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vol.303 最後の一輪

「あと一人」


 美咲がそう強く念じた、その時。

 重厚な防音ドアが、音もなく開く。


「……失礼します」


 その瞬間、室内の空気がスッと澄み渡ったような感覚に包まれた。

 リサの目が見開かれる。


 入ってきたのは、モデルのようにスラリとした長身の女性。

 腰まである艶やかな黒髪が、歩くたびに揺れる。

 その知的な瞳は、ここにある欲望や熱気といったものを、どこか冷静に、値踏みするように観察していた。


 歌唱力だけで言えば、もっと上手い子はいた。

 ダンスの切れなら、さっきのアキナやユミの方が上だ。

 けれど……なんだろう、この引力は。

 ただ立っているだけで、「彼女が主役」だと錯覚させられる。

 他の候補者が、急に色あせた背景に見えてしまうのだ。


(……待てよ)


 美咲は無言で立ち上がった。

 審査員席を離れ、スズカの目の前まで歩み寄る。

 スズカは動じない。

 ただ静かに美咲を見つめ返している。


「失礼」


 美咲はスズカの背後に回り込むと、その長い黒髪を両手ですくい上げた。

 髪の重さを感じながら、うなじが見える位置まで持ち上げ、さらにサイドの髪を調整して――胸の辺りまで、「セミロング」の長さに見えるように束ねてみた。


 その瞬間。

 リサが息を呑んだ。


「……嘘でしょ。

 似てる……」


 リサが思わずこぼす。

 顔そのものが瓜二つなわけではない。

 だが、その髪の長さになった途端。

 スズカが纏う研ぎ澄まされた空気感、背格好、そして人を寄せ付けないクールなオーラは、あの宿敵・Midnight Verdictのけいとを強烈に彷彿とさせた。


 美咲の背筋に、戦慄にも似た電流が走る。

 これだ。

 これこそが、私が探していた「最後のピース」だ。


 美咲は手を離し、スズカの正面に戻った。

 まだ髪は長いままだが、美咲の脳裏にはもう「完成形」が見えている。


「……あなた、名前は?」


「スズカです」


「志望動機は?」


 スズカはふっと口元を緩め、美咲の目を真っ直ぐに見据えて言った。


「……私、性格が良くないんです」


「性格?」


「はい。

 空気を読めるし、相手の弱いところも分かる。

 ニコニコ笑って『みんなに夢をあげる』ようなアイドルにはなれません。

 嘘くさいから」


 彼女は悪びれもせず、淡々と、しかし自信に満ちた声で続けた。


「王道の可愛さで勝てる子は、ここに山ほどいるでしょう。

 私はたぶん、そっちじゃない。

 悪役でもいいから、私のこの『したたかさ』を武器って言ってくれる場所に来ました。

 ……勝ちに行けるチームに入りたいんです」


 その言葉には、清々しいほどの野心と、自分の魅力を客観視する冷徹さがあった。

 自分の「悪さ」を才能として提示する。

 それはまさに、泥に咲く華が求めていた「毒」そのものだ。


 美咲は確信した。

 この女だ。

 けんたろうの弱点は、けいとへの愛……。

 なら、その源泉によく似た姿で、けいとには決して無い『計算高い毒』を持ったこの女なら――。


「合格よ。

 ……スズカ、あんたは『ジョーカー』になりなさい」


「ジョーカー?

 ……悪くない響きですね」


 スズカが満足げに頷いたところで、美咲は冷徹に命令を下した。


「ただし、条件があるわ」


「なんでしょう?」


「髪を切りなさい」


 美咲は指で、さっき自分が作ったライン――セミロングの長さを示した。


「Midnight Verdictのけいとに寄せなさい。

 あんたのその『したたかさ』に、あの『女王』の皮を被せるの」


 スズカは自分の長い髪に触れた。

 普通なら躊躇するだろう。

 だが、彼女はあっさりと「分かりました」と頷いた。


「勝つために必要なら、なんだって切りますよ」


 その潔さに、リサとミナが顔を見合わせる。

 とんでもないのが来た、という目だ。


 美咲は満足げに頷いた。


「フフフ……これで最後のピースがハマったわ!」


 スタジオの空気が変わる。

 その場にいたリサ、ミナも、新たな「共犯者」の誕生を予感して息を呑んだ。


 髪を切ったスズカ。

 それは、けいとのコピーではない。

 けいとの姿をした、猛毒の華だ。


 最強で最悪の布陣。

 Crimson Kissの逆襲が、ここから始まる。

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