捕縛
砂塵が吹き荒れる中、アベルは猛然と大志に迫る。たちまち間合いを詰めたアベルは、握る剣を横に振り切る。
「――ッ!?」
その動きに、大志は体を捻らせ剣の一撃を躱した。そのまま横に跳躍し、一度距離を取る。
「クリートよりも数段早い――!?」
アベルの速度は、かつて対峙したシュバリエ――クリートをも上回っている。風を切り裂くように縦横無尽に空を飛翔するアベルは、再び剣を強く握る。
「俺を、クリート程度と同じと思うな!!」
急降下をしたアベルは大志に迫り、間合いに入るなり剣を振り降ろす。尖刃が触れる直前で、大志は素早く身を屈めそれを躱す。速度を乗せた斬撃を躱されたアベルは小さく舌打ちをする。
「避けるのは得意みたいだな!!」
「お前こそ! こそこそ飛び回るのが趣味なのか!?」
「頭に乗るなと――!!」
アベルはそのまま大志の前に降り立ち、ホバリングのように宙で静止したまま剣をあらゆる角度から振る。斬撃はいずれもまるで鞭のように大志を狙う。大志は剣先に神経を集中させ躱していく。だがアベルの剣は、これまで経験したことがないほど速かった。躱しながらも、大志の顔には、腕には、徐々に切り傷が刻まれていく。
「ちっ――!!」
躱しきれない――そう判断した大志は、剣を避けると同時に自ら更に間合いを詰める。これまで、大志は後の先を取っていた。彼の魔法で敵の動きを察知し、敵の攻撃に合わせ反撃をする――それで十分だった。しかし、このアベルという相手は違っていた。先を読んでも、僅かに躱しきれない攻撃を仕掛けてくる。このままいけば押し込まれるかもしれない。故に彼は、自ら攻撃を仕掛け先の先を取ることにした。
アベルに迫る大志は、剣を振り上げた彼の腕を掴んだ。
「――ッ!?」
そして素早く体を反転させ、アベルの肘を固める。関節を固められたアベルは、痛みに顔を歪ませ動きを止める。その刹那、大志は素早く足を振り抜き、アベルの苦悶に染まる顔に蹴り入れる。
「がっ――!」
衝撃でアベルの体は後方に流れる。だが大志は攻撃の手を緩めない。一気に距離を詰め、腰を落として拳を固める。
「うぉおおおおおおお!!!」
大志の拳が連続してアベルに突き刺さる。一つ一つの拳は早く重い。断続的に鈍い衝突音が響き渡り、アベルの体はマリオネットのようにただ衝撃に打ち流されていた。鎧はひび割れ、血は吹き出す。彼の口からは、既に言葉は発せられない。
既に戦意は見えないアベルの腹部に、大志は掌を押し当てた。
「――悪いな」
その言葉と同時に、大志の手は輝きに包まれる。光は溢れ出し、やがてアベルごと迸る。
「がああああああああああ!!」
光により彼方へと飛ばされるアベル。直撃だった。成す術なく吹き飛ばされたアベルの鎧は砕け、肉体は投げ出される。
光が収まれば、そこには大志の姿しかない。アベルは、戻ることはなかった。傍から見れば大志の勝利である。だが当の彼は、違和感のようなものを感じていた。
「………」
彼の視線は未だ力を抜いていない。むしろ、警戒するように周囲に目を配る。彼には分かっていた。アベルはシュバリエであり、シュバリエがこの程度で終わるはずがないことを……
(おかしい……この程度なのか? いや、そんなはずは―――)
警戒する大志。すると突然、彼の背後から拍手の音が響き始めた。
「――いやいや、さすがは黒瞳の雷帝だな。“この俺”をこうもあっさり倒すとは……」
――その声は、まさしくアベルの声だった。
「―――ッ!」
大志はすぐに声の方を向く。そこには、岩場に腰かけたアベルが不敵な笑みを浮かべながら手を叩いていた。いつの間にそこに移動したのか―――いや、それよりも大志が気になったのは、彼の容姿である。彼の鎧は傷一つ付いておらず、そのうえアベル自身にも一切のダメージは見えない。
だが確かに大志は、アベルの体に攻撃を加え、雷を浴びせた。ダメージが0であるはずがない。しかし現に、アベルは余裕の表情をしていた。
(幻覚だったのか? いや、感触は確かにあった。でも、それならどうして……)
大志はアベルを見つめながら、思考を巡らせていた。そんな彼に、アベルはニヤリと笑みを浮かべながら歩み寄る。片手の剣を、鈍く光らせ……
「分からないだろうな。お前は、俺を倒したと思っているはずだろう。……だが、俺はこうして――お前を切り刻むぞ!!」
光の輪を浮かべたアベルは、大志に向け猛進する。大志はその場に踏み止まり、彼の剣を注視した。
「死ねよ!!」
アベルは剣を突き出し、大志の体を狙う。だが大志は体を反転させ避け、再びアベルの腕を掴んだ。
「分かんねえなら――もう一度ぶっ飛ばすだけだ!!」
素早く掌底でアベルの顎を突き上げる。脳が揺らされたアベルは目眩を起こし、その場で動きを停止させた。すかさず大志は胴に鋭い蹴りを入れる。体をくの字にさせたアベルは後方に吹き飛び、大志はトドメと言わんばかりに雷を放った。激しい雷光がアベルの体を包み、彼は岩山の奥へと弾き飛ばされる。
(今度こそ―――!!)
大志は勝利を確信する。だが――
「――何度やっても同じだ……」
「―――ッ!?」
アベルは、三度大志の眼前に現れた。やはり、一切の負傷もない。
(……どうなってるんだ?)
何かの策にかかっているのだろうか……大志は周囲を見渡し、“タネ”を探してみる。だが彼の視界に広がるのは、やはり荒れた岩肌だけだった。
「戦いの最中によそ見をするなど――!!」
アベルは駆け出し、剣を振り抜く。大志は上体を引かせ刃をやり過ごすと、すぐさま雷を放つ。アベルは雷を真正面から受け吹き飛ばされた。
――ここで、大志はあることに気付いた。
(……こいつ、躱す気がないのか?)
先ほどから、アベルは大志の攻撃を躱そうとする素振りを見せない。ただ攻撃を繰り出し、大志の攻撃に対しては全くと言っていいほど受け、捌きなどの対処を見せない。玉砕覚悟と言わんばかりに、攻撃されることに対してあまりにも無関心だった。
「……しかし驚いたな……」
まるで嘲笑うかのように、アベルは大志の側面から出現し、ゆるりと歩み寄り声をかける。
「またかよ……」
「お前の魔法、威力が上がってきているな……なるほど、これはクリートが勝てないはずだ……」
「……俺の魔法は、ちょっとばっかし“お寝坊”なんだよ」
「よく言う……そんな可愛げのあるものでもなかろう。――それより、まだ続けるか?」
「……あ?」
「あの魔界人……お前の連れではないのか?」
「―――ッ!?」
アベルは顎で何かを示しながらそう話した瞬間、大志はすぐにその方向に顔を向けた。
彼が示した方向では、ステラが捕えられていた。捕えた兵士は首元に剣を構え、ステラは身動きが取れない。
「た、大志さん……すみません……!」
ステラは顔を歪ませ謝罪する。自分のせいで大志に迷惑をかけてしまった―――ステラの脳裏には、そのことが重くのしかかっていた。
(しまった―――)
「……別に続けてもいいが、どうする?」
そう訊ねるアベルだったが、言葉とは裏腹に、彼は剣を腰の鞘に納める。彼は、勝利を確信していた。
「………」
大志は状況を冷静に考察する。ここでステラを救出するのは簡単だろう。移動術ですぐに兵士の背後に回れば、難なく出来る。――だが、彼女を守りながらアベルと戦闘をするのは危険すぎる。仮にアベルを瞬時に破ったとしても、奴は再び何事もなく現れることが容易に想像できる。おそらくはアベルの魔法だろうが、その正体が分からない限り、下手な博打は打つべきではない。
――そう判断した大志は、静かに両手を上げる。
「……降参だ。好きにしろ」
大志の言葉に、アベルは頬を釣り上げる。その顔は、大志の心をざわつかせた。しかし下手に動けない以上、どうすることも出来ない。
そして大志とステラは、収容施設へと連行された。中に入る直前、大志はふと空を見上げる。相変わらず雲は厚く薄暗い。風は泣き声を上げるように吹き荒れる。
(嫌な天気だな……)
一度天を睨み付けた大志は、静かに視線を逸らす。そして、大志達を飲み込んだ施設の扉は、重い音を響かせながら、外界を遮断するかのように閉ざされていった―――




