05貴方の妃になったら過労死するので無理
これからは誰も邪魔できない。
「素晴らしい手際だったな、ローベル」
王太子殿下がニヤリと不敵に笑いながら近づいてくる。
「さて……約束通り、あのような愚か者との婚約は消滅した。次は我が王家の正妃としての契約の話をしよう。君のような最高で最強の女性をずっと独り占めにしたかった」
「……は?」
ちょっと待ってほしい。レーダーが、今までにないレベルの大型激務ブラック案件を察知して激しくアラートを鳴らし始めた。
(王妃!?冗談じゃない、一番働かなくて済むことが遠ざかるポジションじゃん)
「王太子の正妃、ですか?」
引きつりそうになる頬の筋肉を必死に抑え、限界まで淑女の微笑みをキープした。
(寝言は寝て言ええ!)
今度こそ持っていたグラスを床に叩きつけ、王太子殿下の胸ぐらを掴んで前後不振になるまで揺さぶっている。
(王妃!?冗談じゃない。公爵夫人の比じゃないレベルの公務!終わらない書類仕事!命を狙われるドロドロの権力闘争!二十四時間三百六十五日年中無休の超絶ブラック職場。過労死から何を学んだ。二度と社畜には戻らないって心に深く刻んだのにUターンしない)
「殿下大変光栄なお言葉ですが……」
一歩、いや三歩ほど後ずさりし、綺麗なカーテシーのお辞儀をした。もちろん、心のシャッターはガシャァァァン!!と音を立てて完全に閉まっている。
「謹んで全力でお断りさせていただきます」
「……ぶっ」
近くで成り行きを見守っていた側近の騎士が、堪えきれずに吹き出した。王太子殿下のルファードは、即答で全力でと強調されて振られるとは思っていなかったようで、端正な顔を呆然とさせて固まっている。
「……ローベル?い、ま、今なんと?」
「お断りいたしますと申し上げました。耳に水でも詰まりましたか?必要であれば、SSS級の出力で鼓膜ごと一気に洗浄して差し上げますが?」
「いや結構だ。あー、しかしなぜだ?マージンのような無能とは違い君の価値を正当に評価している。望むならあらゆる権力も予算も、最高の環境も用意するつもりだ」
ルファード殿下は信じられないといった様子で一歩詰め寄ってきた。目は条件は悪くないはずだとビジネスライクに語っている。
そう、この男は無駄に優秀すぎてやりがいや地位を求めていると勘違いしているのだ。ある意味この男も病だ。
(出たよブラック企業の優秀なワンマン社長タイプ。お前には期待しているやりがいのあるポストを用意したって言って、定時退社を阻むタイプの人間)
「殿下、勘違いしないでいただきたいのですが」
フッと冷ややかな笑みを浮かべ、人差し指を立てた。
「これほどの魔力を隠し、平凡な伯爵令嬢に擬態していた理由を何だと思っていると?……答えは一つ。働きたくないからです」
「……は?」
「幼少期から静かで平穏な、誰にも邪魔されない生活を送ることを夢見ており、公務と夜会に追われ、世継ぎのプレッシャーに晒されて四六時中お飾りの笑顔を貼り付ける王妃の座など、地獄の終身刑に他なりませんので」
はっきりと告げてやると会場の貴族たちがヒッと声を呑んだ。王太子への求婚を地獄の終身刑と言い放つ令嬢など、建国以来一人もいなかっただろう。そんなの知るものか。
「な、ならば、妻にならずとも国家専属の魔導士としてっ」
「結構です。本日マージンから公爵家の資産を毟り取りました。これだけの資金があれば私は一生、南の島かどこかで右手にココナッツジュースと左手に小説を持って、一日中寝て暮らすことができますから」
勝利の笑みを浮かべた。そうなのだ。マージンを破滅させたことで、働かなくても生きていける極上の退職金を手に入れたのだ。国にすら縛られる理由なんてどこにもない。
「というわけで殿下。長期休暇は今この瞬間から始まります。これ以上公務に巻き込もうとするならば」
指先を軽く鳴らすと、王宮の豪華なシャンデリアを彩るクリスタルの数々が魔力に反応してカタカタと小刻みに震えだす。
「王宮の地下を流れる水脈をすべて沸騰させ、王城ごと壮大な温泉アトラクションにします。ふふ、皆様ごきげんよう」
「あ、おい!待てローベル!」
引き留めるルファード殿下の声を背中に受けながら、一度も振り返ることなく紺色のドレスの裾をひるがえして夜会会場を後にした。背後からはまだ何か叫んでいる殿下の声と、規格外の令嬢に恐れおののく貴族たちのどよめきが聞こえてくる。
(すっっっきりした!!内定王妃も蹴ったし、これにて社畜人生は完全終了)
夜風が心地よく髪を揺らす。明日からは、誰の目も気にしない本当の物理的な意味ではなく、精神的な意味での私生活ができる。
翌朝、旅立ちの準備をして伯爵邸の門を出ると豪華な馬車と、昨日お断りしたはずの王太子殿下がなぜか満面の笑みで待ち構えていた。
「おはようローベル。王宮に来てくれないなら、王位を放り出して君へお供することにした。南の島へ行こう」
「……は?????」
目の前で、この国の次期国王であるはずの男が、キラッキラ爽やかな百万ボルトの王子様スマイルを浮かべている。




