第91話 こりゃすげぇ
試練が発動したのは、数日後の夜のことだった。
「結界が消えた」
レインから連絡があった。
「来ましたね」
本部ギルドでボルクたちと待機していた、すずながそう呟いた。
「行くぞ」
ボルクがそう言いながら武器を手に取った。
「私達も、入口まで一緒に行きます」
紬がそう言って立ち上がった。心配そうな表情を隠しきれていなかった。心春も無言のまま頷き、二人の後をついていった。
塔の前に着くとこれまで何の変哲もなかった入口に、淡く光る文字が浮かび上がっていた。
「制限時間は、日付が変わるまで」
すずながその表示を読み上げた。
「今、何時だ」
ボルクがそう尋ねた。
「もう二十二時過ぎです。二時間もないですね」
すずながそう確認しながら答えた。
「思ったよりシンプルだな」
ボルクがそう言いながら塔を見上げた。
「先輩気をつけてください」
紬が心配そうにそう声をかけた。
「大丈夫です。行ってきます」
すずなはそう言って紬に微笑みかけた。
「行きましょう」
すずながそう言うと、二人は塔の中へと足を踏み入れた。紬と心春はその背中を見送るしかなかった。
塔に足を踏み入れたその瞬間、体の内側に何かが弾けるような感覚が走った。
「力が湧き上がってきます」
すずなが思わず声を上げた。
「力が、漲ってくる」
ボルクも自分の腕を見つめながら、驚いたようにそう呟いた。
「こりゃすげぇ」
ボルクはそう言いながら拳を握りしめた。全身に満ちる力に、興奮を隠しきれない様子だった。
塔の中は螺旋状に続く階段と、そこに立ちはだかる魔物たちで構成されているようだ。レインが言っていた「短時間で高い戦闘力を要求される」という言葉が、すずなの頭の片隅をよぎる。
「まずは俺が先に行く」
ボルクがそう言って先陣を切った。
次の瞬間、彼の姿がすずなの目にも追いきれないほどの速さで目の前の魔物へと迫った。一撃。ただそれだけで魔物が消し飛び、光となって消える。
「はっ、こいつは面白い」
ボルクはそう言いながら、次々と現れる魔物を薙ぎ払っていった。普段の実力に試練の三倍化が乗り、その勢いはもはや圧倒的だった。
「ボルクさんすごい勢いです」
すずながその様子に呆気に取られながらそう言った。
「お前も援護は任せた」
「はい」
すずなはRose Wardで身を守りながら、状態異常への耐性を活かして援護に徹した。とはいえ、援護の出番すらほとんど必要ないほどだった。立ちはだかる魔物は全てボルクの一撃で消滅していく。
階段を上るたびボルクの勢いは増していった。
「この程度か!」
ボルクの咆哮と共にいくつもの魔物が瞬く間に薙ぎ払われていく。
「もう五階分、上がりましたね」
すずなが驚いたようにそう呟いた。
「まだまだ全然いけるぞ」
ボルクは息一つ乱すことなくそう答えた。
あっという間に、二人は塔の頂上へと辿り着いた。円形の広間の中央に小さな台座があり、その上に淡く光る窪みがあった。
「あれが、魔石を装着する場所ですね」
すずながそう言いながら懐から魔石を取り出した。塔に移動する前、レインに渡されていたものだった。
「よしあとはそれをはめるだけか」
「はい」
すずなは慎重に魔石を窪みに近づけ、はめ込んだ。窪みが淡い光を放ち始める。
『魔石の設置が確認されました』
そんな声が頭の中に響いた。
『Midnight Bellの試練をクリアしました』
「クリアしました」
すずながそう言いながら、呆然と辺りを見回した。
「もう終わりか?」
ボルクも呆気に取られたようにそう言った。
「あの、今、何時ですか」
「23時10分だ」
「あれ……?」
すずなが思わずそう声を上げた。
「まだ一時間も経ってないですよね」
「そういえば、そうだな」
ボルクも拍子抜けしたようにそう呟いた。
塔を出ると、入口で紬が待っていた。すずなたちの姿を見つけると慌てて駆け寄ってくる。
「先輩、なんでこんなに早く戻ったんですか?失敗しちゃったんですか」
紬が青ざめた顔でそう尋ねた。
「いえ、クリアしちゃいました」
すずながそう答えると、紬はきょとんとした顔をした。
「え?一時間も経ってないですよね?」
「はい。ボルクさんが凄すぎてあっという間に」
すずながそう説明すると、紬は毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。
「良かった……本当に、良かったです」
紬はそう言いながら、すずなにぎゅっと抱きついた。
「心配かけてすみません」
「もう心配で心配で」
紬はそう言いながらも、その声には安堵が滲んでいた。
「無事に戻れて本当に良かったです」
心春もその早さに驚きつつ、無事に戻れたことを喜んでくれていた。
「あんなに気合を入れて来たのに拍子抜けだな」
ボルクがそう言いながら苦笑した。
「でも無事にクリアできて良かったです」
すずながそう言うと、頭の中にまた新しい表示が浮かび上がった。
『新しい加護が使用可能になりました』
『Golden Hour』
「新しい加護ですか」
すずなはその内容を確認していった。
「一日一回、能力が一時的に三倍になる。ただし、効果時間は五分間のみ」
「五分だけか」
ボルクがそう言いながら意外そうな顔をした。
「短いですね」
「その代わり発動条件は緩い。使いたい時にすぐ使えるということだろう」
「本当の緊急時には、便利かもしれません」
すずながそう呟いた。
「普段使いには向かないが、いざという時の切り札にはなりそうだな」
ボルクがそう言いながら出てきたばかりの塔に視線を向けた。四人は塔を後にし、夜道を歩き始めた。
「今日は本当にありがとうございました」
すずなが改めてそう頭を下げた。
「気にすんな。寧ろこっちが楽しませてもらった」
ボルクはそう言いながら豪快に笑った。
「次に何か困った時は、また声かけろ」
「はい、その時はよろしくお願いします。もし私達の加護の力が必要な時は、いつでもお声がけください」
拍子抜けするほどあっけなく終わった試練の後には、安堵と物足りなさの入り混じった、不思議な余韻だけが残っていた。
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