第80話 鉄の牙への挨拶
「そういえば、まだちゃんとお礼を言えてない人たちがいるんです」
すずなが数日後、そう切り出した。
「お礼ですか?」
「はい。心春さんを探してた時、色々な人に協力してもらったので」
「良かったら心春さんも一緒に行きませんか」
紬がそう誘った。
「私もご一緒して大丈夫なんでしょうか?」
「本部ギルドの方に、いくつか繋がりがあって。心春さんの手がかりを教えてくれた人たちなんです」
「それは、ぜひご挨拶したいです」
心春は、そう言って頷いた。
三人は加護を使って本部ギルドのある街へと向かった。ギルドの中はいつも以上に活気に満ちている。
「ボルクさん、いますかね」
紬が周囲を見回しながらそう言った。
「ああ、あそこにいます」
すずなが奥のテーブルを指差した。
そこには体格の良い男が数人の仲間と共に座っていた。すずなたちに気づくと軽く手を挙げる。
「おう、久しぶりだな」
「ボルクさんご無沙汰しています」
すずなが丁寧に頭を下げた。
「隣の彼女が、例のミハルか」
ボルクは心春の方を見て感心したような表情を見せた。
「はい。中村心春です」
心春は緊張した様子でそう名乗った。
「無事で何よりだ。うちのスカウトのリンが、お前の名前を教えて無事に合流出来たと聞いた時は、結構な騒ぎだったんだぜ」
「リンさん、というと」
「あそこにいる、あいつだ」
ボルクがテーブルの端に座る女性を指した。
リンと呼ばれた女性が、軽く手を上げてこちらに近づいてきた。
「ああ、あんたがミハルか。合流できて良かったな」
「初めまして。中村心春です」
心春は深く頭を下げた。
「私の名前を、突き止めてくださったと聞きました。本当にありがとうございます」
「大したことはしてない。ただちょっと情報を辿っただけだ」
リンは軽い調子でそう言った。
「あの失礼ですが、そんなに簡単に情報を集められるなんて…リンさんはランクは何でいらっしゃるんですか」
心春がおそるおそる尋ねた。
「ノナゴンだが」
「ノナゴン……」
心春の顔からみるみる血の気が引いていった。
「そんなすごい方に。わざわざ私なんかのために」
「なんかって、そんな畏まるなよ」
リンが、苦笑しながらそう言った。
「いえ、あの。私、ずっとペンタゴンで。四つも上のランクの方に、手助けしていただいたなんて」
心春はそう言いながら、ほとんど直角に近い角度で頭を下げていた。
「おいおい、そんなに縮こまられると、こっちが困る」
ボルクも、隣で笑いを堪えるような顔をしていた。
「ボルクさんもノナゴンなんですよね」
「ああ」
「本当に、なんとお礼を申し上げれば」
心春の恐縮ぶりに、すずなと紬は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
「心春さん大丈夫ですよ。お二人ともそんなに畏まられるの、苦手なタイプなので」
紬がフォローするようにそう言った。
「そう、なんですか」
「ああ。俺たちは、俺たちのやりたいようにやっただけだ」
ボルクが軽い口調でそう言った。
「そういえば、パーティー全員がノナゴンなんですか」
紬がそう尋ねた。
「ああ、全員だ」
ボルクが、当然のようにそう答えた。
「全員……」
心春はその一言に、さらに驚愕したように立ち尽くした。
「じゃあ先程テーブルにいた方たち、皆さんノナゴンだったんですか」
「そうだが」
「私、あんな高ランクの方々に囲まれてたなんて。今更ですけど、もう倒れそうです」
心春はそう言いながら、本当に少しふらついた。
「大げさだな」
ボルクが、笑いながらそう言った。
「大げさじゃないです。ペンタゴンから見たら、皆さん雲の上の存在なので」
心春は真剣な顔でそう訴えた。
「私、お礼どころか失礼なことしてなかったか、今すごく不安になってきました」
「してない。普通に接してくれて、むしろ助かった」
リンがそうフォローするように言った。
「本当にありがとうございました。皆さんのおかげで、こうして今、生きて父に会えました」
心春は改めて深く頭を下げた。
「礼ならもう十分聞いた。むしろ無事で何よりだ」
ボルクが、そう言って軽く肩を叩いた。
そんな話をしていると、テーブルの向こうから見慣れた小さな影が近づいてきた。
「ここにいたか」
「エルフィさん」
すずながその姿に気づいて声をかけた。
「鉄の牙のお前たちも久しいな」
エルフィがボルクたちに向かってそう言った。
「エルフィ様」
ボルクとリンが揃って居住まいを正した。
「あの、皆さん、エルフィさんのこと様付けで呼んでるんですね」
心春が不思議そうにそう尋ねた。
「当然だ。エルフィ様はマスターランクでいらっしゃる」
ボルクが真顔でそう答えた。
「マスター、ランク……?」
心春の顔から、今度は表情そのものが抜け落ちた。
「エルフィさんまさか」
「エルフィ様はアンデカゴンだ。世界に十人しかいない」
ボルクが真剣な顔でそう答えた。
「そんな方が温泉でお肉を美味い美味いって食べてた……」
心春はそう呟きながら、その場にへたり込みそうになった。
「今更、何を言ってる」
「知らなかったんです。そんな、まさかそこまで規格外だったなんて」
「マスターランクだからな」
エルフィがいつもの口癖でそう答えた。
ノナゴンの二人がかしこまる横で、心春だけがさらに一段階、深く動揺していた。
「エルフィさんも皆さんと知り合いだったんですか」
「まあな。長い付き合いだ」
エルフィは、そう言いながら懐からごそごそと何かを取り出した。
「土産だ。持ってきてやった」
そう言って差し出されたのは、日本の焼き菓子の詰め合わせだった。
「エルフィ様ありがとうございます」
リンが嬉しそうにそれを受け取ろうとした瞬間、隣から素早く手が伸びた。
「悪いな俺がリーダーだ」
ボルクが涼しい顔でそれを奪い取った。
「ちょっとボルク。それは私が先に手を」
「早いもの勝ちだ」
「なんですかそれ」
リンが思わず声を上げた。
その様子を見て、すずなが小さく笑いながら、鞄からもう一つ包みを取り出した。
「リンさんの分もちゃんとありますよ」
「え?いいんですか」
「はい。皆さんの分、ちゃんと持ってきましたので」
すずながそう言って差し出すとリンはほっとしたように受け取った。
「ありがとうございます。すずなさん」
「いつもこうなんだ、こいつらは」
エルフィが呆れたようにそう呟いた。
「エルフィさんのお菓子絡みだといつもこうなるんですか」
心春がまだ動揺の抜けない声で、そう尋ねた。
「ボルクとリンは特に酷い」
エルフィがそっけなくそう答えた。
「否定はしない」
ボルクが悪びれる様子もなく、笑いながら包みを開け、そう言った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
すずなたちの物語を、少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。皆さんに読んでいただけることが、この物語を書き続ける力になっています。
もしよろしければ、ブックマークや評価もいただけると嬉しいです。




