vol.305 リサとミナ
気合いを入れた後は、冷徹な戦略の時間だ。
美咲はボードの前に立ち、厳しい表情で腕を組んだ。
「いい?
よく聞きなさい。
G2の方針は『大衆化』よ」
美咲は続ける。
「セクシーさを前面に出す方針は変わらない。
けれど、ただ過激なだけじゃ一般層は引いてしまう。
必要なのは、嫌味のない、大衆が本能的に求めてしまう『蜜』のような魅力。
……そのためには、誰かが泥を被り、誰かが光を浴びる必要がある」
リサが一歩前に出た。
「それなら、汚れ役……ヒールは引き続き、私とミナが担います。
新メンバーに最初から泥を被らせるわけにはいきません」
オリジナルメンバーとしての責任感。
しかし、それを遮るように、ミナが鼻で笑った。
「いや。ヒールはアタシ一人でいい」
「ミナ?」
「二人で嫌われてどうすんの。
叩く的は一つでいいんだよ。
アタシが前に出て、笑って煽って、全部こっちに集める。
その間に、リサは後ろでグループを立たせろ」
「ふざけないで」
リサの声が、低く沈んだ。
「アンタ一人を盾にして勝つくらいなら、私も一緒に嫌われる。
それが相棒でしょ」
「だからダメなんだよ」
ミナは笑っていた。
だが、その目だけは少しも笑っていなかった。
「リサまで泥だらけになったら、誰がこのグループを信じさせるんだよ。
新入りどもはまだ危なっかしい。
アキナは派手すぎるし、ユミは嘘くさいし、フウカは毒だし、スズカは……まあ、なんかヤバい。
でも、リサが真ん中に立ってれば、ギリギリ『これは本気なんだ』って思わせられる」
「……」
「アタシは嫌われても平気な顔ができる。
でもアンタは、みんなに信じさせる顔をしてなきゃダメだ。
リサ、アンタは、Crimson Kissの顔なんだから」
リサは唇を噛み締めた。
反論したい。
ミナ一人に傷を負わせるなんて、許したくなかった。
けれど、分かってしまった。
ミナは逃げているのではない。
一番痛い場所に、自分から立とうとしている。
「……分かった、なんて簡単に言えるわけないでしょ」
リサは小さく息を吐いた。
「でも、そこまで言うなら、私も逃げない。
ミナをただの盾にはしない。
ミナが浴びた泥ごと、全部ステージの光に変えてみせる」
「へっ、いいじゃん。
そういうの、リーダーっぽい」
二人の拳が、軽く触れ合う。
美咲は、そのやり取りを黙って見ていた。
そして、満足げに口角を上げる。
「なら、正式にそうしましょう」
「……え?」
リサが顔を上げる。
「リサ。
あなたをCrimson Kiss G2のリーダーに任命する」
美咲はボードに、リサの名前を大きく書いた。
「ミナは盾、リサは旗よ。
盾が前に出る、旗が導く。
それがG2の基本陣形よ」
美咲は次々と名前を書き出した。
「表のフロントは、アキナ、ユミ、そしてレナ。
アキナの『肉体』、ユミの『あざとさ』、レナの『大人の色気』。
この三つで、まずは世間の目を釘付けにしなさい」
「はいっ!
どーんと行きますよ!」
「ふふ、骨抜きにしますね」
「そしてアクセントがシホとフウカ。
知性と毒で深みを与えなさい」
「……胃薬、用意しておきます」
「えへへ、毒盛っちゃうぞ~」
そして。
美咲の視線が、部屋の隅で静かに佇む、最後の一人に向けられた。
「スズカ」
呼ばれた黒髪の女性が、ゆっくりと顔を上げる。
その冷ややかな瞳。
たたずまい。
「スズカは……来るべき時まで『温存』よ」
美咲の声が低くなる。
「あんたは秘密兵器。
表向きは後ろに控え、敵の情報を分析しなさい。
そして――彼が最も油断したタイミングで、その懐に飛び込むのよ」
美咲は歪んだ笑みを浮かべた。
「彼の音楽の源泉が『愛』だと言うなら。
その愛を揺さぶられたら……彼の『音』はどう歪むかしらね?」
スズカは無表情のまま、しかしその瞳の奥に獲物を狙う鋭い光を宿して頷いた。
数日後。
新生Crimson Kiss G2の発表は、ネット上を瞬く間に席巻した。
【ネットの反応】
「クリキス増員!?8人とか多すぎw」
「新メンのアキナって子のスタイルやばくない?」
「レナさん美人すぎ。推せる」
「結局ミナが一番悪そうな顔してるな」
「スズカって子、なんか誰かに似てね?気のせい?」
「迷走してんのか本気なのか分からんけど、楽しみではある」
Rogue Soundのオフィス。
ユージがスマホの画面を見ながら、呆れたように言った。
「おいおい、なんだこれ。
Crimson Kiss、えらいことになってんぞ」
僕は作業の手を止め、ユージが差し出した画面を覗き込んだ。
そこには、挑発的な笑顔を浮かべる8人の魔女たちが映っていた。
「……G2、ジェネレーション・セカンドか」
画面の中、後ろの方に佇む黒髪のメンバーに、ふと目が留まる。
どこか、見覚えがあるような。
けれど、ミナの強烈な視線と、新メンバーたちの派手さに目を奪われ、その違和感はすぐに消えてしまった。
「ま、向こうがどう来ようと関係ねえよな。
俺たちは俺たちの音を作るだけだ」
ユージが笑う。
「……そうだね」
僕は頷いた。
けれど、背筋に走る冷たい悪寒だけは、消えることなく残っていた。




