第74話 収納の鞄
中村さんの家を辞したすずなたちは、エルフィのリクエストで肉三昧の宿へと向かった。心春は父とゆっくり過ごすため留守番し、二人に見送られて三人は出発する。初めて訪れる宿だったためMoon Returnは使えず、レンタカーでの移動となった。車に不慣れな様子を見せるエルフィを乗せ、一行は高速道路を進んでいく。宿に到着すると、テーブルいっぱいの豪華な肉料理が二人を出迎えた。エルフィは牛肉、豚肉、鶏肉と次々に平らげ、その勢いに紬とすずなは思わず笑ってしまう。夜が更けるまで、三人は肉三昧の食事を心ゆくまで満喫することができた。
温泉と肉三昧を心ゆくまで満喫し、三人は帰り道、ショッピングモールに立ち寄った。エントランスをくぐると、休日らしい賑やかな喧騒と、どこか甘い匂いが漂ってくる。満腹だったはずのお腹が、その匂いに小さく反応するのを、すずなは自分でも意外に思った。
「今回もお土産たくさん買いましょうか」
紬がそう言いながら店内を見て回った。お腹はまだ満たされているはずなのに、目だけはすでに次の楽しみを探して忙しなく動いている。通路を歩くたびに視線が左右の店先を行き来し、足取りにも隠しきれない浮ついた軽さがあった。
「お菓子、たくさん選んでいきましょう」
すずなもいつものように洋菓子店を覗きながら、次々と包みを選んでいく。棚に並んだ焼き菓子の箱を手に取っては戻し、また別の一つを取り上げる。誰に渡すか、どんな顔で受け取ってもらえるか。そんなことを想像しながら選ぶ時間は、荷物が増えていくのとは裏腹に少しも億劫ではなかった。
今回も私服姿のエルフィは、小さなポーチにその大量のお土産を次から次へと詰め込んでいった。手のひらに収まるほどの大きさのポーチに、箱菓子が一つ、また一つと吸い込まれていく光景は、何度目にしても現実味に欠けていた。
「エルフィさん、そんな便利なものあるんですか」
すずなが驚いた様子で尋ねた。
「マスターランクだからな」
エルフィはそっけなく答える。その口ぶりには、もう何百回も繰り返してきたであろう慣れが滲んでいた。
「便利な言葉ですねぇ」
紬がボヤく。呆れ半分、羨ましさ半分といった表情で、自分の手にした紙袋の重さを確かめるように持ち直していた。
「お前たちにもやる」
そう言うとエルフィは懐から小さなショルダーバッグのような鞄を取り出し、二人にそれぞれ手渡した。
「え、いいんですか」
すずなが少し戸惑いながら尋ねた。両手で受け取った鞄は見た目以上にしっかりとした重みがあり、指先にじんわりと伝わってくる質感には、ただの布とは思えない不思議な密度があった。
「構わん。いくつもあるしな」
「ありがとうございます」
すずなと紬は、その鞄を大切そうに受け取った。紬は早速肩にかけ、鏡になったショーウィンドウにちらりと自分の姿を映して確かめている。
「容量は自分たちの魔力によって異なるがな」
エルフィがそう付け加えた。
「せっかくなので試してみましょうか」
すずなはそう言いながら鞄に、これまで選んだお菓子の包みを次々と詰め込んでいった。一つ、また一つと鞄の中に吸い込まれるように収まっていく。指先に伝わる感触だけが、詰めるたびにわずかな抵抗もなく消えていった。まるで底のない箱に手を伸ばしているような感覚に、すずなは何度も瞬きを繰り返した。
「わあ、全部入りました」
すずなはその様子に驚いた顔を見せた。魔道具の効果は思っていたより、はるかに優秀なようだった。
「私も試してみます」
紬も意気揚々と自分の鞄にお菓子の詰め合わせを詰め込もうとした。最初の一箱は、すずなの時と同じようにするりと吸い込まれていった。その手応えに紬の顔がぱっと明るくなる。だが二箱目に手をかけたところで、鞄の口がふいに重たく感じられた。
「あれ……」
「紬さん、もしかして」
「もう入りません」
紬は困惑した様子で鞄の中を何度も確認した。指を突っ込んで奥を探ってみても、それでも容量は増えることなく、頑なに一箱分しか収まらなかった。眉を寄せ、口をへの字に曲げながら何度も鞄を振ってみるが、結果は変わらない。
「なんでですかー!」
紬が思わず声を上げた。周囲の買い物客が一瞬こちらを振り向くほどの、素直すぎる悲鳴だった。
「先輩の鞄、あんなに入ってるのに。なんで私だけ」
「容量は魔力によって決まる」
エルフィが説明した。
「お前の魔力は、まだCランク程度だからな」
「そんな……」
紬は大きく肩を落とした。その肩の落ち方には、これまで何度も味わってきたであろう既視感すら漂っていた。
「まあ、そんなものだ」
エルフィはそう言いながら、串焼き代わりに買ってきた肉まんを頬張った。頬をふくらませたまま、まるで他人事のようにあっさりとした口調だった。
「悔しいです……」
紬は少し拗ねたようにそう呟いた。それでも、その表情には以前のような深刻な悔しさというより、どこかコミカルな諦めの色が滲んでいた。唇を尖らせながらも、荷物を抱え直す仕草にはすでに切り替えの早さが見えている。
「紬さん私の鞄の中に入れましょうか」
すずなが優しくそう提案すると、紬は少し目を輝かせた。先ほどまでの拗ねた表情が、あっという間に晴れやかなものへと変わっていく。
「本当ですか」
「はい。二人で使えばいいですし」
「先輩、大好きです」
紬はそう言いながら、すずなにぎゅっと抱きついた。腕の中に伝わるぬくもりに、すずなも思わず頬を緩めた。周りの視線など気にする様子もなく、紬はしばらくそのまま離れようとしなかった。
その様子をエルフィは肉まんを頬張りながら眺めていた。頬についた肉まんの屑にも気づかぬまま、その視線には二人の姿をどこか微笑ましく見守るような色が浮かんでいた。通り過ぎる買い物客の喧騒の中でも、その一角だけはどこか温かい空気に包まれていた。
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