施設の指揮官
岩山に風が吹き荒れる。砂塵を舞い上げ、視界は霞む。 その中を駆けてくる一つの人影に、列の最後尾を歩く兵士は気が付いた。
「……なんだ?」
目を細め凝視する。奥に揺れる人影は、砂塵を切り裂くように瞬く間に彼の眼前に辿り着いた。
「――よう」
「――ッ!!」
兵が構えるその前に、腹部に凄まじい衝撃が響く。兵士は吹き飛び列を乱す。その異常に、すぐに他の兵士も視線を向けた。
「な、なんだお前は――!?」
「別に誰だっていいだろ? ……どうせ、すぐに寝るんだからな!!」
大志は大地を駆ける。兵は腰に携えた剣を抜くが、風をも追い抜く彼の速度に対応が遅れる。
「遅えんだよ!!」
大志は走りながら掌から雷を放つ。光は大地を走り、兵の集団を包み込んだ。
「ぐわあああああ!!」
大多数の兵士は体が痺れ地に伏せる。それでも数人の兵士は辛うじて立ち上がった。そして剣を構え、大志に駆け出す。しかし腕には未だ痺れが残り、斬撃は単調な動きしか出来ていなかった。それを躱すなど、大志には実に容易いこと―――
目の前に迫る兵士の剣を躱し顔面に突きを入れる。吹き飛ぶ兵士を躱しながら、後方の兵も剣を向ける。だが大志は素早く懐に潜り込み、腹部に蹴りを入れる。彼が突き進んだ後には、気絶した兵士が辺り一面に倒れ込んでいた。
「今のうちに離れてろ」
連行されていた魔界人に声をかけた大志は、すぐに施設に向け歩き出した。
「――何事だ!!」
施設内にいた兵士達は、轟音と雷光に異常を感じ取り、外へと飛び出してきた。その数は、先ほどの軍勢よりも多い。しかし大志はニヤリと笑い、四肢に纏わせた雷を更に強く光らせた。
「やっぱり中にはもっといたのか……まあいいや。全部まとめて――叩き潰す……!!」
◆ ◆ ◆
その部屋には、クラシックの音楽が響き渡る。壁は岩に覆われてはいたが、カーテンや絵画、ベッド、絨毯まで置かれ、まるで貴族の部屋そのものとなっていた。その中央で大きな椅子に座った人物は、手に持つティーカップを口元まで運び、紅茶を一口飲み香りを楽しんでいた。
しかし、そんな優雅な時間は、突然開かれたドアの音によって破られる。
「――ア、アベル様!! 大変です!!」
慌てて室内に入り込んだ兵士は、叫び声を上げる。その声に顔を顰めたその者――アベルは、やや不機嫌そうに声をかける。
「……騒々しいな……何事だ?」
兵もまた彼の不機嫌さを感じ取り、すぐにその場に片膝を付き頭を下げた。
「は、はっ! 報告します! 収容所入り口において賊が現れ、現在衛兵と交戦中!!」
「……はあ……またか……」
兵の報告に、アベルは溜め息を吐いた。この施設は、度々賊に襲われている。その賊というのは、この施設の“とある噂”を聞きつけて襲撃に来た魔界人である。兵の報告を聞いたアベルは、当然その類であることを悟った。
「で? 今日は何人だ?」
「はっ! 賊の数は――一名です!!」
「……は? 何だって?」
アベルは、兵の言葉に目を丸くした。聞き間違えたのかもしれない……そう思った彼は、改めて聞き直す。しかし兵の報告は変わることはない。当然―――
「はい! 賊は、一名です!!」
「一名? たった一人? ……ハハハハ……!!」
とんだ馬鹿がいたものだ―――アベルは天井を仰ぎ声高々に笑った。
この施設には、多数の兵士が配備されている。それこそ通常よりも多く。この施設こそ、ステラの想像通り、魔界人の収容施設だった。そんなところを手薄にするはずもなく、自然と警備も厚い。それは施設の外見を見てみれば一目瞭然。これまでの賊は、それを見越してかなりの数で攻め込んで来ていた。
……だが、今兵から受けた報告では、賊は一人、たった一人。舐めているのだろうか……それとも何かしらの策があるのか。いずれにしても、これまでとは全く違う印象を受ける。それに、その一人は兵達と“交戦中”だという。つまり、賊は単身で天界の軍と戦える程の手練れ―――
その報告は、アベルの心を高ぶらせた。
「まさか、ここに単身乗り込んでくるとはな……おいお前。そいつ、いったいどんな馬鹿なんだ?」
「はい……それが……」
ここで兵士は言葉を濁した。報告していいものか……兵士には、迷いがあった。
「ん? どうした? さっさと報告しろ」
「……はい。賊は、男一名です。黒髪の賊は……その……瞳の色が黒いとの報告があります。更に賊は、魔法を使用しており、雷を使うようです。
――その力は、強大との報告です」
「黒い瞳に、雷……」
「は、はい……雷の魔法はまだしも、黒い瞳など見たことも聞いたこともありません。賊は魔界の者か、それとも天界のものか……正直、今一つ信憑性の低い話のようにも……」
「………」
アベルにとって、どこか聞き覚えのある人物だった。アベルはティーカップを手に持ち、紅茶を一口啜る。
「……そうか、思い出した。確か、クリートの奴が敗北した、“黒瞳の雷帝”とかいう奴……」
「クリート…様……あのシュバリエ卿……!?」
「……まあ、仮にもシュバリエを撃破する奴なら、兵士では荷が重かろう……」
アベルはティーカップをそっと置き、立ち上がった。そして、部屋の隅に立てられた剣を手に取り、腰に携える。
「アベル様……」
「……兵に伝えろ。お前達は、魔界のゴミ共の監視に徹しろ、と……
――賊は、この俺が相手をする……」
◆ ◆ ◆
「――オラァ!」
大志の蹴りが兵に突き刺さる。兵は吹き飛び、意識を断絶させた。しかし目の前には、未だ多数の兵が剣を構える。
「くそぉ……きりがねえな……」
その光景に、大志は苦笑いを浮かべる。外にはかなりの数の兵が。しかし、これが全てではないだろう。施設の中には、まだ兵がいるはず……
(どうする? 一気に魔法で数を減らすか? でも……)
大志には思うところがあった。
人が近寄りそうもない岩山の中腹、そこにある施設には、これだけの兵がいる。そこへ魔界人は運ばれていたところを見ると、やはり収容所に間違いないようだ。
――だとするなら、ここには指揮官がいるはず。これだけの兵を束ね、警備の全責任を任せられた指揮官が……それは、おそらく……
そう考えたとき、大志は無闇に魔法を使うのを躊躇していた。しかし、このまま一人一人倒していては、時間がかかりすぎる。時間がかかれば、本国から増援が来る可能性もある。
(そしたら、もっと時間がかかるな……仕方なし、か……)
大志は大きく息を吸う。そして、四肢の雷を更に強く光らせた。
(とにかく、出来る限り――)
「――待て」
「――ッ」
突然、施設から声が響く。その声に、剣を構えた兵達はその方向に視線を送る。そして声の主を認識するや、すぐさま道を譲った。その者は、人波の中を悠然と歩く。青い髪は短く、その瞳は青い。しかし目の奥には狂気にも似たものが見える。
視線をぶつけられた大志は、ただならぬ何かを感じ取り、構えを深くした。
「お前が賊か……思ったより若いな」
「……お前は?」
「俺か? 俺はこの施設を任せられてる、アベル。お見知りおきを……」
「お前が……」
敵の指揮官がこれだけ早々に出てくるのは予想外であったが、それはそれで大志にとって好都合だった。敵兵力がまだ多い中で指揮官を撃破すれば、敵の士気は極端に落ちる。そうなれば、散らすのは容易い。
手を強く握り締める大志に、アベルは変わらない口調で続ける。
「お前が、噂に聞く“黒瞳の雷帝”とかいう奴か?」
「ああ、そんな風に呼ばれてるな。そんな大そうなもんでもないけど」
「なんだ、ずいぶん謙虚だな。そんな大そうでもない奴に、クリートは負けたっていうのか?」
「クリート? ……ああ、シュバリエの……」
(やっぱ、シュバリエって知られてるんだな……)
「クリートの奴を負かした奴がどんな奴かと思えば、お前みたいな奴とはな……」
アベルは残念そうに溜め息を吐きながら呟く。大志は僅かに眉を動かし、反応を見せる。
「……ずいぶん余裕じゃねえか……クリートは天界の剣、シュバリエなんだろ? 俺は、そいつを倒したんだぞ? もっと期待してくれてもいいんじゃねえの?」
大志の言葉には威圧感があった。シュバリエを撃破した……そのことで、少しでも相手が畏怖してくれれば動きやすくなる――そう考えていた。
だがアベルは、一切の動揺を見せない。それどころか、逆に威圧的に言葉を返した。
「たかだかクリート“ごとき”を倒した程度で、頭に乗るなよ。一個小隊程度の長でしかないシュバリエと重要施設の長であるシュバリエ……どちらが上か、言うまでもないだろ……」
「……もしかして、お前も……」
「ああ。俺も、“シュバリエ”なんだよ……」
その言葉と同時に、アベルの背に光の輪が形成される。
「降輪か……!!」
「まあ、奴もシュバリエの端くれ……尻拭いくらいは、してやるよ……!!」
アベルは剣を抜き、構える大志に向け飛翔する。大志もまた四肢の雷を強くし、迎え撃つ構えを取った―――




