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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第二章【世界の形】
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世界の鎖

 周囲は間もなく夜明けとなる時間であった。村の所々に松明が焚かれ、ユラユラと揺れる灯りが家や小屋を照らしていた。

 クリートは外に出ていた兵士達を村に呼び戻した。だが、ここでクリートは半分のみを村に戻し、残りを外の警戒に当たらせていた。村の外では、兵士達が周囲をくまなく警戒する体制を取っている。

 それは大志の異常な行動があっての措置だった。あの状況で投降する理由はない。だとするなら、何か企みがあると考えるのが定石。クリートはすぐに兵士達に指示をし、村の中のみならず外の警戒までも強化していた。さすがはシュバリエといったところだろうか。

 大志達からすれば、実に都合の悪い状況に陥っている。フィア達はいったん魔界人達を檻に戻し、鍵をした。無論鍵は壊しているため見せかけとして付けているだけであり、用意に取り外すことが出来る。救出のタイミングを計りつつ、フィア達は物陰に身を潜めた。そして大志はというと、体を縄で結ばれ座らせられていた。それは特殊な縄であり、周囲のマナを寄せ付けない効果がある。マナを集めることが出来ないということは、魔法全般が使えないということ。現段階で身動きが取れない大志は、大人しく眼の前の景色を眺めていた。


「――眠らないのか?」


 ふと、大志に声を掛けてくる人物がいた。クリートである。大志がその方向を見ると、青い瞳で優しい表情をするクリートがいた。


「眠れないんだよ。こんなに縄をグルグル巻きにされて、グースカ寝れるかよ」


「我慢してくれ。君は危険すぎるんだよ」


「危険もなにも、この縄がマナの集束を邪魔してるんだろ? 魔法が使えない俺なんか、ただの貧弱なガキだぞ。もうちょっと緩めてもいいじゃねえか?」


「貧弱って言葉は、君には一番似合わないよ」


 クリートは笑いながら話す。油断をしているわけではない。だが、まるで友のように接するクリート。大志は、少しだけ不思議に思えた。


「……なあ、俺と話しててマズくないか?」


「なぜだい?」


「いや、一応俺敵だし。何度も天界の奴らに仕掛けたし。何度も感電させたし……」


「ああ、そういうこと。ご心配なく。僕はこの部隊の実質トップだ。誰も文句は言ってこないさ。……それより、君の眼は変わった色をしてるね……」


 クリートは大志の眼をマジマジと見つめた。クリートも話には聞いていた。“黒い瞳を持った雷使い”と。だが、半信半疑な面もあった。何しろこの世界には青い瞳の天界人、赤い瞳の魔界人しかいない。黒い瞳など、聞いたこともなかった。それが今目の前にいる。その瞳は、まるで吸い込まれるようにどこまでも黒かった。


「……なるほど。“黒瞳の雷帝”……確かにその通りだ。君は、魔界人ではないんだろ? そして天界人でもない……。いったい何者なんだ?」


「う~ん……話せば長くなるし、理解も難しいと思うぞ?」


「……それなら話さなくていい。無理に聞こうとは思わない。でも、何か複雑な事情があるみたいだね」


「まあ、な……」


「………」


「………」


 そこから、しばらく沈黙が流れた。松明の火が跳ねる音だけが、時間を繋ぐように流れてくる。クリートは、なんだか触れてはいけないことに触れてしまったかもしれないと自責の念にかられていた。

 一方大志は、少し前のことを思い出していた。それは大志が訓練に励んでいた時のこと。フィアが突然大志にあること聞いてきた―――




『――ところで大志、お前はどっちの人間なんだ?』


『どっちって?』


『魔界人か天界人かってことだよ。黒い瞳なんて初めて見たからな。どっちの生まれなんだ?』


『どっちって……たぶんどっちでもないぞ』


『どっちでもないって……そんなわけないだろ』


『……実はな、こう言って信じてくれるかは分からんが、俺はこの世界の人間じゃないんだよ。別の世界から来た』


『……それ、本気で言ってるならかなり心配だぞ。――お前の頭が……』


『余計なお世話だよ! ……まあ、俺自身未だに信じられないとこもあるけどな。でも本当だ。だから俺はこの世界のことなんて全然分かんねえんだよ』


『………』


『……なんだよ。フィアから聞いといて黙んなよ』


『……いや、それがもし本当なら、お前がこの世界に来たのには何か理由があるのかもな』


『理由?』


『ああ。数年前に魔王が天界の軍勢と戦い、退けたのは話しただろ? それから魔王は姿を見せていない。天界の軍勢も、ここぞとばかりに魔界に一方的に攻め入っては魔界人を捕えている……いずれ、また魔界に攻め入る可能性もあるだろう。魔王がいないこのタイミングを狙わないはずがない』


『………』


『そんな中、雷使いのお前はこの世界にやって来た。なら、その意味は……なんだろうな』


『天界を追い返すこと?』


『まあそうしてくれると魔界としてはありがたいがな。……だが、お前が来た“意味”はその程度じゃないようにも思える。この世界の外側から来たお前は、この世界に絡まる“鎖”に縛られていない。

 ――それは、とても大きな意味がある気がするがな』


『世界の…鎖……』


『まあ、お前が言うことが本当かどうかは分からないから何とも言えないけどな。どちらにしろ、あんまり人に言うなよ? 頭がオカシイって思われるぞ?』


『うぅ……そいつは勘弁だ……』


『ハハハ……! なら、訓練に戻ろうか―――』




(世界の鎖ね……確かに俺にはまだ分からないな。それに、俺が来た意味なんてのもさっぱりだ……)


 ふと思い出したのを皮切りに、大志の頭の中にはいくつもの疑問が生まれていた。よくよく考えれば、なぜ自分がこの世界に来たのか……この力を手にしたのか、それが分からない。それが分からないということは、自分の存在意義が分からない。ただ周囲に流され、ただフィアと行動を共にしてるだけのようにも思えた。確かに今の大志には、そんな難しいことを考える余裕はない。この世界について何も知らなさすぎる彼は、判断のしようがないのだ。……なら、自分が来た意味を見つけるにはどうすればいいのか……

 そんな自問自答は終わることなく頭の中を周回する。当然、答えなど見つかるはずもなく。


(……止めた止めた。考えても分からん。でも、もう少しこの世界を知れば見えるかもしれないな)


「……い……おい……おい!!」


「――え? え?」


 その時、大志はようやく自分を呼ぶクリートの声に気が付いた。


「あ、悪い。ちょっと考え事をしてたんだよ」


「いや、構わないよ。――なあ、一つ提案があるんだが……」


 急にクリートは、表情を真剣なものに変えてきた。殺気のようなものはない。威圧的でもない。とても不思議な表情だった。その顔を見た大志は、少しだけ間を置いた後に聞き返した。


「……提案? なんだよ」


「君、天界の軍に入らないか?」


「………は?」


「どうやら君は魔界人ではないようだ。しかし、それだけの力がありながらあんな集団に身を置くのはもったいないと思う。止まり木がないのなら、天界に来るといい。勇者様達なら、喜んで歓迎してくれるよ」


「勇者……」


「もちろん強制はしない。でも、一度勇者様と会ってみないか? 考えるのはそれからでも十分だと思うが……」


「………」


 思いがけない提案に、大志は戸惑っていた。まさか、敵として対峙してきた軍勢の代表者からこうやって誘いを受けるとは思っていなかった。しかし、彼の中で既に答えは決まっていた。それを口にする前に、彼にはどうしても確かめたいことがあった。


「……なあ、一つだけ教えてくれないか?」


「なんだい?」


「天界の軍勢は、どうして魔界を攻めたんだ? それまで魔界と天界は境界の絶壁のおかげで完全に遮断されていたんだろ? それをどうして攻める必要があったんだ?」


「………」


 クリートは答えなかった。答えられなかった。彼自身も進攻に参加していたが、あくまでもシュバリエの一人として参加したまでの話。どうして急に攻めたのか……その深い理由を、一介のシュバリエが知ることはなかった。だが、大志の眼はどこまでも真っ直ぐだった。彼を天界に誘った手前、その視線を裏切ることは出来なかった。


「……すまない、それについての詳しいことは、聞かされてないんだよ。全ては天帝様の意志のもと。僕は、ただ天帝様のために動いたにすぎないんだ」


「そうか……なら、それを知るためには、その天帝って奴か勇者に会わないといけないんだな」


「そうだね、それが一番早いと思う。だから、とにかく僕達と天界へ……」


「いや、それはいい。自分で行くから」


「え?」


 大志はその場ですくりと立ち上がる。突然の大志の行動に、クリートは僅かに後方に跳び、構えを取る。


「……何をするつもりかは分からないけど、まずは座ってくれないか?」


「嫌だね。俺にとってはその勇者とかいう奴なんかどうでもよかったけど、気が変わった。直接話してみたい」


「だから、それなら僕らと……」


「囚われたままでか? 冗談言うなよ。俺は自分の足で勇者のところに行って、自分の口で話す。気に入らないなら文句も言う。それを縛られたくないんだよ。

 ―――だから……!!」


 大志はその場を走り出した。だがそれはクリートの方ではない。少し離れた位置にいた兵士の方だった。


「おい!! 待て!!」


 クリートの叫び声で、兵士はようやく大志が自分の方に走り込んでくるのに気付く。


「え? え、ええ!?」


「どけえええええ!!!」


 大志の怒声に、兵士は咄嗟に剣を抜いた。そして一直線に駆けてくる大志に向かい、剣を振り上げる。


「ッ!? まずい!! 剣をしまえ!! しまうんだ!!」


 クリートは何かに気付き叫び声を上げたが、既に兵士は剣を振り降ろしていた。迫る刃を見た大志は、ニヤリと笑う。体を捻り、剣を紙一重で躱す。振り降ろされた剣は地面にめり込み止まった。その隙を突き、大志は兵士の胴体に鋭い蹴りを入れる。


「ぐふっ――!?」


 兵士は短い呻き声をあげ後方に吹き飛ばされる。そして大志は、残された兵士の剣で体を縛る縄を斬り解いた。


「……ふう、ようやく窮屈から解放された……もう縛られるのは御免だな」


 腕を回しながら肩をコキコキと鳴らす大志。その姿を見たクリートは歯をギリギリと噛みしめながら、剣を抜いた。


「……雷帝、戻るんだ。手荒な真似はしたくない」


「悪いな。やりたいことが見つかったんだ。これ以上時間を取られたくないんだよ」


「だったら、君を斬らないといけなくなる。もう一度言う。戻るんだ」


「やれるもんなら……やってみな!!」


 大志は村の外に向けて走り出した。途中警戒していた兵士達は大志の姿を見るなり剣を構えたが、体が自由になった大志は剣を持つ兵士を蹴散らしながら村の外へ向かう。


「チッ――!! 捕虜が逃げたぞ!! 追え!!」


 クリートの叫びで、村中の兵士が大志が走り出した方向に進み始めた。


「警戒班!! 村の東の方角だ!! 雷帝を捕えろ!!」


 他の兵士の叫びで村の外にいた兵士達も、大志が走る方向に集まり始めていた。


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