牢獄の同居人
施設の中は灯りが少なく、常に薄暗かった。逃亡を防止するためか、窓が少ないのも一つの原因かもしれない。当然換気も悪く、生臭い湿った空気が満ちていた。
その中を、大志は歩いていた。彼の前後には兵士がいて、細かに警戒を払う。それも当然だろう。今まさに、目の前の少年は施設の外で暴れ回ったのだから。負傷した兵士は数知れず。そんな危険人物に対して、過剰なまでの警戒をするのは当たり前のことであった。
「………」
大志は、連行されながらも周囲の状況を見ていた。通路は薄暗い。兵士も数名しかいない。逃亡は余裕だろう。だが、彼にはそれが出来ずにいた。何しろ彼は、施設に入るなりステラとは離されていた。彼女の詳細な居場所が分からない以上、今逃亡するわけにはいかなかった。
やがて通路の両脇に鉄格子が見え始めた。冷たい柵の内側は牢屋になっていた。剥き出しの岩肌を窪ませ作ったような牢屋は、実に物寂しいものだった。
「ここに入ってろ」
兵士は牢屋の入り口を開けると、乱暴に大志を中に押し入れる。転びそうになるのを堪え後ろを振り返ると、急ぐように兵士が入り口を閉めていた。ガチャリという金属音が壁に反響し、室内全体に響き渡っている。それはまるで、牢獄に閉じ込められたのを思い知らせるように、やけに大きく聞こえていた。
「……なあ、どんくらいで出れるんだ?」
大志は慌てることもなく、ひょうひょうと兵士に訊ねる。兵士は大志の顔を見て、僅かに固まった。彼は捕えられ、これからどうなるのか分からない状態である。にも関わらず、よくもまあ余裕があるものだ―――そう言わんばかりの表情で、兵士は言葉を返す。
「……私からは何とも言えない。貴様の処分は、本国が下す。それまで、大人しく待つがいい」
「……そうかよ……」
大志が座り込むのを確認すると、兵士は歩き去って行った。兵士の足音が遠のき、消えていった後、大志は暗い天井を見上げた。
(……こうして檻に入れられるの、二回目だな……)
ふと、最初にこの世界に来た時のことを思い出した。この世界に来て、わけの分からないまま捕えられて、ステラと出会って……
(……ステラ、無事だといいけどな……)
別々になって時間的にはそうは経過していない。捕えた魔界人をこうして檻に入れるところを見ても、殺される心配はないだろう。しかしいつまでもこんなところにいては、事態はもっと悪くなるかもしれない……大志は今後の行動について、頭を捻っていた。
「――アンタも、捕まったのかい?」
突然、背後から声が響く。後ろを振り返れば、そこには先客がいた。青い髪と細い目が特徴のその人物は、若い男性だった。表情は穏やかで、優男と呼ばれる部類になるだろう。笑みを浮かべたままの彼に、大志は体を向け言葉を返す。
「まあな。アンタと一緒だ」
「それはそうだね。違いない」
男性はクスクスと笑う。彼もまた、大志と同様に自分の置かれた立場に恐れを抱いていない人物のようだ。
「……ところで、アンタ、誰?」
「え? ああ、ごめんごめん。名乗っていなかったね」
男性は一度咳払いをしながら、大志に手を差し出した。
「――僕はハルムフェルト。君は?」
「大志だ。よろしくな、ハルムフェルト」
大志は彼の手を握り返す。彼は紅い瞳で大志の目を見ながら、優しく微笑みを向けていた―――
◆ ◆ ◆
「―――へえ……天界を旅、ねぇ……」
薄暗い牢屋の中、大志はハルムフェルトに今までの経緯を説明していた。ハルムフェルトは大志の話を物珍しそうに聞いていた。
「そうそう。ちょっと本国までな」
「でも、キミもとんだ命知らずだね。魔界人が天界を旅するなんて、普通に考えたら自殺行為だよ?」
「ああ……まあそうかもな。でも、一応俺魔界人じゃないし」
「え? ちょっと待って……」
ハルムフェルトは、ジッと大志の目を見つめた。彼の瞳は、燃えるような紅でもなく、清廉とした蒼でもなく、吸い込まれそうな深い深い黒色だった。
「……瞳が…黒い?」
「そういうこと」
「どういうこと? キミは、天界人なの?」
「いや、どっちでもないんだよ」
「どっちでもないって……」
ハルムフェルトは首を傾げながら引きつるように笑みを浮かべた。
「こればっかりは何て言ったらいいか分かんないんだよ。とにかく、俺はどっちでもない。……って言っても、こうやって捕まってたら世話無いけどな」
「………」
大志の話を聞き流すように、ハルムフェルトはただ彼の黒い瞳を見ていた。彼の瞳は、間違いなく黒い。それはこれまでの世界になかったもの。ハルムフェルトには、それが何か特別な何かがあるように思えた。
彼の頭に去来するのは、過去の光景。迫りくる天界の軍勢に、たった一人で立ち向かう雷を纏いし魔王……群雄割拠の魔界に突如降り立った、王を名乗る人物。それもまたそれまで魔界に存在しなかったもの。
魔界の王が消え去った後に現れた、黒い瞳を持つ男……どこか運命めいたものを感じてしまう。
「――ところでさ」
思案に耽っていたハルムフェルトに、大志は唐突に声色を変えた。
「え?」
「ハルムフェルトは、なんでこんなところにいるんだ?」
「なんでって言われてもね。普通に捕まって、普通に連行されただけだけど?」
「普通に捕まった? ハハハ、嘘言うなよ」
大志は笑いながらそう話す。彼の言葉に、笑んでいたハルムフェルトの表情は、僅かに強張った。
「……どういうこと?」
「この牢屋だよ。ここの壁、なんか結界みたいなものがかけられてるだろ? しかも、何重にもしてだ」
「………」
「こんなところに入れられるってことは、魔法が強力な奴ってことだろ。俺はさっき兵士と“やらかした”からまあしょうがないとして、問題はお前だ。お前も、“やらかした”口か?」
「……そんなんじゃないよ」
大志の追及に、ハルムフェルトは諦めたように口を開いた。
「キミには本当に驚かされるよ。結界には、いつ気付いたの?」
「入った時だよ。なんか、重苦しい空気になったし。たぶん、周囲のマナを抑制してるんだろうな」
「その通りだよ。結界でマナを抑制してるんだ」
魔法とは、周囲に漂うマナを集束し発動させる。故に魔法の根源ともマナを制限すれば、自由に魔法が使えなくなる。大志とハルムフェルトがいる牢屋は、その結界が幾重にも重ねられていた。そこに流れるマナは、極僅かであった。
「ここまで厳重なとこに入れられたくらいだ。お前も、けっこうな魔法使うんだろ?」
「まあ、ね……。もキミと似たようなものだよ。旅をしていたら兵士に囲まれて、抵抗したらこのザマって話。聞いてもつまんないよ?」
「旅か……理由は、聞かない方がいいのか?」
「そうだね。そうしてくれるならありがたいけど。――そういうキミこそ、何で旅してるんだい?」
「俺? 俺は、勇者に会いに行くんだよ」
「…………え?」
大志の言葉に、ハルムフェルトは固まった。一瞬、大志が何を言っているのか理解出来なかった。そして再び、大志の言葉を思い出す。“勇者に会いに行く”……彼は、確かにそう言った。
「……ハハハハ……!!」
ハルムフェルトは大いに笑う。とても正気とは思えない。彼は、笑うしかなかった。大志はというと、ばつの悪そうな表情をしながら頭をかいていた。
「……そんなに変なこと言ったか?」
「ああ、ごめんごめん……キミが、あまりにもとんでもないことを言いだすから、つい、ね……」
ハルムフェルトは出そうになる声を抑え込み、会話を続けた。
「まったく、本当にとんでもないことを考えてるね。普通は思い浮かばないよ。勇者に会いに行くなんて」
「そうなのか?」
「そりゃそうだよ。――ねえ、勇者ってどういう奴らか知ってるの?」
「……う~ん……正直よく分からないな。イメージとしては、悪の大王に立ち向かうような感じだけど」
「まあ、当たらずとも遠からずってところかな。勇者とは、勇ましい者。天界における人々の光、希望、剣……そんな感じで言われているね。圧倒的な力をもって、天界の脅威に立ち向かう勇ましい者達……それが、勇者」
「………」
「その力は、本当に強力なんだよ。天界の中でも飛び抜けている。……いや、魔界でも彼らとまともに戦える奴なんてのは限られてくるだろうね」
「……例えば、魔王とかか?」
「魔王を知ってるの?」
「聞いた程度だけど」
「そっか……正式には、本当の王じゃなくて、あくまでも自称なんだけどね。それでも魔王は強かったよ。魔界に進行してきた天界の軍を、たった一人で抑え込んだんだし。天界が誇るシュバリエ達を退け、化物とも言える三人の勇者と対等に渡り合っていた。魔王の戦う姿は、本当に神々しいものだったよ……」
ハルムフェルトは遠い目をしていた。彼を見た大志は、思う。もしかしたら、彼はその場にいたのかもしれない……しかし、結果魔王は行方知れずとなっている今、そのことに触れるのはタブーのように思えた。大志はただ沈黙し、話す彼を見ていた。
「……一つ、言っておくよ。確かに魔王は天界の軍を撃退したよ。だけど、それは決して楽なものなんかじゃなかったんだよ。相手は三人の勇者……魔王は追い込まれ、満身創痍だったんだ。それでも最後の力を振り絞り、彼らを撃退した。天界の大群をたった一人で退けた魔王ですら、勇者達を相手にするのは、文字通り“必死”だったんだよ。
――勇者は、そういう奴らなんだ……」
「………」
「キミは、そんな奴らに会いに行くと言ってるんだ。それが如何に無謀なことか、分かってくれた?」
「……ああ。出来るだけ戦わなくて済むようにするよ」
「……キミ、僕の話、聞いてた?」
「ん? 聞いてたって」
「はあ……もういい……」
ハルムフェルトは頭を横に振る。この大志という男には、どうやら世間の常識が通じないようだ……彼は、それ以上大志に説明するのを止めにした。
「……それより大志。キミは一人だったのかい?」
「……もう一人連れがいるんだよ。そいつとは別々になってるけど」
「連れ……」
突然、ハルムフェルトは神妙な表情を浮かべた。険しさが立ち込め、彼の変化を見た大志は、何かマズイことがあることを察する。
「……何かあるのか?」
「いや……その連れって、魔界人?」
「ああ」
「女の人?」
「まあな。ステラっていうんだ」
「美人?」
「……ま、まあな……てか、さっきからなんだよ」
「………」
何かを考え込むハルムフェルト。視線を下に向けたまま、彼は大志に切り出した。
「……大志、ちょっとマズイよ、それ……」
「………え?」




