第75話 心春の決断
お土産を買い終えたモールからの帰り道、エルフィから貰った鞄の容量差をめぐって一悶着が起きた。すずなの鞄はお菓子をすべて呑み込んだが、紬の鞄はわずか一箱で満杯になってしまう。理由は単純な魔力量の差だと知らされ、紬は肩を落とした。それでもすずなが自分の鞄を分け合おうと申し出ると、紬はすぐに機嫌を直し、ぎゅっと抱きついた。その様子をエルフィは肉まんを頬張りながら眺めていた。
温泉旅行を終え、三人は帰り道、また中村さんの家に立ち寄った。
「ただいま戻りました」
すずながそう声をかけると、中村さんと心春が二人で出迎えてくれた。
「お帰りなさい。温泉いかがでしたか」
「はい、とても楽しかったです」
すずながそう答えると、エルフィが少し満足げな表情を見せた。口元にはまだ肉の余韻が残っているような、満ち足りた緩みがあった。
「肉、美味かった」
「エルフィさんも喜んでくれて良かったです」
リビングに通されると、しばらく和やかな時間が流れた。話が一段落した頃、中村さんが少し真剣な表情になった。その空気の変化に、心春の背筋がわずかに強張るのがすずなにも分かった。
「心春」
「はい」
「お前はこれからどうするつもりだ」
中村さんのその問いに心春はしばらく答えられずにいた。膝の上に置いた両手を、無意識のうちにきつく握りしめている。
「あちらの世界に戻るのか。それとも、こっちで暮らすのか」
心春は少し視線を落とした。
「私……」
「行ってこい」
中村さんがそう口を開いた。
「え……」
「お前が、あちらで築いてきたもの、簡単に手放せるものじゃないだろう。それに」
中村さんは少し優しい表情で続けた。
「今回無事に戻ってこられたのも、あちらの仲間たちのおかげだ。その繋がりを大切にしてほしい」
「お父さん……」
心春はその言葉に目を潤ませた。握りしめていた両手から、少しずつ力が抜けていく。
すずなはその様子を見守っていた。それからそっと心春に声をかけた。
「心春さん」
「はい」
「いつでも帰ってこれますから。日本に帰りたくなったら、いつでも言ってください」
すずなのその言葉に、心春はしばらく迷うように視線を彷徨わせた。
「本当にいいんですか。何度もそんなお願いをしても」
「もちろんです。いつでも言ってください」
すずなはそう言いながら続けた。
「実際、私たちもお菓子を買いに戻ったり、カメラの電池を充電するためだけとか。日常的にこっちに戻ってきてますから」
「そんなに気軽に行き来されてるんですか」
心春は少し戸惑った様子を見せた。
「はい。私たちも最初は決められた回数しか往復できませんでした」
「回数、決められてたんですか」
「はい。エルフィさんからいただいた鍵っていう道具を使ってて。それも有限だったので、いつも残りの回数を気にしながら行き来してました」
すずなは当時のことを懐かしむように、そう続けた。
「でも今は、そういった制限も一切なく自由に行き来できるようになりました」
「え……」
「必要なのは私の少しの魔力だけですから。なんなら一日に何往復もできますよ」
「あちらに戻っても自分の家から王都とか南の街まで一瞬で行き来もできます」
「そんなに……」
心春はその事実に改めて驚いた様子を見せた。目を丸くしたまま、しばらく言葉を継げずにいる。
「私、二年間、帰る方法すらなくて。あんなに苦労してたのに」
「大変な思い、されましたね」
「でも、すずなさんたちなら、いつでも簡単に。なんだか拍子抜けです」
心春はそう言いながら少し笑ってしまった。その笑顔にはこれまでの緊張が少しずつ解けていくような柔らかさがあった。
その言葉に、心春はようやく覚悟を決めたように頷いた。
「分かりました。私、もう一度あちらで頑張ってみます」
「はい」
心春は改めて父の方を見た。
「お父さん行ってきます。また必ず帰ってくるので」
「ああ。待ってる」
中村さんはそう言いながら心春を優しく抱きしめた。その腕には、これまでの二年分の心配を確かめるような強さがこもっていた。
「無理はするなよ」
「うん大丈夫。今度は一人じゃないから」
心春はそう言いながら、すずなと紬の方を見た。二人はそれぞれ力強く頷いた。
翌日出発の準備を整えながら、すずなは心春にあることを提案した。
「心春さん、あの、拠点のことなんですけど」
「拠点ですか」
「はい。今、南の街に拠点あるんですよね」
「はい、そうです」
「もし良かったら私たちと同じ地域に拠点を移すのはどうでしょう」
すずなのその提案に、心春は少し驚いた様子を見せた。
「同じ地域に?」
「はい。近くにいれば何かあった時も、すぐ駆けつけられますし。それに」
すずなは少し微笑みながら続けた。
「同じ日本人同士、心強いんじゃないかと思って」
心春はその言葉にしばらく考え込んだ。視線を落とし、指先で膝の上をなぞるように動かしながら、頭の中で何かを整理しているようだった。
「確かに南の街には、もう、これといった未練もないですし」
「ソレイユの皆さんとの繋がりも大切にしながら。拠点だけ移すこともできると思います」
紬がそう補足した。
「少し考えてみますね」
心春はそう言いながら小さく頷いた。まだはっきりとは決めきれない。それでも、その表情には新しい可能性への期待も滲んでいた。
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