第85話 本部にて
「バルドさんたちって、普段どこにいるんですか」
紬がそう尋ねた。
「決まった拠点は、持っていない者が多い」
エルフィがそう答えた。
「じゃあ、探すのも一苦労ですね」
「ただレインかシェイラなら、本部にいることもある」
「本部ですか」
「時々、書庫や資料室に用があって顔を出すことがある」
「行ってみましょうか」
すずながそう提案した。
「私は行かない。面倒だ」
エルフィがそっけなくそう言った。
「エルフィさんも一緒に行った方が、話が早いんじゃないですか」
「本人が隣にいたら聞きにくいこともあるだろう」
「あ、確かに……」
紬が納得したようにそう頷いた。
「好きに聞いてこい」
結局、すずな、紬、心春の三人だけで本部へ向かうことになった。
加護を使い、三人は再び本部ギルドのある街へ向かった。以前訪れた時と変わらず活気のある賑わいが広がっている。
「あ、ボルクさんだ」
紬がそう言って手を振った。
「おう、また来たのか」
ボルクがいつもの調子で軽く手を挙げた。
「今日はエルフィ様はご一緒じゃないんですね」
リンがそう言いながら周囲を見回した。
「ちょっと内緒の相談があって」
紬がいたずらっぽく笑った。
「お土産、代わりに持ってきました」
すずなが懐から焼き菓子の包みを取り出した。
「ありがとうございます」
リンが嬉しそうに手を伸ばした瞬間、隣から素早く手が伸びた。
「悪いな俺がリーダーだ」
ボルクがあっさりとそれを奪い取った。
「またですか、ボルク」
「早いもの勝ちだ」
「なんですかそれ」
その様子を見てすずなが小さく笑いながら、もう一つ包みを取り出した。
「リンさんの分もちゃんとありますよ」
「助かります、すずなさん」
「実は少し聞きたいことがあって」
すずなが切り出した。
「聞きたいこと?」
「エルフィさんの誕生日、いつか知りませんか」
「エルフィ様の誕生日?」
ボルクが意外そうな顔をした。
「知らないですね、私」
リンがそう答えた。
「そういえば、聞いたこともないな」
ボルクが腕を組みながらそう続けた。
「そんなに長い付き合いなのに、ですか」
紬が驚いたようにそう言った。
「エルフィ様はその辺りのことをあまり話さない方だからな」
「私たちもここに来る前に伺ったのですが、覚えてないって言われて」
心春が補足した。
「覚えてない、か。いかにもエルフィ様らしい」
ボルクが苦笑しながらそう言った。
「本部に、レインさんかシェイラさんがいらっしゃると聞いたんですけど」
すずなが続けて尋ねた。
「ああシェイラ様なら、今日は資料室にいるはずだ」
「本当ですか」
「案内してやろう」
ボルクがそう言って立ち上がった。
ボルクの案内で三人は本部ギルドの奥にある資料室へと向かった。石造りの静かな廊下を進むと、重厚な扉が見えてくる。
「この奥だ」
ボルクが扉を開けた。
中は天井まで届く本棚が並ぶ、広々とした空間だった。木漏れ日のような柔らかな光が高窓から差し込んでいる。
「シェイラ様、お客さんです」
ボルクが奥に向かってそう声をかけた。
本棚の陰から、一人の女性が静かに姿を現した。緑がかった長い髪、耳が少し尖った特徴的な輪郭。エルフの血を感じさせる涼やかな佇まいだった。
「客……?」
シェイラはそう呟きながら、すずなたちの方へゆっくりと視線を向けた。
「初めまして。楠 すずなと申します」
すずなが丁寧に頭を下げた。
「雨宮 紬です」
「中村 心春です」
紬と心春もそれぞれ名乗った。
「中村……?」
シェイラの視線が、一瞬だけ心春の上で止まった。それも束の間のことで、すぐに元の落ち着いた表情に戻る。
「あなたたちが……」
シェイラは、しばらく三人を見つめた後、そう呟いた。
「エルフィから聞いている」
「エルフィさんから?」
すずなが驚いたようにそう言った。
「日本から来た者たちがいる、と。世話になっているとも」
シェイラは近くの椅子に静かに腰を下ろした。
「今日はどういった用件で」
「実はエルフィさんの誕生日について、お聞きしたくて」
すずなが切り出した。
「誕生日?」
シェイラがわずかに眉を動かした。
「本人に聞いても、覚えていないと言われてしまって。もし、シェイラさんがご存知なら教えていただけないかと」
「そういうことか」
シェイラはしばらく考え込むように目を伏せた。
「エルフィの誕生日……たしかに聞いたことがある気がする」
「本当ですか」
紬が思わず身を乗り出した。
「かなり昔のことだ。少し思い出す時間をもらえるか」
「はい、もちろんです」
シェイラは目を閉じた。長い記憶の糸を一本一本たどっているような、静謐な佇まいだった。
しばらくの沈黙の後、シェイラはゆっくりと目を開けた。
「駄目だ。思い出せない」
「そう、ですか……」
紬が肩を落とした。
「すまない力になれず」
「いえ、そんな」
すずなが慌ててそう言った。
「レインなら覚えているかもしれない」
シェイラがふとそう付け加えた。
「レインさんですか」
「あいつは記憶に関わることを扱う。時空魔法の一部として、古い記憶を辿ることもできる」
「本当ですか」
心春が期待を込めてそう尋ねた。
「保証はできないが、私よりは可能性がある」
シェイラは頷いた。
「レインさんは今どちらに」
すずなが尋ねた。
「それは私にも分からない」
シェイラの言葉に三人は思わず顔を見合わせた。
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