第7話 私の大切な先輩
私がすずな先輩と出会ったのは、高校の入学式の日だった。
駅を降りて、たくさんの生徒が同じ方向へ歩いていく中、少しでも早く着きたくて近道をしようと細い路地に入った。試験の日は大きな道をまっすぐ歩いただけだったから何も問題なかった。でも路地に入ってからは、どこかで曲がる道を間違えたらしく気づけば、どんどん住宅街の奥へと入り込んでいた。
完全に迷子だった。
しかもこういう日に限って、夜、スマホの充電を忘れていて確認しようとした瞬間、無情にもスマホの電池が切れ画面が真っ暗になった。
どうしよう。入学式に遅刻する。誰も知り合いのいない学校に、初日から遅れて行くなんて絶対に嫌だった。
半べそになりながら、来た道を戻ろうと意味もなく同じ角を何度も曲がっていたときだった。
「あの、大丈夫ですか」
声をかけられて振り返った。アパートの前に制服姿の女の人が立っていた。私より一つか二つ年上に見えた。
「迷子、ですよね。その制服うちの高校ですよね」
「あ……はい」
情けなくて声が震えた。
「私…今日、入学式で。道、分からなくなって……スマホも充電切れちゃって」
「そうだったんですね。大丈夫ですよ一緒に行きましょう」
その人は、ただそれだけを言って私の歩幅に合わせて、一緒に歩き始めてくれた。急かすでもなく、呆れるでもなく当たり前のことのように。
「私もよく迷うんです。このあたり似たような家、多いので」
多分、慰めるための噓だった。その人の足取りには、迷いなんて一つもなかったから。
学校が見えてきた時、私はようやく息をつけた。
「あの、本当にありがとうございました」
「間に合いそうでよかったです。頑張ってくださいね入学式」
そう言って、その人は微笑んで違う校舎の方へ歩いていった。結局、名前も聞けなかった。
だから、その日の午後、体育館の壇上で新入生代表への挨拶を読み上げる在校生の中に、あの人の顔を見つけたときは心臓が跳ねた。
「――以上を持ちまして、新入生の皆さんを歓迎いたします」
式辞には、「楠すずな」と書いてあった。
私はその日のうちに、すずな先輩の名前を頭に刻み込んだ。何がどうというわけではない。ただ、あの朝の当たり前のような優しさが、ずっと胸の中に残っていた
その日から、なるべく先輩を見かけそうな時間に廊下を歩くようになった。図書室にもよく足を運んだ。先輩が本を読んでいる場所をいつの間にか覚えていた。
最初はただの憧れだったと思う。
でも話すようになって丁寧すぎるくらい丁寧な話し方や、誰かに迷惑をかけることをいつも真っ先に心配するところや、褒められると本気で困った顔をするところを知っていくうちに――憧れはいつの間にか違う形に変わっていった。
先輩は、多分、今も気づいていない。
あの入学式の朝、迷子だった私を助けてくれたことが私にとってどれほど大きな出来事だったか。
それからずっと、先輩の隣にいたいと思い続けていることも。




