近づくものすべてを拒むような横顔。
公園で僕の髪を撫でた人と、同じ人には見えなかった。
ああ——。
僕の恋人は、もう手の届かない場所にいる。
ドラムのさやかさんは、いつものように真面目でおしとやかな表情を崩さない。
けれど、スネアの一打ごとに、ボブヘアが小刻みに跳ねる。
いつも僕に優しく微笑んでくれる彼女の、職人のような厳しい横顔。
ベースのかおりさん。
ミステリアスな空気をまとって、重いラインを奏でる。
その音が、バンド全体を下から支えている。
彼女とは、あまり話さない。
でも、気をつかってくれる。
何も言わずに、僕の隣に座ってくれたことがあった。
彼女の低音は、まるで深海を思わせる。
暗く、深く、でも確かにそこに在る。
明るい色のボブヘアを揺らして、ステージを縦横無尽に走り回るのは、ダンスとコーラスのひなたちゃん。
小悪魔系のウインクと、悪ノリ寸前の煽りで、客席が炎みたいに揺れる。
あの煽り声で、何度からかわれたことか。
「けーんたろー、顔真っ赤!初々しー!」
からかわれながらも、なぜか嫌じゃなくて、結局笑ってしまう。
こはるちゃんは、ふわふわの衣装でパーカッションを叩いている。
ゆるふわ天然全開。
時々うっかりした顔をして、でも——その歌声は誰よりも優しい。
いつも僕の話を聞いて、共感してくれる。
「けんたろうちゃん、わかるよー」って、ふわっと笑ってくれる。
柔らかなコーラスが、バンドのサウンドに温かさを加えていく。
それは、僕の知ってる優しさと同じで——
でも、何万人もの心に届く強さを持っていた。
ドラム、ベース、パーカッションが重なり、巨大な熱を下から押し上げる。
ステージを駆ける影と、幾重にも重なるコーラス。
その歌声には、僕が知っている優しさと同じ温度があった。
でも、その優しさはもう、僕一人だけへ向けられるものではない。
何万人もの心に届く強さを持っていた。
新曲がサビへ入った瞬間、会場の熱気が爆発する。
夜の果てへ 踊り続けて
It's our time, this is ETERNAL BEAT
ファンが一斉にペンライトを振る。
六人の名前を呼ぶ声が、巨大な波になって押し寄せる。
色とりどりの光の海。
ステージと客席が溶け合い、一つの生き物のように脈打っている。
「もう、隣にいてくれたけいとさんじゃない……」
僕の声は、歓声にのみ込まれた。
♪ ♪ ♪
【音楽チャート】
1 一条零 『光の裏の闇』
2 Midnight Verdict 『ETERNAL BEAT』
3 一条零 『常緑』
4 一条零 『EXCHANGE SACRIFICE』
5 Midnight Verdict 『ROYAL ILLUSION』
6 一条零 『GLASS LOGIC』
7 タツヤ 『Leave it to me』
8 アミ 『Scientific Love』
9 Midnight Verdict 『ROMANCE CODE』
10 一条零 『THE APPLE TREE』
89 Synaptic Drive 『BABY I WANT U』
デビューライブで起きた熱狂も、この数字の前では、ひどく小さく見えた。
女王たちが築いた城は、遠くからでも見上げられるほど高い。
けいとさん、輝いてる……
本当に、僕たちは追いつけるんだろうか……
何度砂を掘って積み上げても、波に削り取られる。
明るい未来が見えない。
頭の中に、砂を掘る音が鳴りやまない感覚に陥る。
♪ ♪ ♪
【ネット民の反応】
「『ETERNAL BEAT』、最高すぎた。Midnight Verdictはやっぱり強い」
「けいと様のキーボード、あの指先からどうやったらあんな音が出るんだよ」
「あやちゃん、歌もギターも化け物だろ。笑顔との落差がすごい」
「シルエットのキーボード、これで終わるか、次で化けるかだな」
「現場で聴いたけど、曲は本物だったぞ」
「もう他のユーロビートバンドなんて目に入らない。Midnight Verdict一択」
「一条零の一強に穴をあけられるか??」
「Midnight Verdictが時代を変える!!!」
【メディアの反応】
『女王の座へ、また一歩』
『ユーロビートの新たな夜明け』
『チャートは今週も一条零が席巻。
そこへ割って入ったMidnight Verdictの勢いは、もう誰にも止められない』
ニュースサイトの見出しも、示し合わせたように彼女たちを称えている。
Synaptic Driveの名前は、どこにもない。
それでも僕たちは、八十九位にいる。
広大な砂浜の片隅に、小さくても、自分たちの城を作った。
♪ ♪ ♪
テレビを消すと、急に部屋が静かになった。
ユージが、暗くなった画面を見たまま口を開く。
「俺は、あやを追いかける」
その目に、さっきまでの軽さはなかった。
「けんたろうは、けいとちゃんだろ?」
「うん」
僕はテレビから離れ、キーボードの前へ座った。
「だから、ユージ」
「なんだ?」
「次の曲を聴いてくれる?」
ユージが、いつものように口角を上げる。
「当たり前だろ。
けんたろうの曲を、誰よりもかっこよく歌ってやるのが俺の仕事だろ?」
鍵盤の上へ、指を置く。
まだ耳の奥には、『ETERNAL BEAT』の眩しい音が残っていた。
胸から溢れた思いが、指先へ流れ込んでいく。
最初に鳴らしたのは、憧れの音なんかじゃなかった。




