圧縮
「ここまで来れば……」
村の外へと駆け出した大志は、村から少し離れた位置で立ち止まった。しかし兵士達を撒いてはいない。後ろを振り返れば、多くの兵士達が武器を片手に大志を追ってきていた。
「さて……そろそろ相手をしてもらおうかな」
そして大志は両手に雷を帯電させる。踏み込む足に力を込め、迫る兵士の群れに目がけ一気に駆け出した。
「――ッ!! き、来たぞ!!」
先頭の兵士が叫ぶ。それを聞いた兵士は皆足を止め身構えた。次々と剣や槍が大志に向け構えられる。だが大志は臆することはない。むしろニヤリと笑い、手に込める雷の光を更に強くした。そして大地を蹴り、上空へと跳び上がる。
「全員――眠ってろ!!」
手に溜めていた雷を、下に群がる兵士に向け一気に投げつける。投げられた雷は光の柱となり、轟音と共に大地と衝突した。
「ぐあああああ……!!」
光に飲まれた兵士達は一様に叫び声をあげる。そして光が収まる前に大志は地上に戻る。大地に足が着くや、瞬く間に残る兵士に向け走り出し先頭に立つ兵士の腹部を蹴り抜いた。吹き飛ぶ兵士はまるでボーリングのように後方の兵を巻き込み、集団は崩れるように倒れる。
「次――!!」
大志はまだ止まらない。次々と腕を突き、脚を振り抜き、瞬く間に兵士達を吹き飛ばしていく。刃に囲まれればたちまち手から雷を放ち武器を弾き飛ばす。その勢いは止まることはない。風のように駆け回り、雷のように鋭い攻撃を与える。兵士達は次々と地に倒れ、動くことはない。やがて残る兵士達は心に恐怖が芽生え始めた。
「―――引け!! ここは僕が引き受ける!!」
兵士達が慄く中、その中を抜けて大志に迫る者がいた。背には光輪を浮かべるその男は、大志の元に辿り着くや剣を振り抜く。その斬撃を大志は掻い潜り躱し、一度距離を置く。
「やはり躱すか!! 雷帝!!」
「クリート――!!」
クリートは既に降臨状態であった。そしてその剣筋に一切の迷いも手加減も見えない。大志に送る視線にも激しい闘志が見えた。
「雷帝!!」
「―――ッ!!」
クリートは立て続けに剣を振り続けた。大志はそれを躱しながらクリートの青い瞳を見続ける。
「どうした雷帝!! なぜ手を出さん!! そのまま斬られるつもりか!!」
「言われなくても……!!」
大志の体を目掛け剣が突かれる。体を捻り刃を躱し、そのまま伸びるクリートの腕を掴む。
「ちっとばっかし痛ぇからな!!」
大志は掴む手を逆に返し体勢を崩す。クリートは体を右に流され、足を前に出し踏み止まろうとする。その瞬間を狙い、大志はクリートの腹部に脚を鞭のようにしならせ蹴り込む。
「がっ――!?」
鈍い音と共にクリートの口からは呻きが零れる。そのまま吹き飛ばされるクリートは地を滑りながら倒れ込んだ。だがすぐに立ち上がり体勢を整え大志の方に正対した―――が、大志は既にクリートとの距離を詰め眼前に迫っていた。
「――ッ!?」
「ビビってんじゃねえよ!!」
すぐに剣を振ろうとしたクリートだったが、それよりも早く大志はクリートの頬を力の限り殴り付けた。再びクリートは吹き飛ばされる。そして大志は間髪入れずに距離を詰めようと駆け出す。
「くっ――!!」
たまらずクリートは上昇し、宙に留まり大志を見下ろした。
「……ここで決めたかったな」
大志は足を止め、宙を漂うクリートを見上げた。クリートは宙に浮かんだまま手で頬を拭う。その手には、口から零れた鮮血が付着していた。その手をクリートは見つめる。そして一度瞳を閉じ、何かを決意するかのようにもう一度大志に視線を送った。
「……さすが、雷帝と呼ばれるだけはある。降輪した僕をここまで一方的に攻めるなんてね。やはり、村では手を抜いていたね?」
「手を抜いてたわけじゃねえんだよ。あの時しなかった“攻撃”ってやつをしただけだ」
「それを、手を抜くって言うんだけどね……。悔しいけど、このままだと僕に勝ち目はないだろう」
「だったらどうする? 降参するか?」
「冗談はよしてくれ。僕は“シュバリエ”。天界が誇る精鋭。たかが一人の賊に自ら敗北を認めることは、絶対にあり得ない」
そう話し終えると、クリートの周囲は以前のように歪み始めた。空間そのものがねじ曲がるかのように湾曲する。
「……それが、お前の魔法なのか?」
「ご名答―――僕の魔法は、“圧縮”。空間を圧縮し、相手にぶつける。圧縮された空間は、目標を押し潰すんだよ」
そしてクリートの周囲には、いくつもの球体が出現する。色はない。無職透明ではあったが、円状に奥の景色が歪む。
「さて雷帝……これからが本番だ。さすがの君でも、これをまともに受ければ命はないと思え……!!」
「命はない、ね……上等!!」
大志は両手に帯びた雷を更に強く輝かせる。そしてそれまで以上に強い視線をクリートにぶつける。クリートはゆっくりと剣を天に掲げる。剣先が真上を指すと静止させ、大志の視線に自らの視線をぶつけるかのように睨みを返した。
周囲にはピリピリとした雰囲気が漂う。様子を見ていた他の兵士達は、その場を包み込む空気に危機感を覚え、自然と二人から距離を取り固唾を飲む。
「―――行くぞ雷帝!!」
「―――ッ!!」
叫びと共にクリートは剣を振り大志の方を示す。と同時に、クリートの周囲に浮かぶ球体は一斉に大志に向け降り注いだ―――
◆ ◆ ◆
「――急げ!! 今のうちに脱出するぞ!!」
兵士がいなくなった村では、フィア達戦線のメンバーが捕えられていた魔界人を村の外へと誘導していた。その中で、ミールは指揮を執るフィアに歩み寄った。
「天界軍は、完全に大志の方に行ったみたいね」
「そうだな。だからこそ、この間に魔界の人達を避難させることが出来る」
「そうね……でも、天界の軍――特に、あのシュバリエは大志にしか興味がないみたいね。捕えた魔界人を放置するなんて……」
「奴らからすれば、魔界人なんてまた捕えればいいだけの話だからな。それよりも、雷魔法を使う大志の方をなんとかしたいんだろ」
その二人に、今度はテスタとレスタが近付いて行った。
「なあフィア……大志の応援、行かなくていいのか?」
「俺もそう思う。大志一人にあの軍勢はけっこうヤバいと思うぞ?」
「………」
それは当然の心配かもしれない。たった一人で軍勢を相手にし、加えてその中にはシュバリエまでいる。普通に考えれば、大志の不利は避けられない状況だった。だがフィアは、首を縦には降らない。ただ静かに、大志が走って行った方向を指さした。
「……テスタ、レスタ、あの“音”が聞こえるか?」
「音?」
フィアが指さした方向に耳を傾ける二人。その耳には、遠くで鳴り響く音が入って来た。大太鼓を叩いたような、微かにビリビリと振動する程の音だった。
「これは……」
「ああ。おそらく、シュバリエの魔法だ」
「なら、なおのこと大志の加勢に……!!」
「落ち着きなさいレスタ。フィアが言いたいのは、そういうことじゃないのよ」
「どういうことだ?」
テスタとレスタには、ミールの言わんとすることが分からなかった。その二人に、フィアは静かに話す。
「感じないか? 急激な勢いで周囲のマナがあの音の方向に集束されている。シュバリエが魔法のために集めてるんだろう。これだけのマナを、瞬時に集め魔法を放つあのシュバリエ……間違いなく、“天才”と呼べる程の手練れだ」
「………」
テスタの背中に嫌な汗が流れた。確かに言われてみれば、周囲を漂うマナが次々と音の方向へと引き寄せられていた。あの音は村からかなり離れた位置から聞こえてくる。にも関わらず、村の周囲のマナまで集束されていた。それは、この世界の中では途轍もないマナの集束率であった。それこそ、常人には到底不可能な程の―――
「もちろん、大志もそうだ。マナの集束率、魔法の威力、魔法の応用力……どれをとっても超一級品、大志も紛れもなく天才――いや、化物と呼べる程の力を持っている。この世界の常識の範疇を超えた、圧倒的力だ。
つまり、この音の発生源では、天才と天才が魔法をぶつけ合ってるということだ。それがどれだけ凄まじいものか、お前達にも分かるだろう」
「……ああ」
「そんな中に私達が行って、大志の加勢になると思う? 私はそうは思わない。悔しいけど、むしろ大志の足手まといになるのが目に見えてるわ」
「………」
テスタとレスタは、言葉を失っていた。反論が出来なかった。ただただ拳を強く握り、自らの力のなさを悔やんでいた。その二人の拳を見たフィアは、表情を柔らかくし二人に話す。
「……二人の気持ちはよく分かる。アタシだって同じ気持ちだ。出来れば大志の力になりたい。……だが、それは出来ないんだ。それなら、アタシらはアタシらに出来ることをしよう。大志は敵を村の外へ引き付けてくれた。アタシらを自由に行動させるために。だったら、アタシらがするべきことはただ一つ。
――捕えられた魔界人を、必ず魔界に戻すんだ。いいな?」
二人は、フィアの言葉に力強く頷いた。そしてすぐに走り出し、避難する魔界の人々に手を貸した。
「……フィア、私達も行きましょう」
「ああ、そうだな……」
ミールもまた魔界の人々の方へと走り出す。フィアは、一度音がする方向の空へと顔を向けた。
(大志……油断するなよ。必ず戻って来い……)
フィアもまた力の無さを悔やんでいた。“魔界人解放戦線”――大そうな名前をしていながら、出来ることはこうして隙を見て魔界の人々を解放することだけ。強敵の相手は大志に任せっきり。何がリーダーだろうか。たった一人の少年に全てを押し付け、自分は安全な場所から無事を祈ることしか出来ない。そのことが、フィアの胸を締め付けていた。
……だが、いくら悔やんだところで、大志の力は自分にはない。それが現実であり、変わらない真実。ならせめて、自らの役目を全うしよう―――フィアは、改めてそう決意していた。
「――さあ、村を離れるぞ!! 誰一人、残しはしない!!」
力強く叫んだフィアは、足を踏み出した。そんな彼女の耳には、遠くから聞こえる衝突音がいやに大きく聞こえていた。




