06舐めるのも大概にしてよ
馬車の荷台には大量のバカンス用品。高級浮き輪やパラソルが詰め込まれていた。
(待て待て待て就職って何!?国家の最高権力を同行者にジョブチェンジしないで。責任感どこに置いてきた)
頭の痛さにこめかみを押さえた時。
「待ってルファード様ぁ……あああっ!ゲホッゴホッ!私を置いていかないで……くださいませっ!」
馬車の陰から今度はピンク色のフリルをこれでもかと盛ったドレスを着た見覚えのあるタイプの女が、弱々しく咳き込みながら現れた。嘘でしょ。デジャヴ?デジャヴなのこれ?
「ん?どうしたんだいクラリス。君は体が弱いんだ、そんな風に走ったら危ない」
さっきまでのストーカーじみた笑顔から一転、実にお約束な心配そうな幼馴染の顔になってクラリスとやらの肩を抱き寄せた。
(おいおい貴様もか王太子)
頭の中で怒りのあまり近くの馬車の車輪を素手で引きちぎって、二人の頭にフリスビーのように投げつけている。
(高スペック男子は病弱幼馴染女を常備してなきゃいけない法律でもあるわけ?マージンで胃もたれしたばっかりなのにおかわり?クラリスって女さカラメーリアと同系統の悲劇のヒロインの匂いがプンプンする)
「ルファード様……私、ルファード様が遠くへ行ってしまうと思ったら胸が苦しくて……っ。あ、あの、そちらの変な……いえ、ローベル様という方がルファード様をたぶらかして南の島へ連れ去ろうとしているのですか?酷いですわ、私というものがありながらっ」
クラリスは涙目で睨みつけてきた。いや、睨みつけるというより上目遣いで私の方が可哀想で可愛いですよね?と殿下にアピールしている。
(たぶらかしてない。全力で拒絶してんんの。熨斗つけて返すから今すぐ男の首輪引っ張って王宮に帰ってくれ)
「クラリス。ローベルを悪く言わないでくれ。私の運命の女性だ。ローベルすまない。クラリスは昔から心臓が弱くて、私が側にいないと不安で発作を起こしてしまう。南の島にはクラリスも連れていくことにした」
ルファード殿下は名案だろうと言わばがかりに親指を立てる。
(は?三人で行くの?病弱な幼馴染付きで?)
「お、お邪魔でなければついていきます。ローベル様、私体が弱いので、南の島ではきっと何もお手伝いできませんけれど……ルファード様のお世話だけは私が……ゲホッ、ゴホッ!はぁはぁ」
クラリスは勝ち誇ったようなドヤ顔を一瞬だけ向け、それからまた殿下の胸にシンクロナイズド倒れ込みを敢行した。限界を超えてイラつく。
(分かった。完全に理解した。この世界の男はどいつもこいつも病弱幼馴染のチュートリアルをクリアしないと死ぬ病気なんだ。マージンの時であれだけイライラさせられたのに、南の島に行ってまで他人の胸が苦しいのぉチラッを特等席で見せつけられるとか、どんな嫌がらせ?)
すう、と深く息を吸い込んだ。これ以上ないほど冷たく濁りきった般若の微笑みを二人に向ける。
「ルファード殿下。クラリス様」
「なんだい、ローベル?」
「は、はい……なんでしょう?」
自分の右手を前に突き出した。指先を小さく一振りするだけで、朝の澄んだ空気が一変。
伯爵邸の庭にある池から、馬車に積まれていた高級ウォーターサーバーからすべての水が意思を持った蛇のように這い出て、ルファード殿下とクラリスの周囲を取り囲む。
「ひっ、な、何これ……!水が浮いて……る!?」
クラリスが悲鳴を上げるし、ルファード殿下も初めて見る魔力に顔を引きつらせた。
「殿下、私はお断りいたしました。それなのに病弱な幼馴染を連れて、聖域を汚しに来るとは……少々舐めすぎではありませんか?ねえ、殿下?」
指先をパチン、と鳴らした次の瞬間、浮遊していた水が一気につむじ風のように回転し、二人を巻き込んだ巨大な水の竜巻へと変化した。
「うわあああ!?ローベル待っ」
「いやあああ!ドレスが髪がぁぁ!!」
二人は水の渦に巻き込まれ、洗濯機の中で回される衣類のように空中でグルグルと高速回転を始めた。
もちろん、窒息しないように顔の周りだけは空気を確保してあげるという魔導士ならではの優しい鬼畜な配慮付き。
「クラリス様?南の島は暑いですからまずは病弱の素である体内の熱を、水洗式全自動洗濯魔法で綺麗さっぱり洗い流して差し上げます!ついでに男を惑わすあざといピンクのフリルも、水圧で全部引きちぎって雑巾にして差し上げましょうね?あはは〜ですわ〜」
「ごめんなさいもう言いませんんん!胸の病気は治りましたぁ!ググウ!?」
水の洗濯機の中でクラリスが絶叫しながら高速で健康を証明していく。
「ルファード殿下も王位を放り出すなどという無責任発言、私が水圧で脳みそごと叩き直して差し上げます!大人しく王宮に戻って死ぬ気で書類仕事に励んでくださ〜い」
「わわわわわ、分かった戻る!戻るから一回降ろしてくれぇ!」
フン、と鼻を鳴らし、指先を下へ向けた。ザパーーーン!!!と激しい水音と共に二人は馬車の荷台。バカンス用品の上に文字通り濡れネズミのようになって、バシッと叩きつけられた。
高級な浮き輪がクッション代わりになって命拾いしたようだ。哀れな格好で見てて面白い。
「ひ、ひぃぃぃ……っ!」
「う、嘘でしょこの女、バケモノ」
クラリスは髪が四方八方に爆発し、自慢のドレスもボロ雑巾のようになってガタガタと震えている。ルファード殿下も、完全に恐怖にド直球で溺れたようで青ざめた顔で見上げていた。
「御者さん、二人を今すぐ王宮の執務室へ強制送還してください。途中で逃げ出そうとしたら、国中の井戸水が彼らを襲うよう魔法をセットしておきました」
御者ににっこり笑いかけると御者は恐怖で直立不動の敬礼をし、猛スピードで馬車を発車させた。ガタゴトと遠ざかる馬車の荷台から「待ってくれローベル!」「もう嫌ッ!」という情けない悲鳴が響き渡る。
「はぁ……どいつもこいつも病弱病弱って……本当に病気なのはそれを理解できない頭でしょうにっ。はぁ。こっちがもう嫌って言いたいっての」
パンパンと手の砂を払い、自分の旅行カバンを持ち直した。今度こそ邪魔者は誰もいない。一人優雅に誰にも行き先を告げず、歩き出した……また次の街で病弱な幼馴染を優先する男に出会ったら街の水源ごと、干上がらせてやるんだから。




