岩山
「………」
意識を取り戻した大志は、薄く瞳を開く。その先に見えたのは、木々の隙間から揺れ動く陽の光だった。体には心地よい風が当たり、耳には小鳥の囀りが響いて来る。仰向けの体はまだ重い。どうやら、まだ本調子ではないようだ。
「――あ、大志さん、気が付きましたか?」
大志の横から、ふいにステラの声が響いた。大志が首を声の方向に傾ければ、そこには隣に座る彼女がいた。彼女はいつものように微笑み、いつものように優しく大志を見ていた。しかし、その表情からは安堵の色が見える。
(……ずいぶん、心配させたみたいだな)
いつもより力を込めながら、大志は上体を起こす。ステラは慌てて手を大志の体に触れさせ、彼を支えた。
「あ、無理しないでください。ゆっくりと休んだ方がいいですよ?」
そうは言われても、これ以上心配をかけるわけにはいかない――大志は、すぐに笑顔を作る。
「いや、もう大丈夫だ。心配かけたな」
「いえ、私のことはいいのですが……大志さん、本当に大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だって。ちょっと貧血起こしただけだし」
「………」
ステラは、喉まで出ていた言葉を呑み込む。彼女は迷っていた。大志のあの倒れ方を見る限り、あれは貧血などといったものとは、到底考えられない。突発性の病気なのか、はたまた先天的な何かなのか……それは、彼女には分からない。分からないが、大志は“貧血”だと言った。それはつまり、語りたくないという大志の意志表示とも取れる。そうやって隠そうとする大志の意志を汲むか、それともその意志に反してまでも事実を確認するか―――
考えた末に、ステラはようやく言葉を口にする。
「……そう、ですか……」
彼女は、聞くのを止めた。もし必要なら、大志から話して来るだろう。今はただ、その時を待とう―――そう考えていた。
倒れた理由を言及しなステラの姿に、大志は密かに安堵の息を漏らした。彼からすれば、それは触れてほしくない領域……秘密にするというわけではない。ただ、彼が抱えるものを彼女に話せば、きっと彼女は―――
「――さて、ちょっと道草くっちまったな。行こうか」
大志はその場を立ち上がる。やはり、いつもよりも体が重い。
「……大志さん、無理はしないでくださいね? もう少し休んでも……」
「ステラは心配性だなぁ。もう大丈夫だって言っただろ?」
「………」
ステラは表情を落とす。どう考えても、大志は何かを隠している。それも、とても重大な何かを……しかし彼はそれを話してはくれそうにない。自分を気遣っているのかもしれない。そう考えると、心の奥を強く握られた気持ちになる。
大志はそれ以上何も言わずに、逆にステラを気遣いながら歩き始めた。ステラはそんな彼を見つめながら、その後に続いた。
◆ ◆ ◆
歩き続ける二人は、山間の道に差し掛かる。山肌は岩石が目立ち、緑は少ない。岩山……なるほど、その言葉がよく似合う山だった。ところどころに崩落した後が見える。地盤も緩いのかもしれない。先ほどまで晴れていた空には厚い雲が立ち込め、光を遮る。しかしよく見れば、雨雲ではないようだ。雨の心配はないだろうが、山間を抜ける風は冷たく、向かい風となって行く手を阻む。
大志は常にステラを気遣いながら固い地面を歩く。この環境での山越えは、かなりの労力を必要とする。か弱い彼女の身体では、自分以上にキツイものだろう。
「ステラ、大丈夫か?」
「はい。私なら大丈夫ですよ」
ステラは微笑みながら言葉を返す。その表情に嘘はないようだ。考えてみれば、彼女の歩くペースは一向に落ちる気配はない。自分の取り越し苦労だったようだ。
それにしても、彼女は想像以上にタフなようだ。足場も悪い岩山では、歩くのさえ苦労する。おまけにこの向かい風……普通なら、男であっても息を荒くする者もいるだろう。それを黙々と歩き続けるステラは、こう見えてかなり体力があるのかもしれない。それでも心配になってしまうのは、大志の性分なのかもしれない。
(俺の方がよっぽど心配性だな……)
何だか自分が恥ずかしくなった大志は、道から見える雄大な景色を一望した。かなりの高度まで上ったようだ。景色は小さくまとめられ、山の袂から奥まで緑が一面に広がっている。
(……ん?)
景色を見ていた大志は、自分たちのより下の位置で動く何かを見つけた。その方向に目を凝らす。それは集団であり、よく見れば鎧を着ていた。
「……ステラ、一度屈め」
体勢を低くした大志は、集団を見ながらステラに声をかける。その様子を見たステラもまた、ただならぬ様子を察して身を屈めた。
「何かあったんですか?」
「ああ。下を見てみろよ。……たぶん、天界の兵達だ」
大志の言葉に目を大きくさせたステラは、彼の視線を追うように下を見た。
それは確かに天界の軍勢だった。数十人はいるだろう。なかなかの大きな部隊のようだ。距離はかなり離れていることから、相手が大志達に気付くことはないだろう。
しかし解せない。それほどの部隊が―――
「――なんでこんなとこにいるんだろうな……こんな岩ばっかのとこに、何かあるなって考え付かないけど……」
「……それは分かりません。ですがきっと何かが――」
そう言いかけたステラは、突然言葉を止める。天界の軍勢の方を固唾を飲み見つめる。大志もまたステラの表情を見て、軍勢の方を更に注視した。そして、その中にある違和感を感じ取る。その違和感を出すのは、鎧の男達に囲まれて歩く人々。服も遠目から見ても分かるくらいボロボロであり、手には手錠のようなものも付けられ、後ろの兵士から押されるように歩いていた。
その姿を見た大志達は、その人物達が誰なのか、すぐに見当が付いた。
「……あれは……魔界人?」
「ええ、おそらく……」
「なんでこんなとこに連れて来られてるんだろうな。アイツらが進む方向に、何かあるのか?」
「それは分かりません。分かりませんが……大志さん、どうしますか?」
「そうだな……」
正直、あのくらいの数なら、大志が奇襲をかければ瞬く間に散らすことが出来るだろう。そうすればあの魔界人達は助けることが出来る。
……しかし、どうもそれだけではないように感じる。目の前のものに囚われていては、その先にあるものを見逃すことにもなりかねない。
「……少し、様子を見よう。助けることはいつでもできる。ただ気になるのは、何でこんなところにいるかってところなんだよ」
「私も同感です。あの兵達が迷わず歩いているところを見ると、この山の地理を知っているようですし。
――だとするなら、過去にも何度か来ているということ。他にも、魔界人がいる可能性が高いと思います」
「だな。とりあえず付けるぞ。足元に気をつけろよ」
大志達は遠巻きに集団を観察しながら後を付け始めた。集団は、山の奥深くへと歩いて行った。
◆ ◆ ◆
「ここは……」
岩山の奥深くへと辿り着いた兵士達。それを離れた位置から追尾していた大志は、目の前の光景に声を漏らす。
周りを崖に囲まれた目立たぬ場所……こには巨大な一枚岩があった。見ればその岩の一部は、建物の形をしている。岩を加工し、作り上げた建物――そういう印象を受ける。
「これは……基地か?」
「そうですね……もしくは、収容所……」
ステラは表情に影を落とす。目を細め、痛々しいものを見るかのように顔を歪ませていた。
「収容所……魔界人のか?」
「おそらくは……連れ去られた魔界人を一旦この場所に収容し、その後天界の様々なところに送るんだと思います」
「つまりは、あの中には魔界人がいるってことか……」
「あの兵士達が魔界人を連れていくところから、そうだと思います。
――それも、かなりの数の……」
「そう…か……」
大志もまた顔を真剣なものへとする。その施設は、世界の歪みそのものであるように思えた。人を捕らえ、自由を奪い、物のように扱う……この世界ではよくある光景だとしても、大志には我慢が出来ないものだった。
大志は岩の影から立ち上がり、収容所を見る。
「……ステラ、隠れてろ」
「……どうするつもりですか?」
そう尋ねたステラだったが、本当はその答えなど分かりきっていた。なぜなら、彼の姿が全てを語っていた。
大志の手には力が込められ、彼の黒い瞳には確かな炎が宿る――
「決まってるだろ? 魔界人を…解放する―― !」




