第77話 あれ、私何を?
拠点移動を告げるため、心春はソレイユのメンバーの前でこれまでの感謝と決意を伝えた。ガレットは動じることなく送り出し、他のメンバーもそれぞれの言葉で心春を見送った。手続きはあっさりと終わり、翌日心春はすずなたちの街へと転移する。街を案内されながら、心春はすずなとの距離の近さに少しずつ照れを覚えつつ、拠点となる家を三人で探し始めた。まだ心は決めきれないながらも、その表情には新しい生活への期待がにじんでいた。
四軒目の空き家を出た頃、紬が小さく首を傾げた。
「心春さん、さっきからちょっと」
「はい?」
「いえ、なんでも」
紬はそう言いながらも、視線をすずなと心春の間で何度か往復させる。二人の距離が明らかに近い。心春の腕がいつの間にか、すずなの腕にほとんど触れていた。
「すずなさん、こっちの道の方が近いですよ」
心春がすずなの手を軽く引く。その仕草には迷いがない。
「あ、はい」
すずなは特に気にする様子もなく、素直に従う。
「はいはい、出た出た」
慣れた様子で紬がぼやいた。
「え、何がですか」
「裏加護です。心春さんまで発症しました」
「発症って……」
「もう慣れっこなので、気にしないでください」
紬はそう言いながらも、心春の背後にそっと回り込み、すずなとの間に軽く体を割り込ませる。
「ちょっと、紬さん!」
「これくらいの牽制は、正当防衛です」
次の空き家に向かう途中、心春はふと足を止めた。自分でも気づかないうちに、口が勝手に動いていた。
「あの、すずなさん。すずちゃんって呼んでもいいですか」
その一言に、紬が素早く反応する。
「はい出ました。心春さん今の聞こえてます?」
「え……」
心春は自分の口から出た言葉に数秒遅れて気がついた。顔から一気に血が上ってくるのが分かる。
「私、今、何を……」
「大丈夫です心春さん。歴代の被害者、皆さん同じ反応です」
「歴代って」
「受付嬢さんとか、フラワークラウンの皆さんとか。数えたらキリがないので」
「そんなに……?」
自分の胸の内で暴れる感情に戸惑いながらも、心春は紬の軽い口調に少しだけ救われていた。
「心春さん大丈夫ですか。顔、少し赤いですけど」
すずなが心配そうに顔を覗き込んでくる。至近距離で見つめられ、心春の頬はさらに熱を増した。
「だ、大丈夫です。ちょっと暑いだけで」
「先輩、追い打ちかけないでください。悪化します」
紬がすかさず、すずなの前に手を出して止めた。
「そもそも、心春さん」
両手を腰に当てて、紬が心春に向き直る。
「え、なんですか」
「私と先輩の関係、ちゃんと知ってます?」
「関係、というと?」
心春はきょとんとした顔で首を傾げた。
「先輩後輩、ですよね」
「はい。その先です」
「その先……?」
心春が考え込む間に、紬はすっと、すずなの腕に自分の腕を絡めた。
「私たち付き合ってるんです。恋人同士です」
「え」
心春の動きが、ぴたりと止まる。今しがたまで自分の口から溢れていた言葉の意味が、遅れて胸に落ちてきた。
「こ、恋人……?」
「はい。もうすぐ一年になります」
紬が誇らしげに胸を張った。
「そう、だったんですか」
心春はしばらく黙り込んだ。それから、ゆっくりと自分の頬に手を当てる。指先に伝わる熱さに、自分でも驚いているようだった。
「あの……私、さっきから何を口走ってたんでしょうか」
「ようやく戻ってきましたね」
ほっとしたように、紬が肩の力を抜いた。
「心春さん、大丈夫ですか?」
「はい、多分。なんだか憑き物が落ちたような感じです」
頭を軽く振りながら、心春はそう答えた。先ほどまでの熱っぽさが、嘘のように消えている。
「すみません、私、変なことばっかり言ってましたよね」
「大丈夫です。恒例行事ですから」
あっけらかんと紬が答えた。
三人が家探しの報告をしに、エルフィの家へ立ち寄ると、話を聞いたエルフィは暫く黙って紅茶を口に運んでいた。
「なるほどな」
「なるほどってエルフィさん。他人事みたいに」
不満げに紬が言った。
「他人事ではない。よくあることだと言っている」
「よくあること……?」
恐る恐る、心春が聞き返す。
「異世界だと、色々あるしな」
エルフィはそう言いながら、意味ありげに口の端を上げた。
「その顔、絶対何か知ってますよね」
紬がすかさず突っ込んだ。
「さあな」
エルフィは、それ以上語る気配を見せず、また紅茶を一口飲んだ。
「なんなんですかー!」
紬がいつものように声を上げた。
「そういえば一つ疑問があるんですけど」
心春がふと思い出したように口を開いた。まだ少し落ち着かない胸の内を整理するように、言葉を選びながら続ける。
「初めて会った時は、こんな風にならなかったですよね。遺跡で助けていただいた時」
その言葉に、すずなが少し考え込むような顔をした。
「言われてみれば、そうですね」
「あの時は、極限状態だったからだろうな」
エルフィが答えた。
「極限状態?」
「命の危機に瀕している時、心に余裕なんぞない。魅了の類は、そういう状況ではまず効かん」
「そういえば、受付嬢さんも」
思い出したように紬が付け加えた。
「緊急依頼の対応中は、先輩の裏加護、全く効いてなかったですもんね」
「裏加護って……それ確定みたいに言わないでください。でも、あの人あの時だけは、いつも通りでしたね」
「裏加護なのは確定です」
拗ねながら紬が再度ボヤく
「余裕がある時ほど、効きやすいということだ」
「なんだか、複雑な気分です」
まだ少し赤い顔で、心春は紅茶に口をつけた。指先から伝わるカップの温もりが、ようやく落ち着きかけた胸の内をさらに緩めていくようだった。
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