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vol.306 G2、解禁

 金曜日の夜、20時。

 国民的音楽番組『ミュージック・フォレスト』のスタジオは、異様な熱に満ちていた。


 司会者が声を張る。


「今夜のスペシャルゲスト!

 大幅な増員を経て再始動——

 Crimson Kiss G2(ジェネレーション・セカンド)!」


 照明が落ちる。

 闇の底から、重低音が這い上がる。

 スタジオの床が、ほんの少し揺れている気がした。


 以前のCrimson Kissのセクシーは、ギラギラの艶と輪郭で魅せた。

 今夜のそれは、脂っこくて暴力的で、脳髄を直接揺らす欲望。


 赤と紫が毒々しく明滅する中、8人の影が浮かび上がる。


 曲はデビュー曲にして代名詞——『Scarlet Desire』。

 ただしアレンジは別物、G2バージョン。


 イントロが一段沈んだところで、センターのミナが笑った。

 カメラに向かって、ヒールの宣戦布告。


「おい!

 行儀よくすんなよ」


 マイクスタンドを軽く蹴り、顎を上げる。

 ギラつくセクシー。

 今まで通り、いや今まで以上の殴ってくる色気。


【おままごとは終わりにして】

【あなたのルール 今夜 捨てて】


 歌詞が、忠告じゃなく命令として降ってくる。


 その背後で、青い影が土台を作っていた。

 リサだ。

 後方に下がり、ダンスとコーラスで徹底して黒子に徹する。

 ミナが予定より半拍早く煽った瞬間、リサの肩がわずかに動く。

 それだけで、後列のステップが揃い直した。

 ミナがどれだけ暴れても崩れないのは、リサの呼吸が全員を束ねているからだった。


 視界の両脇が、次々に殴ってくる。


 アキナが躍動する。

 元気いっぱいの笑顔のまま、身体の勢いでビートを増幅させる。

 衣装が追いつかないほどの揺れが、もはやアピールではなく攻撃だ。


「みんなーっ!

 見・て・ねっ!」


 客席の悲鳴が上がる。

 歓声というより、反響に近い。


 ユミは逆に、清純を装って刺しに来る。

 カメラが寄った瞬間だけ、儚げに首を傾げる。


【嫌いなら もっと見て】


「……大好き」

 口パクでそう告げ、次の瞬間にはスカートを翻して妖艶に踊る。

 聖女と悪女の切り替えが速すぎて、脳が追いつかない。


 レナは前に出すぎない。

 けれど彼女のダンスが、ステージのフレームを作る。

 鋭いターンで空間を切り裂き、群れを一つの獣にまとめ上げる。


 そこへフウカが、遠慮なく空気に落書きする。

 ぬいぐるみを振り、奇妙に甘い表情で、振り付けの規格そのものをねじ曲げてくる。

 綺麗に揃うはずの一拍が、彼女のせいで一瞬だけ狂う——その狂いが、妙に気持ちいい。


 曲間の短いブレイク。

 それまで後ろで黒子だったシホが一歩出て、マイクで刺す。


「盛り上がり、足りませんよー!」


 言い方が明るいのに、場の温度が一段上がる。

 出るべき瞬間だけ出て、場を温めて、すぐに黒子に戻る。

 彼女はステージの温度を読むのが異様に上手かった。


 そして——サビ。


【Scarlet Desire】

【恥ずかしいほど 欲しくなるまで】


 ミナがカメラを睨みつけたまま歌い切る。

 誘惑じゃない。

 色気の脅迫。

 観客の「好き嫌い」を飛び越えて、体に刻み込む歌だ。


 曲が終わった瞬間、一拍の静寂。

 次いで拍手が爆発する。

 熱狂というより、畏怖が混ざった拍手。


 カメラが引きの画に切り替わり、最後方を抜く。

 そこに、スズカがいた。


 表情は薄い。

 煽らない。笑わない。

 ただ正確無比なダンスだけを刻み続ける。


 黒髪のセミロングが揺れるたび、熱狂の真ん中に冷たい穴が空く。

 見てはいけないものを、画面の端で見つけてしまう感覚。


 ♪ ♪ ♪


 放送が終わるやいなや、ネットは燃えた。


 動画サイトを開くと、真っ赤な顔のセブ直山が叫んでいる。


「うおおおおおーっ!

 見たかお前ら!

 Scarlet Desireが化け物になって帰ってきたぞ!

 前が高級ワインなら、今回は合法ギリギリの怪しいエナジードリンクだ!

 ミナのオラついたボーカル、アキナの暴力的プロポーション!

 ユミの清純に見せかけた毒!

 で、後ろのスズカって子——あれ何!?

 温度下げてくるの反則だろ!

 情報量で脳みそパンクするわ!!」


 一方、フラッシュ久美子は冷静だった。


「相変わらず、ネットのコメント欄は『品がない』だの『安売り』だのって騒がしいわね」


 眉を上げる。


「女がセクシーを武器にしたら軽い?

 じゃあ男が女を性的に消費するのは普通なの?

 勝手だよね」


 声は落ち着いているのに火力が高い。


 一拍置いて続ける。


「フェミニズムの文脈で語るなら、これは主体性。

 自分の武器を理解し、最大限に利用して、男社会をハックする。

 そのしたたかさを『品がない』なんて言葉で封じ込めようとするのは、負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ」


 久美子は肩をすくめた。


「炎上商法?

 それ言う人、男の煽りはカリスマって言うよね。

 そういう、ダブルスタンダード、いい加減にやめたら?」


 炎は大きくなる。

 音楽の話が、価値観の戦争へ滑っていく。


 ♪ ♪ ♪


 僕はスマホを落としそうになって、握り直した。


 切り抜きの中の八人。

 同じはずの『Scarlet Desire』が、もう僕の知らない顔をしている。


 画面をスクロールしていた指が止まった。

 『スズカって子、Midnight Verdictのけいとに似てない?』


 胸の奥が、嫌なふうに冷えた。


 似ていない。

 だけど、言い切れない。

 誰かが、意図してそう見える形に寄せたような——。


 僕は画面を閉じた。

 布団の中で息を整える。


 ……嫌な予感がする。

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