第84話 次はどなたの番ですか
心春が新居の暮らしに慣れてきた頃、すずなの家に紬と心春が集まってお茶を飲んでいた。
壁のカレンダーを眺めていた紬の視線が、ふと二ヶ月ほど先の日付で止まった。
「そういえば次はどなたの番ですかね」
「番、というと?」
「誕生日ですよ。私の誕生日、もうすぐなんです」
「紬さんの誕生日、いつなんですか」
心春が尋ねた。
「二ヶ月後くらいです」
「もうすぐですね」
すずなが嬉しそうな表情を見せた。
「先輩の時ほど盛大にしなくていいですからね」
「ちゃんと考えますね」
すずなはそう答えながらも、頭の中では既に色々と計画を巡らせ始めていた。
「そういえば心春さんの誕生日は、いつなんですか」
すずなが尋ねた。
「私は、少し前に終わったばかりなんです」
「終わったばかり?」
「異世界に戻ってくる前、皆さんが温泉に行かれていた頃でした」
心春が懐かしそうに答えた。
「じゃあ次の誕生日は」
「八ヶ月くらい先ですね」
「結構先ですね」
紬がそう言った。
「三十歳になります」
心春がそう言いながら、複雑そうな表情を見せた。
「その頃には盛大にお祝いしましょう」
すずなが提案すると、心春は照れくさそうに笑った。
「気が早いですけど、楽しみにしてます」
「じゃあエルフィさんの誕生日は、いつなんですか」
紬がふとそう言った。
「そういえば、聞いたことないですね」
すずなもその疑問に頷いた。
「今度、聞いてみましょうか」
その日の夕方、三人はちょうど買い出しに来ていたエルフィと合流した。
「エルフィさん、お誕生日っていつなんですか」
紬がさっそくそう尋ねた。
「誕生日?」
エルフィは不思議そうな顔をした。
「そういう概念、この世界にもあるんですよね」
心春がそう言うと、エルフィは小さく頷いた。
「ある。だが私自身の誕生日は」
「は?」
「覚えていない」
あまりにあっさりとした返答に、三人は思わず顔を見合わせた。長命種にとっての「昔」は、人間の物差しでは測れないのかもしれない。
「覚えてないって、そんなことあるんですか」
すずなが驚いたようにそう尋ねた。
「あまりに昔のことすぎて、忘れた」
「あまりに昔……」
紬がその言葉に引っかかりを覚えたように呟いた。
「じゃあ、誰か知ってる人とかいないんですか」
心春が食い下がった。
「知っている人……」
エルフィは考え込むような表情を見せた。
「鉄の牙の連中となら、長い付き合いだ。もしかしたら聞かれた事があるかもしれん」
「ボルクさんたちですか」
すずなが確認した。
「ああ、それか」
エルフィはそこで一度言葉を切った。
「バルドやレイン、シェイラなら、鉄の牙の連中よりもっと古い付き合いだ。何か知っているかもしれん」
「あの、前にお話に出てきた」
紬が目を輝かせながらそう言った。
「今度、会いに行ってみますか」
すずなが提案した。
「別に、無理に調べなくてもいい」
エルフィはそっけなくそう言った。
「でも、気になります。エルフィさんのお誕生日、私たちもちゃんとお祝いしたいので」
心春がそう言うと、エルフィは口の端をわずかに緩めた。
「好きにしろ」
その言葉はそっけないながらも、拒絶の色はなかった。
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