第65話 散りゆく花びら
小部屋を出たすずなと紬は、体が異様に軽くなっていることに気づく。襲いかかる見知らぬ魔物を圧倒的な強さで次々と退けるものの、あっけない勝利が続くうちに違和感が広がっていく。紬は「私たちのこの強さって一体……」と警戒の色を見せ、すずなはWithering Roseの試練による影響ではないかと推測する。
そこですずなは、六時間という極端に短い制限時間はこの強さと引き換えなのではないか、という仮説にたどり着く。時間切れの代償がどれほど大きなものになるか、想像するだけで背筋が冷える。浮かれていられないと悟った二人は気を引き締め、迷宮の奥へと足を進めていく。
迷宮の奥へと進むにつれ、魔物の数はさらに増えていった。
「多すぎます!」
紬が剣を振るいながらそう声を上げた。次から次へと現れる様々な魔物。倒すのは容易だった。倒した傍から赤い光を残して、その姿は消えていく。
「一体どうなってるんですか。全然進めないんですけど……」
すずなも剣を振るいながらそう呟いた。大量の魔物を倒しながらも、二人はほとんど先に進めていなかった。
三十分が経過した頃、二人の手に僅かな痛みが走った。
「っ……」
「なんでしょう、今の」
すずなは自分の手の甲を確認した。浮かび上がっている薔薇を見ても特に違いは分からない。二人はまだ気づかなかった。薔薇の花びらが十一枚に減っていることに。
さらに三十分ほど経過し、再び二人の手の甲に僅かな痛みが走る。
「……」
薔薇を見ても、十枚の花びらでできたその姿に、まだ気づかない。三十分ごとに繰り返す僅かな痛みが気になりながらも、二人は少しずつ進んでいった。
一時間半を過ぎた頃、三度目のあの痛みが手の甲を走った。
「また、これ」
紬が眉をひそめながらそう呟いた。すずなも自分の手を見つめたが、薔薇の花びらの数はまだはっきりとは数えづらかった。
「あれ?」
すずなはふと妙な手応えのなさを感じた。さっきまで一振りであっさりと倒すことができた魔物が、一振りしてもまだ動いていることに気づく。
「なんか魔物が強くなってません?」
「そんな気がします……」
紬も同じ感覚に頷いた。気のせいではなかった。剣を握る手に伝わる手応えが、明らかに重くなっている。
さらに三十分。二時間を過ぎた頃、四度目の僅かな痛みが走る。すずなはもう一度手の甲の薔薇の紋章を見て、目の前が一瞬暗くなるような感覚を覚えた。
「紬さん!」
「はい?」
「薔薇、小さくなってます。花びらの数も減ってます」
紬も慌てて自分の手の甲を確認した。そこにも同じように、花びらが減った薔薇の紋章が浮かんでいた。
「本当だ……最初は十二枚あったはずですよね」
「はい。今は多分、八枚くらいしか」
すずなは頭の中で、三十分ごとに減っていく花びらの数と力の低下を重ねて考えた。指先が微かに震えている。
「これって、もしかして」
「花びらが減るごとに私たちの力も弱くなっていってる、ってことじゃ」
「そんな……」
紬の声が掠れた。それまで軽々と振るえていた剣の重みを、今更のように自覚したような顔をしていた。
「じゃあ、さっき魔物が強く感じたのって」
「魔物が強くなったんじゃなくて。私たちの力が弱くなってた、ってことだと思います」
すずなはそう言いながら考えを整理した。口にするそばから、事態の深刻さが実感を伴って重くのしかかってくる。
「紬さん、もう二時間経ってるので、三割以上、最初よりアップした能力が下がってます。このままだと三時間で半分になってしまいます。急ぎましょう」
「はい……!」
「先輩これまずいです。花びら全部なくなったら」
「未達成時、全ての力の消失。あの表示の意味、これで分かった気がします」
すずなの声は静かだったが、その分だけ危機感がはっきりと伝わってきた。心臓が嫌な音を立てて脈打っている。
「花びらがなくなる前に、制限時間内に絶対、心春さんを見つけてこの試練を終わらせないと」
「はい」
残り時間はあと四時間弱。花びらはあと八枚。単純計算でも四時間で全ての花びらが散ってしまう。力の減少と時間切れ、二つの終わりが同時に迫ってくる感覚に、すずなの背中を冷たい汗が伝った。
「急ぎましょう」
すずなの言葉に紬は強く頷いた。二人は迷宮のさらに奥へと足を速めた。踏み出す一歩一歩の重みが、さっきまでとは明らかに違って感じられた。
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