第69話 伝言
四つ目の扉の先、すずなと紬はついに心春を発見する。だが自分たちも限界寸前、震える手で心春を支え、最後の力を振り絞ってMoon Returnで遺跡の外へと転移する。
救護キャンプでは、無事だったダインたちやソレイルの仲間と心春が涙の再会を果たし、すずなたちにも感謝の言葉が寄せられる。気を張り詰めていた反動で崩れそうになりながらも、すずなが心春を座らせた直後、二人の手の甲で薔薇の紋章が再び輝き出す。残り一枚だった花びらが満開に戻り、静かに散っていき、Withering Roseの達成が告げられた。長く過酷だった試練が、ようやく終わりを迎えた。
応急処置を受けしばらく休んだ後、すずなたちは心春のもとへと向かった。歩みはまだおぼつかず、紬に半分寄りかかるようにして、ようやく足を運んでいる状態だった。心春は少し離れた場所で、簡易的な毛布に包まり休んでいた。
「体調、いかがですか」
すずなが声をかけると、心春はまだ少し疲れた様子ながらも笑顔を見せた。すずな自身、立ったまま話すのがやっとで隣の木にそっと肩を預けていた。
「おかげさまで、だいぶ楽になりました。あの、本当にありがとうございます」
「無事で良かったです」
心春は改めて、すずなと紬の顔を見つめた。それから、その様子に何かを察したように眉を寄せた。
「あの……お二人とも、顔色、大丈夫ですか。座った方が」
「大丈夫です、これくらい」
すずなはそう答えたものの、声には隠しきれない掠れがあった。紬もその場にへたり込むようにして腰を下ろす。
「まだ、ちゃんとお礼を言えてなくて。それに聞きたいことも、たくさん」
「私も心春さんにお話ししたいこと、たくさんあります」
すずながそう答えると、心春は少し不思議そうな顔をした。
「私に話したいことですか」
「はい」
すずなは重い体を叱咤するようにして、少し緊張しながら切り出した。
「実は私たちも日本から来たんです」
その言葉に心春は目を大きく見開いた。
「え……日本から?」
「はい。私は楠 すずなと申します」
すずなは丁寧に頭を下げた。それだけの動作にも、今は体力を持っていかれる気がした。
「紬です。雨宮 紬です」
紬も続けて自己紹介をした。声には、まだ息の乱れが残っている。
心春はしばらく言葉を失っていた。
「まさかこんなところで、同じ日本人に会えるなんて」
「私も驚きました。心春さん二年前からこちらにいらっしゃるんですよね」
すずなが尋ねると、心春の表情が少し翳った。
「はい……最初は偶然、迷い込んでしまって。それから帰る方法も分からないまま、ずっと」
「大変な思いをされたんですね」
「もう慣れました。スカウトの仕事で、なんとか生活もできてますし」
心春はそう言いながら無理に明るく笑ってみせた。
「あの、心春さん」
すずなは息を整えながら、言葉を選んで続けた。
「実は、お父様にお会いしました」
「え……」
心春の顔から表情が消えた。
「お父さんに……? どうして」
「異世界と行き来する協力者の方を辿っていったら、中村さんにたどり着いたんです」
心春は震える声でそう聞き返した。
「お父さん、元気でしたか」
「はい。お元気でした。ただ心春さんのこと、ずっと心配されていて」
すずなの言葉に、心春の目にじわりと涙が浮かんだ。
「二年も連絡してなくて……」
「お父様から伝言を預かってきました」
すずなはそう言いながら、あの日の中村さんの言葉を思い出していた。声を出すだけで、今は少し喉が痛んだ。
「元気にしてる、それだけでいいから。無理に帰ってこなくていい、って。ただいつでも待ってるから、って」
その言葉を聞いた瞬間、心春の目から涙がこぼれ落ちた。
「お父さん……」
心春は両手で顔を覆い、しばらく声を殺して泣いた。紬がその肩にそっと手を添える。腕を持ち上げるだけの動作にも、今は力を振り絞る必要があった。
「無理に帰らなくていい、なんて。お父さんらしいです」
心春は涙を拭いながら少し笑った。
「昔からそうなんです。優しすぎて私が我儘言っても、いつも許してくれて」
「今も変わらず心春さんのこと、待ってらっしゃいますよ」
すずなが言うと、心春は大きく頷いた。
「ちゃんと帰ります。いつか帰る手段が見つかったら顔、見せに」
「はい。私たち、いつでもお手伝いできます。行き来する手段を持ってますので」
「本当ですか」
心春は驚いた様子でそう尋ねた。
「はい。詳しいことは、またゆっくりお話しします」
すずなはそう言いながら微笑もうとしたが、頬の筋肉すら思うように動かないほど、体はとうに限界を超えていた。
その時、すずなの頭の中に簡潔な表示が流れ込んできた。
**Withering Roseの試練を達成しました**
**新たな加護を獲得しました**
「新しい、力……」
すずなはその感覚を確かめようとしたが、思考がうまくまとまらない。頭の奥に霞がかかったようだった。それでも体の内側に確かに何かが宿ったのは分かる。
「先輩、私にも、何か来てます」
紬が驚いた様子で自分の手を見つめていた。その声すら、今にも掠れて消えそうだった。
「紬さんにも……?」
「はい。今まで、こんなこと、なかったのに」
二人は顔を見合わせた。詳細は街のギルドに戻ってから確認しようと決め、今はこの長い一日の疲れを癒すことに専念した。心春との出会い、試練の達成、そして新たな加護。すずなにとって多くのものを得た一日だったが、それを噛みしめる余力すら、もう体には残されていなかった。
次に紬が何か言った気がしたが、すずなはそれを聞き取る前に、ふっと意識が遠のいていくのを感じた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。すずなたちなら、こんな時きっと「支えてくれる人がいるから頑張れる」と言うはず。
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