雷光
明け方の森では、東の空に朝焼けが広がっていた。優しい光が森一面に降り注ぐ。しかしそんな景色とは不釣り合いな音が森を駆け抜けていた。大地には所々大きな窪みがあり、木々も圧し折れている。……いや、正確に言えば、折れているわけではない。消滅していると言った方がいいだろう。木々の一部分が、“空間ごと消え去った”かのように消えていた。
「おおおおおお!!!」
クリートは上空に浮かび周囲に無色透明の球体を幾つも作り出していた。そしてそれを次々と放つ。大志は右に左にステップしながら躱し続ける。球体は躱した先の大地と衝突するや、轟音と共に周囲の空間を圧縮し押し潰す。
(確かに、当たればヤバいな――!!)
その威力を目の当たりにした大志の背筋には嫌な汗が流れる。だがクリートは執拗に球体を放つ。空からは破壊の球が断続的に降り注ぐ。
「どうした雷帝!! 手も足も出ないのか!?」
「クソッ――!! しつけぇんだよ!!」
球体を躱した大志は振り返り際に右手から雷を放つ。雷は上空を駆け、クリートに向かう。
「無駄だ雷帝!!」
クリートは自らの周囲に球体を楯のように構えた。雷は球体に触れると、クリートの体を避けるように後方へと走り去っていく。
「またかよ!!」
「無駄だ雷帝!! お前の雷撃は僕に届かない!! ――そして、制空権は僕にある!!」
クリートは大志に向け滑空する。そしてすれ違い様に剣を横に振り抜く。
「―――チッ!!」
体を捻り剣を躱す大志は、飛び去るクリートに向け雷撃を放つ。だがそれもクリートは球体を構え防ぎ、さらに楯として使用した球体を大志に向け一気に放つ。大志は後方に跳びながら球体を躱し、再度雷撃を放つ。だがやはり、クリートには届かない。
それを見た大志は、もう一度舌打ちをしてクリートに正対した。
「……なるほど、な。圧縮した空間で雷撃の軌道を逸らしてるわけか……考えたじゃねえか」
「確かにお前の雷撃は驚異的だ。だが、それも僕に届けばの話だ。お前は、僕には勝てないよ」
見下したように言い放つクリート。言葉には力が込められている。彼は、勝利を確信していた。しかし大志は、そんなクリートに対しニヤリと笑う。その表情を見たクリートは、ピクリと眉間に皺を寄せた。
「……ずいぶんと余裕があるんだな……。だが君は分かってるのか? 君は、追い込まれてるんだよ?」
「……追い込まれる? 俺が? ……ハハハハハ!!」
大志は高らかに笑う。声は森に響き渡り、木々は風に揺られざわついていた。その声は、クリートの感情を更に逆撫でする。
「……何がおかしい?」
「――いや、悪い悪い。お前がどうも勘違いしてるみたいだったから、ついな……」
「僕が……勘違い?」
「確かにお前は俺の雷を今のところ完璧に防いでいる。――けど、それがどうした?」
「何?」
「まさかとは思うが……お前、俺が“雷を飛ばすだけしか出来ない”…なんて、思ってないだろうな?」
「………」
「沈黙は肯定……ってことでいいのか? まあいいさ……」
すると大志は、やや前屈みになり、地に立つ足に力を込め始めた。すると彼の両足には、バチバチと音を立てながら雷の光が現れる。
「……何をするつもりだ?」
「お前、確か前に言ってたよな……“行動が読まれているなら、反応出来ない速度で動くまで”ってな。――お前に見せてやるよ。“反応出来ない速度で動く”ってのが、どういうことなのか……
――目ん玉開いて、よく見てろよ」
「だから、お前は何を―――」
クリートがそう言いかけた瞬間、大志が立っていた位置に雷が走り――かと思えば、その場にいたはずの彼の姿が消えた。
「な、何――!?」
クリートは周囲を見渡す。だが姿がどこにもない。決して目を離していたわけではない。だが大志の姿は、雷光と共に忽然と消えていた。
「――こっちだ」
「―――ッ!?」
ふと地上の一カ所から大志の声が響く。すぐにその方向を見ると、そこには大志の姿があった。
「そこか――!!」
クリートは大志の姿を見るやその位置に球体を放つ。だが大志の足元に雷が走ると、再び大志の姿は消え去り、球体は誰もいない大地を抉るだけだった。
「――こっちだ」
「―――ッ!!」
今度は別の場所から大志の声が響く。クリートは姿を確認する前に声の方向に向かい球体を投げつける。だがそこにも大志の姿はない。
「――こっちだ。――ここだよ。――どこを見てるんだ?」
声は次々とあらゆる角度から聞こえてくる。だが大志の姿はどこにもない。彼の声だけが、森の中で不気味に響いていた。もはやクリートは、大志の姿を完全に見失っていた。
「こ、この速度は……!!」
それは圧倒的な速度だった。まるで大志自身が雷光になったかのように、誰の目にも止まることなく駆け抜ける。上空にいるクリートは、視覚的にもかなりの優位に立っているはずだった。だがそれでも、彼の眼は大志を見失う。雷が至るところに走り、声が響く。だが肝心の大志の姿はない。それは一つの恐怖だった。自分は相手の姿を捉えられない。だが相手は、宙にいる自分を見ている。一方的に。
「く、くそおおおおおおおおお!!!」
姿を捉えることの出来ないクリートは、心を包み始めていた恐怖を振り払うように、手当たり次第に大地に向け球体を放つ。空から大量の隕石が降り注ぐかのように、大地には幾つものクレーターが次々と出来ていく。だがそのいずれも、大志の体に触れることすらなかった。
(これほどの速度で動けるというのか!? ―――化物め!!)
焦りを募らせるクリートは地上に球体を撃ち続ける。そして絶叫の声を上げた。
「――答えろ雷帝!! なぜそれほどの力がありながら、魔界側に付く!? なぜ天界を敵に回す!? ――答えろ!!」
球体の破壊音はけたたましく、おそらく彼の声はかき消され地上には届いていないだろう。それでもクリートは叫び続けた。
「――知らねえよ」
「―――ッ!?」
突然、クリートのすぐ後ろから大志の声が響く。振り向いたクリートの眼は、ようやく大志の姿を捉える。――彼はいつの間にか宙に跳び出していた。そしてクリートの背後で右手に激しい雷を溜めこみ、クリートに打ち込もうと振りかざす。
――その姿に、クリートの心に戦慄が走る。
「お前らのやってることが気に入らない―――それだけだ!!!」
大志は雷を宿した右手を、一気にクリートの背に打ち込む。雷はクリートの体を忽ち包み込み、叩き落とした。
「がああああああああ!!!」
凄まじい衝突音と共にクリートは大地と衝突し、土煙を立ち昇らせた。
そして、大志は地上に降り立ち、ゆっくりとクリートの元に歩き出した。土煙が風に流されると、大地にめり込むように倒れるクリートの姿が露わとなった。
「……がっ……はっ……」
クリートは辛うじて意識を保ってはいたが、必死に息を吸い込んでいた。全身を包む激痛に、指一本動かすことも出来ていない。その彼に向け、大志はゆっくりと口を開いた。
「……一応手加減はしたつもりだけど、たぶん二、三日はまともに動けないと思うぞ。ま、ゆっくりすることだな」
「………」
クリートは弱々しい視線を大志に送る。だが、言葉すら口に出来ないほどに彼はダメージを受けていた。
「――あと、俺はどっちの味方でもない。魔界だの天界だの、俺にはよく分かんねえんだよ。俺は俺の思うままに行動してるだけなんだよ」
「………」
それを聞いたクリートは、なぜかフッ笑みを浮かべる。そして、静かに意識を失った。クリートの表情を見た大志もまた、小さく笑みをこぼす。そして大きく声を出した。
「……おい天界の兵士!! こいつを運んでやれよ!! 一人じゃ歩くことも出来ないからな!!」
兵士達は姿を見せなかった。草の茂みだけが至る所でガサガサと音を出していた。彼らは恐怖で動けなかった。彼らにとって、シュバリエとは特別な存在である。エリートの中のエリート……圧倒的な力を持つ者……そんなシュバリエすらも、黒瞳の雷帝は一方的に倒してしまった。自分達が束になっても敵わない。そう心と体に、刻み込まれた心境だった。
「………」
もう一度クリートに視線を送った大志は、ゆっくりとその場を後にする。ふと空を見上げると、いつしか雲が立ち込めていた。朝焼けは雨の前兆。間もなく、雨が降り注ぐだろう。
「……降り始める前に帰るか……」
大志は少しだけ足早に駆け出す。そして森は、ようやく静寂を取り戻していた。




