07王太子たち、お叱りを受ける
王宮の執務室には地鳴りのような怒号が響き渡っていた。
「この大馬鹿者がァッ!!!」
ガシャーーーン!!と高級な磁器のティーカップが床で粉々に砕け散る。怒髪天を突く勢いで机を叩いたのは国の絶対権力者であり、ルファード殿下の父親である国王陛下その人。
御前でルファード殿下は未だに水が滴るボロ雑巾のような格好のまま、大理石の床にガタガタと震えながら正座させられている。
隣には同じくびしょ濡れで髪がワカメのようになったクラリスが恐怖で小さく丸まっていた。
「ルファードお前、自分が何をしでかしたか分かっているのか?国王の座を放り投げて南の島へ行く!?我が国が誇る最高至高の戦略兵器であり、国宝であるローベル嬢をストーカーした挙句、激怒させて王城を温泉に沈められそうになったというではないか!!」
「ち、父上……彼女の価値を認めたからこそ、妻にと……」
殿下が青い顔で弁明しようとした瞬間、国王陛下の目が血走った。
「黙れ無能!ローベル嬢がなぜ擬態していたか、その高い知性と意図をなぜ汲み取れん!静かに暮らしたいのだ!前公爵令息のマージンがあんな体たらくで自爆し、ようやく我が国に繋ぎ止める恩を売る絶好のチャンスを王家が握ったというのに、お前は顔をさらに泥水につっこんで引きずり回したのだ!!」
「ひっ……!」
「いいかルファード。ローベル嬢が本気を出せば我が国など一瞬で崩壊する。現に今王宮中のすべての蛇口から蛇口をひねると、お前の情けない悲鳴が微音量で流れるという嫌がらせのような呪詛魔法がかけられているのだ!今朝顔を洗おうとしたら、お前の降ろしてくれ!という声が響いた我が身の恐怖が分かるか!!」
置き土産はちょっとした音響水魔法の応用である。
「そ、そんな馬鹿な……恥ずかしい声が!」
絶望するルファードに、国王陛下は書類の束を叩きつけた。
「お前は本日をもって王位継承権を第一位から最下位へ降格とする。ローベル嬢が死ぬ気で書類仕事に励めと言い残した通り、向こう五年間一切の休日を返上して内政に励め!徹夜の供にはお前の悲鳴が出る水道水しか与えんからな!」
「じ、五年間年中無休……はっ!?」
ローベルが憎んだブラック労働環境の強制執行だ。被害者の言葉通り、王太子は文字通り書類の山に溺れることになった。
「それからピンクの女!」
国王陛下の鋭い視線がクラリスに突き刺さる。
「ひゃうっ!?わ、私はルファード様が心配でお胸が……っ」
「やかましい!貴様の自称病弱のせいで我が国の至宝がどれほど、不愉快な思いをしたか!幸いローベル嬢の親切な水洗式全自動洗濯魔法のおかげで、貴様の健康状態はすこぶる良好だと王宮医長からも報告が入っている!肩凝り以外にどこも異常なし、だな!?」
「あ、う……」
「これほど頑健な肉体があるならば、国境付近の塩田での強制労働にぴったりだ。水分の蒸発が激しいからな、せいぜい干からびない程度に朝から晩まで塩を担いで国に貢献しろ!」
「そんな……嫌ぁぁぁ!塩田なんてお肌がボロボロになっちゃうのに!」
クラリスの悲鳴は無視され、即座に衛兵たちによって引きずられていった。マージンの幼馴染のカラメーリアは鉱山の洗濯奴隷、ルファードの幼馴染のクラリスは塩田の労働者。
国の病弱幼馴染女は、全員もれなく肉体労働の才能を開花させる運命にある。
「ルファード何をしている?さっさと執務室へ行け。今日中に片付ける書類はお前の身長の倍はあるぞッ。不愉快だから早く消えろ」
「うう……はい、父上……」
輝かしかった王太子は完全に生気を失った顔になり、ふらふらと終わりのない書類の地獄へと歩き出していった。
一方、その頃、国境を越えた先にある常夏の南の島。
「やっぱり自分で淹れたココナッツジュースは最高」
白い砂浜に置かれたビーチチェアに寝そべり、パラソルの下で優雅にグラスを傾けていた。
周囲には気配を察して集まってきた可愛いラッコ型の海の魔物たちが、お供のように足をフニフニとマッサージしてくれている。男も病弱な幼馴染も王位も、書類もここには何もない。
「次はどの小説を読もうかな」
水の魔力はビーチの最適な室温調整とお酒の氷をいつでも、好みの形の球体にするためだけに贅沢に使われている。前世で死ぬほど働いたのだ。
南の島でのんびりとリゾートを満喫していた日のこと。国に残してきた数少ないまともな友人。擬態していた頃の仲間から届いた定期報告の手紙を開く。
「へえ……あの二人、今そんなことになってるんだぁ」
手紙に書かれていたのは自称病弱幼馴染コンビの因果応報で、哀れで最高に笑えるその後の姿。
カラメーリアの現在は鉱山の洗濯専門奴隷メイド。あらくれ者の屈強な炭鉱夫たちが集まる、埃っぽい鉱山の洗濯場。フリルまみれの令嬢の面影は微塵もない、一枚のボロ布をまとったカラメーリアの姿も。
「ちょっと!新入りのカラメーリア!何をチンタラやってんの!炭を吸い込んだ作業着がまだこんなに黒いじゃない!さっさと腕を動かしな!」
「ひ、ひぃぃ……!ごめんなさい、お頭ぁ!でも私、昔からお胸の病気が……ゲホッ、ゴホッ」
マージンをイチコロにした渾身の儚げな咳き込み上目遣い。




